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5月3日その3 言論の戦争・前哨戦

 会長は綺麗なお辞儀をすると、爽やかな笑みを浮かべながら自己紹介を始める。うーむ認めたくは無いのだが、会長の整った容姿と相まって、とても絵になる光景である。同じ男なのに、どうしてここまで容姿が違うのだろう? ふと、右を向くと、窓ガラスに映った自分の姿を直視してしまい、密かにため息をはく。

 俺の身長は165センチ止まりなのに、会長はどう見ても175は超えている。スラーとした感じでうらやましい限りである。俺は坊主頭をそのまま伸ばしただけで、額なんか丸見えなのに、会長は前髪が目の近くまで来ていて、それが彼の魅力を引き立てている。俺の顔にはニキビだって絶賛出来放題中なのに、会長の顔にはそんな無駄な物なんて無い。もちろん、顔立ちは会長がサッとした感じの爽やかな顔立ちだとすれば、俺はヌボーとした感じの、ってもういいか……

 どうにも暗い気分になりながら、会長の自己紹介を聞く俺。戦う前から、何か大事なところで負けてしまった気がした。もっとも、実際に戦うのはクリスさんだが。ああ、それなら負けていない。むしろ勝っている! そう考えると、俺は少し尊厳を取り戻せた気がした。

「それでは皆さん、選挙期間中どうかよろしくお願いします」

 会長はそう自己紹介を締めくくり、もう一度綺麗にお辞儀をした。ほそちゃんに促されるまでもなく、自然と教室から拍手が起こっていた。ぬう、さすが会長というべきか。特に文句のつけようが無い「無難」で「完璧」な自己紹介である。

 だが……








 はっはっは! 会長見切ったり! まったく、俺の永遠のライバルというから、どんな意外性に溢れた自己紹介かと思ったら、そんな無難な自己紹介で俺を超えられるかと思ったか!

 俺は拍手をしながら、心の中では密かに高笑いをしていた。会長がそう来るのなら、俺は本気を出すしかないだろう。本当の「敵」はクリスさんでなく、俺であることを彼に知らしめる必要がある。

 俺は、会長の後見人の吉田が自己紹介をしている間に、即興で俺流の「完璧」な自己紹介を考えるのであった。

「はい、お二人ともありがとうございました。それでは、クリスさんと田島君、よろしくお願いします」

 ついにこの時がきた。俺は教壇に上がると、クリスさんの後ろに控える。そうして、2列目の後ろに陣取っていた会長に目をやった。奴は後見人と一緒に爽やかな笑顔を浮かべてこちらを見ていた。……その顔が驚愕に変わる様を震えて待っているがいい!

 そんな俺の思いは知る由も無いクリスさんは、いつもの通り無表情で自己紹介を始める。

「2ねん4くみのクリス・ジェファーソンです。せいとかいちょうになるのは、とてもむずかしいとおもいますが、たじまくんときょうりょくしてがんばりたいです」

 ん? 彼女の自己紹介を聞いた俺は、かすかな違和感を憶えた。いったいなんだろう? みんなの拍手が終わって、俺がほそちゃんに促されるまでの短い間に違和感の正体を考える。

 ああ、俺のことを「たじまくん」と呼んでたんだ。まあ、だからどうというわけではないが、少しクリスさんとの距離が近づいたような気がした俺の顔には、一瞬血液が上ったのであった。

 そんななかで、ほそちゃんに自己紹介を促され、俺は少し動揺する。頬を紅潮させているという不可解な姿で、俺は自己紹介を始めたのであった。






「私の名前はマイケル・K・アンダーソン。16歳だ。アメリカのテキサス州カルベストン出身である」

 俺が始めた自己紹介を聞いて、尚とクリスさん以外の人間は明らかな困惑の表情を浮かべていた。それはそうだろう。田島勇人として紹介された人間が、いきなり他人の自己紹介を始めたのだから。

