4月29日その5 非日常な出来事
難産でした。題名に期待しないでください。
剣道場のすぐ近くに停めた自転車の籠に、バックを突っ込む。竹刀入れを背負うと、俺は自転車にまたがり、校門へ向かう。少し前は6時だと真っ暗だったのに、まだ外は薄暗く、なんとなく時間の流れというものを感じてしまう。校門までたどり着くと、いつもの通り当番の先生が立っていた。
「さようなら」
「おい」
自転車をこぎながら挨拶をして通り過ぎようとすると、先生に声をかけられた。前輪を先生に向けるように自転車を停める。この人は……1年の担任だったろうか。あまりよく知らないんだけど。少し戸惑いながら、俺は先生と目を合わせた。
「剣道部は今終わったのか?」
先生は俺の竹刀袋に目を向けながらそう言ってくる。俺がそれに肯定すると、近藤先生はホントきっちりやるなぁ、なんて言って校舎の方へ歩いていってしまった。多分、剣道場の奴らに釘を刺しに行くのだろう。完全下校時刻にはあと30分もないし。まあ、ほとんどの生徒はそんなのはうざったい決まりくらいにしか考えてなさそうだけど。
実際にUMAに会ってしまった俺からすれば、早く帰ることに越したことはないぜ、なんて事を考えながら、俺は自転車を外の世界へと向けるのであった。
自転車はいつもどおり、何にもないあぜ道をガタゴトと進んでいく。なぜだろうか、部活帰りこういう薄暗い道を一人で進んでいくと、どうでもいい事がいろいろ頭をよぎっていく。
今日の練習あそこで籠手にこだわりすぎたなぁ、委員長はなんで俺にあんな指令を出したんだ? 実は委員長は尚からの刺客だったりして。あれで委員長けっこうノリがいい人だからなぁ。
クリスさんは笑い方が分からないだっけ、笑い方が分からないんだから表情の動きが少ないんだよなぁ。もしかして感情がないから表情が出なかったりして……なんて彼女に失礼か。
……クリスさんは〔力〕ある人間なんだよな。そういえばどうして彼女は〔力〕を持っていることを皆に言ってないんだろう。彼女なりの事情があるのかな。けっこう前、尚にクリスさんはやばいかもしれない、なんて言われたっけ。あれから尚はあんまり気にしてないみたいだけど……、まさか本当にやばい人だったりして。
ぼおっとしながら自転車をこいでいたら、いつの間にか自転車は、中心街に入っていた。約1年通いつめた道は、意識しなくても俺のことを自宅へといざなってくれる。街頭によって明るくなった道を、いつもどおりに通って中心街から住宅街に入って行った。
住宅街の細い路地はところどころ街頭によって不自然に明るくなっていた。まだら模様の道を無意識に右に曲がる。右に曲がると、一区画先に公園がある。公園には街頭がたくさんあるのだろうか、ひときわ明るい光が漏れていた。その公園は俺の家から一番近いので、小さい頃はそこでよく遊んだり、友達と待ち合わせたりしたものである。それにしても、公園ってあんな明るかったけ。
そんな公園をなんとなく見やりながら、俺は自転車で自宅へと急いだ。
いや、正確には急ごうとした。
その瞬間、俺の全てが止まった。
順調に進んでいたはずの自転車が、物理法則を無視して急に停車する。慣性の法則も、エネルギー保存の法則も無視して、空間ごと固められたかのように唐突に静止してしまった。それは俺の身体も同様である。惰性で自転車をこいでいた足はサイドブレーキをかけたかのようにピタリと停止した。意識して動かしていなかった頭も、顔も、肩も、腕も、体幹も、身体の何もかも全ての時が止まってしまった。
そうなれば、当然自転車は倒れてしまうはずであった。それなのに、自転車はまるで俺がバランス芸を披露しているかのように、その二輪はしっかりと地面に垂直に立っていたのである。
明らかな異常であった。自転車が急に静止し、俺の身体の自由も利かない。日常では決して体験できない出来事。当然、「平凡」な俺はパニックに陥るはずだった。そう、陥るはずだったんだ。
俺は思考さえも停止していた。いや、この「異常」のせいではない。もし本当に思考が「停止」していたのなら、現状なんて把握できない。俺は圧倒されていたんだ。自らの「異常」がどうでもいいと思えてしまうような目の前の光景に……
俺が小さい頃から慣れ親しんでいた公園。遊具はブランコが端っこに申し訳程度にあるだけという簡素な物。しかし、何もない広い砂の大地は、小さい俺にとっては無限の可能性を秘めた遊具だった。
その中心部、幼少の俺にとって「日常」だった公園の中心部には、三つの「非日常」がいた。
ひときわ目を引くのが、巨大な四つ足の化け物。猿のような顔に、狸のようなずんぐりとした身体。4つの足は猛獣のように筋肉が盛り上がっており、そこだけ不自然に虎柄であった。化け物の尾には意志があるのだろうか。鱗がついているのか時折光を反射して光るそれは、生きているかのように動いている。いろいろな生き物を合体させたかのようなその化け物は、気味の悪いとしか形容できない異様な声を上げ、自らの眼前に存在する二つの「非日常」に襲い掛かっていた。
だが、化け物の攻撃は、相対する「非日常」達には届かない。
化け物に敵対する「非日常」は人の形をしていた。小柄なほうのそれが、化け物の攻撃に対し、両手をかざす。するとどうしたことだろう、まっすぐと小柄なそれに届くはずであった化け物の攻撃は、まるでレールに乗ったかのように見当違いの場所へ放たれてしまう。公園の地面をえぐるはずであったその攻撃は、地面に対してなんの効果もしめさなかった。
化け物が無理な攻撃により、体勢を崩す。しかし、化け物はそれを隙とさせない。鋭い牙が生えた口、強靭な4つの足、そして縦横無尽に動く尻尾。全てを駆使して体勢を崩しながらも小柄な人型に攻撃を加え続ける。
それでも、その攻撃は届かない。化け物がいくら攻撃しようと、小柄な人型が手をかざすだけで、なぜかその攻撃は見当違いの方向へ向かう。そのたびに化け物は体勢を崩し、ついには倒れてしまった。
その瞬間、後方で待機していた大きい方の人型が前に出る。
そして世界は光に包まれた。
まぶしくて目がくらんでしまう。反射的に目を閉じようとしたが、身体が動かないので、それもかなわない。薄く、影のようになった世界の中で、光を纏った棒のような物を持った何かが、巨大な何かを殴ろうとしていた。
「ヒョォォォォ!」
何かが叫び声をあげている。光を纏った棒で殴られた何かから、物体がはじけ飛んでいた。巨大な何かと、輝く何かの戦いは続く。
あの人型は人なのだろうか。巨大な化け物と相対して互角以上に戦っている。あれがたとえ人だとしても、俺と同じ存在だとはとても思えなかった。「平凡」な俺では決してあのような〔力〕は発揮できない。きっと彼らは「特別」に違いない。「平凡」、「特別」。
ああ、そういえば少し前に同じようなことを思い知らされた気がする。
あなたに、ちからはないのですか?
俺は思考も停止して、ただただ目の前の映像を映し続ける機械になっていた。そんな中、突然何かから声をかけられる。
「君、大丈夫?」
その瞬間、俺の身体と自転車の拘束は解け、停止していた思考も、活動を再開するのであった。
総体は1回戦で負けました。
ちなみに作者はラグビーやってます。
今年は期待してたのですが……残念です。
総体は終わりましたが、引き続いてテスト、文化祭があるので、更新は遅れると思います。