5月3日その4 揺れる気持ちは
なんか意味深なタイトルですが、期待しないでください。
委員長はコロコロと笑顔を浮かべながら会長と話をしている。傍目から見てもとても楽しそうである。俺はそれをなんとも言えない気分で見つめていた。クリスさんはもちろん無表情である。正直言ってまったく面白くない。
委員長はこちらを指差しながら話を続けている。詳しくは聞き取れないが、俺たちの事を話しているのだろうか。どうにも気になって仕方ない。気になって仕方ないが、それを表に出すのもとても恥ずかしい気がする。迷った末に俺は委員長たちがいるドアとは反対側から教室を出ようとしたのである。
どこに行くのか、と聞いてくるクリスさんをごまかして外に向かう。最後にもう一回、二人の方を見つめると、会長と目が会ってしまった。にこりと微笑んできた会長を無視して、自分の教室に向かった。
「たじまくん、どうかしましたか?」
クリスさんは何故か俺についてきた。何故かその事実にほっとした俺は、自分の席に戻ると昼休みが終わるまで、彼女と話をするのであった。
「田島君、クリスさん、さっきはごめんなさい」
放課後、選挙に向けて計画を立てようとしていた俺とクリスさんに対して、委員長が発した第一声はこれだった。彼女は頭を下げてこちらをちらちらとうかがっている。本当に申し訳なさそうだ。そう考えると、さっきの自分の行動がとても子供っぽいものに見えてくる。とたん恥ずかしくなった俺は、しどろもどろになりながらも、クリスさんに続いて委員長を許す言葉を発したのであった。
「きにしないでいいですよ」
「いや、その、俺も悪かったし、あ〜気にしなくていいよ」
その言葉を聞くとすぐ、彼女の表情に光がさした。どうにもその表情を直視できなかった俺は、あさっての方向を向きながら、話を本題に持っていった。すると、委員長は思い出したかのように一枚の紙を取り出した。
紙には片面になにやら絵のようなものが描かれているようだが、委員長が持っているせいで何が描いてあるかまでは分からない。なにか選挙に関係あるものであることは確かであろうが……
「それは?」
俺がその紙について聞くと、委員長は表情をニヤニヤとしたものに変える。そうすると、もったいぶりながら彼女は説明を始めるのであった。委員長がもったいぶるなんて、いったいどんな意味を持った紙なんだ?
「これは……会長の選挙宣伝用のビラで〜す」
委員長は紙の絵が書かれた側をひらひらと見せ付けてきた。会長のビラ。昼休み会長と話していたのはこれを入手するためだったのだろうか。
クリスさんと共に覗きこむようにしてビラを見る。委員長が机に置いたビラには、会長の似顔絵とおぼしき男子生徒が描かれていた。それにかぶさるように彼の公約、というか方針が書いてある。
「これを参考にして私たちも作戦を考えていこうと思うの」
去年も聞いたような文句が書かれていたビラを流し読みしていた俺に委員長はそう話しかけてきた。クリスさんはいつの間にやらノートを取り出してビラの内容を写し始めている。どうやら二人の間で決まっていた話のようだ。特に異論もなかった俺はそれに同意する。
そうして俺たち3人は下校時刻になるまで選挙の基本方針を話し合うことに決めたのであった。
「じゃあ、今日はここまでだね」
下校時刻前の放送がなると同時に委員長がそう声をかけた。ずっと椅子に座って話し合っていたので身体がこわばっている。両手を上に伸ばして筋肉をほぐしながら今日のまとめをする。
「んじゃあ、変化をテーマにしていくということで」
二人ともそれを聞いて無言で頷く。とりあえず今日の2時間あまりの話し合いで決まったのはそんなことであった。
前会長にあってクリスさんにないもの、それは新しさであろう。彼女が会長をやっていないことしかり、転校生であることしかり、外国人であることしかり……
それから踏み込んだ方針に入ろうとしたのだが、今日は時間が足りなくてそこまで話を進めることが出来なかった。これから連休に入ってしまうのに、そんなことで大丈夫だろうか。俺がそんなことを考えるのと同時に委員長が提案をしてくる。
「じゃあさ、田島君メルアド教えてくれない?」
「え?」
一瞬頭が真っ白になってしまう。だってそうだろ。女子からメルアドを聞かれることなんてこれまでただの一度もなかったんだから。もちろん、こちらから聞いた事だって一度もなかったわけだが。意味もなく冷や汗をかいている俺に気がついたのかいないのか、委員長は笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「連休中にも話し合いがしたいから、連絡取りたいんだけど……」
「あ、ああ、うん。いいよ」
いや、冷静に考えれば当たり前じゃないか。せっかく連休があるんだし、それを利用しない手は無い。そう考えるとさっきまでの思考が恥ずべき物に思われてくる。ああ、今日の俺ってばどうしちまったんだ。何度目とも分からない赤面をしながら、委員長とアドレスを交換したのであった。
教室に出る最後になって、クリスさんからもアドレスを聞かれた。どうしてだろうか、彼女の場合はアドレスを聞かれた驚きよりも、クリスさんが携帯を持っているんだ、という感心の方が大きかった。……この態度の違いはどこからくるのだろう。やっぱり普段纏っている雰囲気からだろうか。
今日は部活はしなかったものの、しっかりと下校時刻ぎりぎりまで学校に残った。いつもの通り明るくなってきた住宅街を家路につく。逢魔が時、とでもいうのだろうか。暗いとも明るいともいえない、不安になるような暗さの路地を進んでいくと、急によどんだような不安にかられてしまう。
最近の俺はどこかおかしいのではないか。それまでUMAなんかと何のかかわりもなかった「平凡」な高校生だった俺。ところがどうだ。ここ1ヶ月で俺は3体ものUMAを目撃し、2度も死に掛けて、〔力〕ある者として覚醒してしまった、らしい。
どう考えてもこれはおかしい。UMAの発生なんて1月に2度あるかないかだ。それなのに俺は3度も目撃している。1月にあるUMAの発生が全て同じ人物のところで行われる、なんてことがありうるのだろうか。ありえないことと思っていても、誰かの作為を感じてしまう。
でも、誰が?
どうしてだろう。俺の頭の中では、クリスさんと初めて出会ったときの光景が再現されていた。そして、その映像が終わって、家に入る直前。始業式の日に尚に言われた言葉が聞こえた気がした。
なぁ、何であの子はここにいたんだろうな……
「そんなの、偶然だろ……」
いやな気分だ。こんなよく分からないような暗さのせいなのかもしれない。俺はまとわりつくような、どろどろとした空気を振り払うように、明るい自宅へと早足で入っていくのであった。