 どうやら、つかみはばっちりみたいだ。これぞ、田島勇人の自己紹介秘術その5、「他人の自己紹介」だ! こうして、他人の自己紹介をすることで、逆に俺の存在を印象づけるのである。

 そうして俺は、ガルベストン出身のマイケルの半生を語っていった。幼稚園のときに、海でおぼれて大学病院に入院したこと。パーカー小学校に入学して、初日に親が学校に呼び出されたこと。ムーディガーデンなるテーマパークで迷子になったこと。

 ほそちゃんに止められるまで、俺は自分自身ではなく、さっき考えたばかりのマイケルの半生を語り続けたのであった。

「と、まあ先生もああおっしゃってるし、今日のところはこれくらいにしといてやろう」

 俺がそう結ぶと、教室からは、安堵のため息が聞こえた気がした。みんななんと反応していいか分からない、といった顔をしている。そんな中、無表情だったクリスさんと、ねぎらいの表情を顔に浮かべていた尚が拍手を始める。それにつられるよう、教室に拍手が広がっていったのである。

 なんか、みんなの反応は予想外の物であるが、これで田島勇人という存在をみんなの胸に刻み込めたであろう。これで会長も俺のことを真の敵として認めるに違いない。

 異様にみんなの視線が集中する中、俺は自分の席に戻った。会長の方に目を向ける。彼は、まるで変人を見るような目でこちらを見ていた。……なんて失礼な奴! だが、これで奴も俺のことを認識しただろう。ある種の怒りと満足感という、相反する感情に包まれながら、俺はクリスさんの隣に腰掛けたのであった。 







 その後の自己紹介は、ある一人の例外を除いて、無難な感じに終わった。もちろん、その例外とは尚のことである。奴も俺と同じように「他人の自己紹介」をしたのである。まあ、奴の場合は話が盛り上がる前にほそちゃんの強制介入が入ったわけだが。もちろん、尚が退場するときは、俺が盛大な拍手で迎えてやった。

 そして、予想外に伸びた自己紹介により、ほそちゃんは珍しく早い口調で本題に入ったのである。

「これからの予定を簡単に説明します」

 ほそちゃんの話をまとめると……

 選挙活動は5月17日まで。活動していい時間帯は朝7時から夕方6時半の間。校舎外での選挙運動は禁止。ビラを作ったり、旗を作ったりするのは自由。ただし、ポスターや旗、看板を立てるときは先生方の許可を得て行う。担任の許可を得てなら、学校内の施設を自由に使える。11日の全校集会で立候補者の演説と、後見人の推薦演説。17日にもう一度、違う内容で演説を行う。

 と、いうことだそうだ。特に驚くべき話はなかった。去年の選挙は部外者であったが、そんな感じの日程で行われていた気がするし。ほそちゃんは予定を話し終えると、11日の演説の原稿は10日に担任に提出することを付け加えて、解散を宣言したのであった。





 解散が宣言されたが、まだ少し昼休みは残っていたのでクリスさんに作戦会議を持ちかけた。彼女が会議を行うことに同意したので、委員長を呼ぼうと2人で教室に戻ることにした。

「あれ? かとうさん」

 席を立ったその時、クリスさんが声を上げる。無表情であったが、珍しく感情がこもった声を彼女が発した。それにつられて、彼女の視線を追うと、委員長が教室の入り口に立っていた。

 委員長は軽くこちらに手を振ると、こちらに向かって歩いてくる。俺も照れくさい気持ちになりながらも、手を振り返す。もしかして待っていてくれたのか? なんか嬉しいなぁ。

 若干ドキドキしながら、近づいてきた委員長に話しかけようとする。

 しかし、委員長は突然立ち止まり、嬉しそうな表情を作ると、教室を出ようとしていた会長に話しかけたのであった。

 





 ……え? なんで?

カルベストンはありませんが、ガルベストンならあります。

初めて主人公の描写が入りました。

……遅いですよね。

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