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4月29日その7 「平凡」と「特別」その1

 こん棒を持った何かは、細い腕でそれを引きずりながらゆっくりとこちらに近づいてくる。木でできたと思われるこん棒を地面に引きずっているのに、何も音がしない。それがかえって不気味であり、そしてそれが何かの正体を表していた。……UMAは非生命体に干渉できない。あのUMAがこん棒を持っているのは、それが奴の身体の一部のような物だからだろう。

 自転車にまたがりながら、俺はそんな分析をしていた。自分でも不思議なくらいに冷静だった。もう、UMAを見るのは3度目だからだろうか。俺には、今度の奴は今までの2匹と違って弱そうだなぁ、なんて考える余裕もあったんだ。

「ァーーー」

 正面のUMAは膨れ上がった腹を揺らし、かすれた、声にならない叫びを上げながらゆっくりと近づいてくる。最初、街頭3つ分は離れていたUMAとの距離は、もう街頭1つをはさむだけになっていた。

 それでも俺は冷静だった。あのUMAは見る限り足は速そうでない。自転車で逃げれば余裕で逃げられる。俺はさっきよりもはっきりと見えるようになったUMAの気味悪い姿を尻目に、自転車を反対方向へ向けたんだ。

「ァァーー…」

 UMAの叫びがあっという間に小さくなっていく。俺は自転車を冷静に、しかし出来るだけ急いで加速させて、先ほど退魔課の女性に促されてたどってきた道を後戻りし始めた。特に意識しなくてもたどれる道筋である。そうしながら俺は叫び声を上げる。

「UMAが居るぞー!」

 公園までたどり着ければ退魔課の人たちがいる。あのUMAを倒していたとしても、まだ近くにはいるだろう。もしかしたら、俺の声を聞いた近所の人が通報してくれるかもしれない。俺はそんな計算のもと、路地を公園に向かって順調に進んでいた。UMAの声は聞こえないから、かなり引き離したのだろう。少し安心した俺が、スピードを緩め、路地を曲がったその時だった。







 


 それじゃ、つまらないじゃないか。






 

 


 

 誰かの声が聞こえた気がする。気がつくと俺は自転車を停めた体勢で、UMAとであったあの路地にいた。そして俺の前方、街頭3つは離れたところ。そこにこん棒を持った、手足が細いのに腹が異常に膨らんでいるUMAがたたずんでいたんだ。

「おい……嘘だろ」

 思考が一気に混乱する。なんだ。どうしてだ。何が起こったんだ。なぜ自転車は止まっている? 俺は確かに住宅街を公園に向かって進んでいた。どこをどう間違ってもこの路地に戻ってくるはずはない。16年ここに住んでいるんだ。道を間違えるなんてありえない。だいたいどうして奴は俺の前にいるんだ。俺のことを追っていたはずのUMAがどうしていきなり正面に現れる?

「ァーァー」

「あ……うわぁ!」

 前方のUMAは再び かすれた声を上げながら、無音で近づいてくる。それを見た俺は今度はすぐに自転車を反転させる。そしてもう一度、なりふり構わず全力で公園に向かった。今度は、叫び声なんて上げなかった。いや、そんな余裕なんてなかった。

 ペダルを必死に踏み込んで速度を上げる。体中から急に汗が吹き出てきた。街頭で照らされている路地には、誰もいなかった。シュンシュンという自転車のタイヤが回る音だけが路地に響く。自転車のスピードは限界まで出ているはずなのに、まだ足りない気がした。胸がもやもやする。もっと、もっと、もっと。

 身体の限界を超えて求め続ける心が焦燥感を生み出す。さっきは冷静に進んでいた道を、がみしゃらに進み続ける。どんなに混乱していても、公園に向かっている自転車を、ありがたいと思った。

 それなのに。

 今度はどこの角を曲がったときなのだろうか。気がつくと俺は再びUMAと出会ったあの路地に、自転車を停めた体勢でいたんだ。

「ァーーー」

 当然のように、前方にはUMAがいた。さっきと同じ、街頭3つ分の距離を保ってたたずんでいる。これでもう3度目。もう見たくなかった光景が目の前に広がっている。

 どうして。なんで。何でここに戻ってきている。どうして自転車は止まっている。どうして俺の身体は汗だくなんだ。なんで、どうして、何が悪いんだ。俺が何をしたっていうんだ!



 

 自転車を降りてみたらどうだい?




