5月3日その1 言論の戦争・開戦
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俺は〔力〕に目覚めた。つまり、俺には〔力〕があったんだ。それなら、どうしてそれまで俺は〔力〕に目覚めなかったのだろう。
……俺はどこか変わったのだろうか。
黄金週間。いわゆるゴールデンウィークとか言う休みが続く1週間。世間では行楽地に遊びにいったり、ゆっくりと自宅で休養したりするらしい。しかし、小山原高校の恐怖の剣道部に所属している俺にとっては、地獄の1週間でしかない。ただでさえたくさん宿題が出るのに、午前中いっぱいは帝王と一緒に剣道漬けである。本当にいやになってしまう。
連休前の最後の月曜日。次の日からは祝日やら振り替え休日やらで6日間学校は休みである。どうせなら月曜日も休みにしてくれよ、とか思いながら、でもそれだとさらに地獄が長くなることに気がついてげんなりする。俺は朝から重いペダルをだらだらとこいで学校に向かったのであった。
「おはよー」
「ん?ああ、おはよ」
登校時間まであと約40分。かなり早くついた教室には、もう尚がいた。まだ、他の生徒は来ていないのに、奴は自分の机に向かって勉強をしていたみたいだ。朝からご苦労なことである。それと同時に、何優等生ぶってるんだ、なんて理不尽なことを思ってしまう俺。他の生徒ならこんなことは思わないだろう。やはり、尚だからこんなことを思ってしまうに違いない。俺は少し笑みを浮かべながら、ヘラヘラと奴に話しかけるのであった。
「何勉強してるんだよ。中間はまだだろ」
「あ、これ連休中の課題だから」
「マジかよ!」
なんと、奴はまだ配られてもいなかった課題をやっていたのか。くそ、どんな裏技を使いやがったんだ。うらやましすぎるぜ! 思わず尚の机をつかんで、悔しがってしまう俺だった。
すると奴は俺の思いを感じ取ったのか、いかようにして秘宝を入手したのか俺に自慢げに語るのであった。
「実はな、今日俺は朝7時に学校に着いたんだ」
「早すぎだろ……。何がしたかったんだよ」
7時といえば、登校時間まであと1時間半はある。本当に奴は何がしたかったんだ? そこまで思って、すぐに奴は変人だったことに気がついた。この際、奴と同じくかなり早く学校に来ている俺のことは置いておこう。奴は、俺の突っ込みに耳を貸さず、一人納得していた俺を置いて話を続ける。
「んで、校門に入ったらほそちゃんがいたわけ」
「それで少し話をしたら、課題やってきますかなんて言われて、もらっちゃったのですよ!」
「じゃあさ、俺も今ほそちゃんのところ行けばもらえるかね?」
奴の話を聞いて、俺はすぐそう思った。尚がもらえて俺がもらえない道理は無い。どうせ朝のホームルームでもらえるだろうが、それまでに少しでも課題を進めときたいじゃないか。
尚は、もらった課題はほそちゃんの担当の数学だけだと付け加えたが、特に何も言わずに職員室へと向かう俺を見送る。だが、俺が教室を出る直前に奴は思い出したかのようにこう言い放ったのであった。
「あ、ほそちゃんと話してたら、帝王が学校入ってったぞ」
それを聞いた俺は、すぐに無言で職員室に向かおうとしていた身体を反転させる。くそ、なんで帝王も早く学校来てるんだよ。何か先週もほそちゃんと話してたら帝王が来たよな。実はあいつほそちゃんが好きなんじゃないのか?
