3月27日その1 パシリにされる
その時、俺は天使を見た。
きっかけは些細なことだった。春休みに行われた剣道部の二泊三日の合宿。
そこで二日目の夜、部員全員で顧問に内緒でパーティをすることになったのだ。場所は学校の合宿場の男子の部屋である。……なんで女子の部屋でやらないんだろう。個人的にかなり残念だ。
しかし、学校には一応ジュースの自動販売機はあるものの、お菓子やその他食料類はどこにも無い。
それに持ち物検査があったので、誰もそのようなものは持ち込んでいない。ちなみに剣道部の顧問は、学校では「帝王」と呼ばれ恐れられている。帝王に逆らおうとする生徒は、よほどのマゾヒストか、自殺願望者くらいじゃないか?
そこで先輩方がなにやら話し合いをしたのだが、食料がなくてはパーティにはならない。と、言うのが先輩方が出した結論だった。とすると、誰か一年が買出しにいかなくてはいけない。
……ソルジャーが必要だった。それも顧問に気づかれず、かつ迅速に任務を遂行する優秀な戦士が。そう、だから極々平凡な俺が行く必要はなかったんだ。
それなのに……
「じゃあ、田島よろしく。メモに書かれたやつ以外はお前が適当に買ってきていいから」
「……」
戦いに敗れた俺は皆からいくらかの軍資金と先輩方の要望を書いたメモを受け取るのであった。
「西山、やっぱ俺が行くのはやめないか?」
「どうしてさ?」
とりあえず部で一番仲がいい西山に交渉を試みてみる俺。こんな面倒くさくて危険な任務に借り出されるなんてごめんだ。
「え〜と、そう、ほら俺だとみんなの期待に答えられるような面白いものを買ってこれないだろ。」
「いや、別に面白さなんて求めてないから」
「……」
一瞬で切り捨てられてしまう。西山は表情すら変えていなかった。
いや、まだだ、まだあきらめるものか! あきらめたらそこで試合終了だって、皆言ってるじゃないか。
そうだ、夜にはUMAが出るんだ。それを持ち出せば優しい西山はきっと買い出しを俺と代わってくれる。いや、もしかしたらかわいい後輩が傷つくのを恐れた先輩方はパーティを中止にするかもしれない!
俺は正直無駄だろうと思う心を必死に押さえつける。そして、剣道で強敵に当たるときのような心持で、体にぐっと力を込め、
「夜だからUMAが出るかもしれないだろ!」
と、自信満々に西山に告げた。どうだ! 言い返してみるがいい!
「……」
うつむいて黙ってしまう西山。俺と西山の会話を興味津々に聞いていた男子部員も黙ってしまう。ちなみに女子部員と先輩方はまったく興味が無いようで、部屋のあちこちで勝手にしゃべっている。
もしかして思いかけず説得できたのか? だとしたら儲けもんだ。俺がかすかに生まれた光に希望を持ち始めたとき。
西山は、いや男子部員達は身体を震わせると大笑いし始めたんだ。
「はっはっはっはっは!いや〜田島がこんな臆病だなんて思わなかったよ。UMAなんてここらじゃ夜でも出たなんて話は聞いたこと無いないのにねぇ〜。いやそうかそうか、出たこと無いUMAが怖いのか。まあでも、田島君はお・と・こだから勇気を出してひ・と・り・で買い出し、いってくれるよなぁ?」
「くそぅ……」
どうやら、西山との交渉は無理なようだ。男のプライドを刺激してくるとは……卑怯な奴め! その後ろの一年男子達もニヤニヤとこの臆病者め、というオーラを発している。
くっ、状況は悪化してしまったか。……いや、まだだ。まだあきらめるものか! まだ女子がいる! 俺のイケメン力で魅了すればきっと!
俺は自分に出来る精一杯のさわやかな笑顔を浮かべる。そして、近くで話していた女子。
え〜と、えくぼが可愛い剣道部一年のアイドル(今俺が決めた)吉沢さんに俺はこう言った。
「やぁ、いつも可愛いね。ところでじゃんけんで物事を決めるなんて非民主的じゃないかい?」
すると彼女もえくぼが際立つ可愛らしい笑顔を浮かべると、
「うん、その顔気持ち悪いよ。早く買い出し言ってきてね」
こう言い放ったのであった。ショック、ダブルショックである。まさか女子に気持ち悪いって言われるなんて……。俺のイケメン力では、無理だったか。
どうやら剣道部に俺の味方はいないようだ。部内の空気がお前早く買い出し行けよ、うざいなぁ。みたいになっていくのを感じる。
「……行ってきます」
部の空気に耐えられなくなった俺は部屋の外へと身体を向ける。そして皆のやる気のない声援を背中に受け、一人死地へと旅立つのであった。
学校に一番近い店までは自転車で三十分はかかる。これで学校から一番近いのだからなんだかやるせない。UMAが出るといったのは冗談だったが、何もない真っ暗なあぜ道を一人で行くのは正直不安だった。
だが、道中特に何があるわけもなく、無事にペースマートにたどり着くことが出来た。
……いや、荒い舗装のあぜ道を走り続けたおかげで尻が痛い。
あたりは暗いのにペースマートの周りだけやけに明るい。駐輪場を探そうとあたりを見渡したときペースマートの明かりを直視してしまった。
「まぶしっ!」
あまりの明暗の差に目がくらんでしまう。どうしても目を細めないと辺りが良く見えない。なんだか本当、やりきれない気持ちになる。俺は無駄に広い駐車場の隅の駐輪場に自転車を停めると、ようやく普通に目を開けて店内へと入っていった。
本編が始まりました。
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