 ……自転車。そう自転車だ。自転車に乗っているのが悪いんだ。走って逃げれば大丈夫だ。あのときだってそうだったじゃないか。自転車に乗っているとろくなことがない。自分の足で走らなくては。

 俺はすばやく自転車を降りると、近づいてきたUMAに背を向ける。そして全速力で駆け出そうとした。でも背中の木刀が邪魔で上手く走れない。……背中の木刀が邪魔だ。こんな物は捨てて……




 武器は必要だろ?




 ……そうだ。武器がないといけない。武器がなくてはだめなんだ。どうしてだろう。UMAにそんな物ぼくとうなんて効果がないと分かっていたのに。俺は走りながら木刀を竹刀入れから取り出し、竹刀入れを捨てる。そうすると右手に木刀を握り、走るスピードのギアをまた一段、上げたのであった。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 さっきまで全力で自転車をこいでいたせいもあるのだろう。案外早く呼吸は乱れてきてしまう。それでも、俺は伊達に剣道部で鍛えられていたわけではない。気合でそれを押さえつけ、さらに走るスピードを上げる。もう少し。もう少しで公園までたどりつける。身体が酸素を求めているが、あと少しなんだ。それくらいだったら我慢できる。




 だから、それじゃあだめなんだよ。




 誰かの声が聞こえた気がする。これで何度目だろう、なんて思ったのはどうしてだろうか。俺は気がつくと、またあの路地にいて、前方、街頭3つはさんだところにはUMAがいた。

「あああぁぁ!!」

 もう、いい加減にしてくれ! 気が狂いそうだった。これまでの出来事は全て夢で、これからが現実なんじゃないか、なんて思ってしまう。いや、思いたかった。でも、道に転がった自転車に右手に握った木刀、荒い呼吸と、全身を襲う疲労感。それらが今まで起きた出来事が現実であるといやでも証明していた。 

 最後に残った欠片のような理性で現状を分析する。いくら逃げてもここに戻ってきてしまう。理屈は分からないが、何かしらの〔力〕が働いているのは確かだった。でも俺には何も出来ない。〔力〕の原因がUMAだとしても人だとしても「平凡」な俺には何も出来ない。無意識に両手に力をこめると、右手の木刀が自己主張してきて、それが逆におかしかった。

 



 君は、本当に、何も出来ないのかい?




 そうだ。俺は何も出来ない。何も出来ない「平凡」な人間だ。だからこんな「特別」な出来事に何か出来るわけないんだ。クリスさんのようにUMAを圧倒することなんて出来ない。前方のUMAが、ゆっくりと、本当にゆっくりと近づいてくる。奴はちょうど、3つ目の街頭の光から出たところだ。



 「平凡」なら、何も出来ないのかい?



 そうだ。田島勇人という「平凡」な人間は何も出来ないんだ。たとえ俺に剣道の心得があっても、目の前のUMAがいくら弱そうでも「平凡」である限り俺は何も出来ない。「特別」にならなくては、何も出来ないんだ。公園にいた、「輝く人」のようには「特別」にはなれないんだ。正面のUMAがひたひたと近づいてくる。奴はたった今、2つめの街頭の光に影を落としだした。


 〔力〕があるのは「特別」なのかい? 君が言う「特別」は〔力〕があることなのかい?


 ……。〔力〕があることは特別なのか? 「平凡」な人間がある日突然〔力〕を得る世界。「平凡」な人間でも〔力〕を手に入れられるのなら、「平凡」な人間でも、何かが出来るって言うんなら。「特別」ってそういうことじゃなくて……

 公園で見た、光り輝く人型の〔力〕が頭にちらつく。彼は光り輝く棒を持って、UMAと戦っていた。……俺の手には木刀がある。


 そう、君は気がついているはずだ。


 UMAはもう、目の前に来ていた。俺は「輝く人」のように世界は光で染められない。そんなことは俺の〔力〕を超えている。だけど……

 無意識のうちに強く握った手が、木刀の存在を俺に強く主張してきていた。……この「棒」を光に包むくらいなら……

 目の前のUMAがその手に持つこん棒をゆっくりと振り上げる。その瞬間、それに殴り飛ばされる自分が頭に浮かぶ。だけど、それを振り払うように俺は木刀を両手で握って……

 

 〔力〕を得たいなら、望むがいい! 少年よ!

 

 「平凡」だって、何か出来るはずなんだ!






 そして俺の世界は光に包まれた。

かなり大変でした。

一応、これで完成ですが、重要な話ですので、これからも色々と修正していくと思います。

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