帝王を目の前にしては絶対言えないようなことを考える俺。にやにやと笑う尚を無視しながら、俺は尚の後ろの席を拝借する。
「あ〜れ〜? 戻ってきちゃったんだ?」
わざとらしく尚は話しかけてくる。さては、奴は最初からこうなることを分かっていたな。
……謀られた! か弱い剣道部員の思いを踏みにじられたことに対して、俺は憤りを憶える。でも、いつも奴とはこんな感じなので、すぐに二人で世間話を始めるのであった。
「なあ、勇人知ってるか? 先週の水曜日ニュースでに市内でUMAが出た、ってやってたじゃないか。ネットで流れてたんだけど、あれお前んちの近くらしいぞ」
「え? あ、そうなの」
突然、俺は奴から思いもしなかった話題をふられてビックリしてしまう。奴は、俺にUMAを見なかったかとか色々聞いてくる。それを適当にあしらっていた俺だが、心中穏やかではなかった。
水曜日というと、あの時のUMAだろうか。多分、俺が倒した奴じゃなくて退魔課の人が倒したUMAのことだと思う。そう、つい4日前に俺は〔力〕に目覚めたのである。まあ、自覚がわいても実感はわいてこないが。
そういえば、土曜日に退魔課から手紙が届いたんだっけ。仮登録何とか……みたいな書類だったよな。本登録は後日連絡が来るんだっけ。なんというか、〔力〕に関することでもお役所って仕事が遅いよな……
「おい、聞いてんの?」
尚は、俺が奴の話を全然聞いていないことに気がついたのか、少し憮然とした表情で話しかけてくる。それに気がついた俺は、すぐに謝って尚と話を続けるのであった。
「皆さん、今日は生徒会選挙の公示があります」
教室に入ってくるなり、ほそちゃんは柔らかい表情でそう告げた。ああ、ついにこの日が来てしまったか。覚悟をしていたことであったが、実際にこういわれると何かしり込みしてしまう。クリスさんと委員長の「特訓」は、先週いっぱい行われた。だが、俺の精神力の消耗にもかかわらず、やはりというかクリスさんは今日も無表情で俺の隣に座っている。
こんなんで選挙は大丈夫なんだろうか。クリスさんの後見人になった以上、彼女には生徒会長になってほしい俺であったが、彼女の様子を見ると、とても不安に感じてしまうのであった。
列の前からほそちゃんが回したプリントがやってくる。A4のプリントには、生徒会選挙の立候補者と、その後見人が書いてあった。
平成20年度小山原高校前期生徒会選挙公示
生徒会長候補(定数1)
2−4 クリス・ジェファーソン 後見人2−4 田島 勇人
2−7 杉山 陽介 後見人2−7 吉田 恭平
副会長候補(定数2)
2−2 篠原 智美 後見人2−2 木島 愛子
書記候補(定数3)
2−4 石川 健二 後見人2−4 小林 尚
1−6 前園 良平 後見人1−6 守山 仁志
選挙運動期間は5月3日から、5月17日までの2週間。投票日は5月18日とする。
なお、定数に満たない副会長と、書記については信任投票とし、生徒会長に当選した者が一般生徒の中から定数を満たすよう指名することとする。
「何で会長が出てるんだよ……」
プリントを見た最初の感想がそれだった。クリスさんに立候補を薦めといて、どうして自分で立候補しているのか。まったく、ふざけているとしか思えない。もしや、これは会長からの挑戦か? ふふふ……どうやら奴は俺を本気にさせてしまったようだな。面識はないが、その得意げな顔が驚愕に歪む時をぶるぶる震えながら見ているがいい!
「ねえ、田島君。小林君が後見人になってるよ」
プリントを見ながら一人不敵に笑っていた俺。明らかに気持ち悪いと思うのだが、優しい委員長はそんなことは気にせず話しかけてくれる。見てみろ、前の染谷さんなんか、さっきから首が決してこっちに動こうとしてないぞ。
「ああ、どうでもいいけどな。信任投票だし」
委員長に密かに敬意を払いながら彼女の問いに答える。尚が健二の後見人になるのは、奴らしくはないとは思ったが、特に驚くべきことではなかった。健二と尚は友達だし、尚も書記が信任投票になることを見越して後見人になったのだろう。
去年の後期選挙は全部の役職が信任投票だった。去年の前期選挙のときなんか会長職にしか立候補者が出なかったし。しかも1人。今回みたいに会長だけであっても、まともに選挙するのは珍しいんじゃないだろうか。
「意外だな。小林君とは親友なんだから、もっと気にしてると思ってた」
委員長が俺の答えに意外そうに話す。まあ、尚が後見人になることが全然気にならないといったら嘘になるが、奴だって子供じゃないんだし無難にやるだろう。そんな事を委員長に話したら、
「信頼しあってるんだね」
なんて言われてしまった。何かとてつもなく恥ずかしいことを言ってしまった気分になった俺は、奴とは永遠のライバルだぜ! なんて言ってそれっきり委員長との会話をやめてしまった。
ああ、本当に委員長にはかなわないな……