4月29日その4 午後の出来事
加藤理恵。県立小山原高校2年6組のクラス委員長。飛び切りの美少女ではないが、親しみやすい性格。よく気がきくのでクラスの皆からの信頼が厚い。
何が言いたいか、というと。
「委員長ほんとに頼りになるわ〜」
と、いうことである。尚の奴は、俺たち3人が真面目な話に入ったところで、やることがあるなんていって教室に戻ってしまった。尚はほんとに頼りにならない。
クリスさんの生徒会選挙の協力を承諾した委員長は、クリスさんにまずいくつかの指摘をした。
まず、嘘でもいいから選挙に出た理由を考えること。クリスさんが、現生徒会長に薦められて立候補した、と聞いた委員長はさすがに唖然としていたが、すぐ彼女にそういったのである。
次に何でもいいから文化祭を盛り上げるアイデアを考えること。委員長が言うには、とりあえず行事を盛り上げるようなアイデアが出せれば、選挙は有利に進められる、らしい。うちの学校で一番大きい行事は文化祭だから、それを盛り上げるアイデアを考えろ、ということだそうだ。
そして最後に、委員長はなぜかためらいながら、
「クリスさん、笑うことって出来る?」
こう、指摘したのであった。
まあ、委員長の言わんとすることは、俺にも理解できた。クリスさんはは誰もが認める飛び切りの美少女である。でも、今まで彼女の表情が大きく変わった時なんてなかった。もし、そんな彼女が飛び切りの笑顔を振りまいたらどうなるんだろう。少なくとも俺は、彼女にノックアウトされちまうと思う。俺みたいな奴がふらふらとクリスさんに投票することを委員長は狙っているのだろう。
クリスさんは、委員長の言葉を聞くと、彫刻のようにしばらく動かなかった。そして、最低限の筋肉の動きで、こう告げたのであった。
「わかりません」
どうやらクリスさんは笑い方が分からないらしい。あ〜だからクリスさんは表情を変えたことがなかったんだなぁ……ははは。納得、納得。
と、まあ俺はクリスさんの発言に少し唖然としていたわけだが、委員長はそう言われる事を予想していたかのように、笑顔で切り返すのであった。
「大丈夫。田島君が笑わせてくれるから!」
……え?
「疲れた……」
部活が始まってもいないのに、帰りのホームルームが終わった瞬間俺はそんなことをつぶやいていた。まさか、委員長があんなことを言うなんて……
昼休み、委員長がクリスさんに笑い方を教えるために用意した策。それは、俺がひたすらギャグをクリスさんの前で連発する、というものであった。……それはもう突っ込みどころ満載じゃないか。笑い方を教えるなら、表情の動かし方を教えるとかもっと他にやることがあると思う。
それなのに委員長は、まあ田島君はギャグを言い放ってればいいから、なんて言って、まったく俺の主張を聞き入れてくれなかったのである。
結局、俺は昼休みが終わるまで、果たして面白いのかも分からないギャグを女子二人の前で連発したのであった。しかも、昼休みが終わっても何をとち狂ったのか、クリスさんは、笑わせてください、なんて事あるごとにギャグを要求してきた。そのたびに委員長が俺を煽るので、午後の授業と授業の間いっぱい、まったく遺憾ながら俺はクラスのみんなの前でギャグを披露し続けたのである。
「疲れた……」
いや、まったく疲れた。クリスさんには俺の部活事情は話しておいたので、今日は部活に遅れる心配は無い。バックに教科書等をまとめ、持ち上げると腕の筋肉が痛んだ。ああ、そういえば今日筋肉痛がひどかったんだなぁ。なんて思いながら、俺はだらだらと部活へ向かったのである。
「ありがとうございました!」
竹刀を左手に持ち、それを腰に当てると姿勢を正す。声を張って元気よく挨拶し、深々と礼をした。剣道部員約30名からいっせいに礼を受けた帝王は、軽く礼をすると、無言で剣道場の入り口へと向かっていく。
それを俺たちは直立不動で見送っていた。みっちり2時間の練習。やっと部活が終わった。俺の中には帝王が居ることにより生じる緊迫感の中にも、どこか安堵のような感じがあった。
「田島……」
入り口へと向かっていた帝王が唐突に俺に声をかけてきた。剣道場がまた、戦場のような緊迫感に包まれる。何だ、帝王は何が言いたい。俺は何もしてないはずだ。
「はい!」
心の中は焦りや恐れでいっぱいだったけれど、それを表に出さずに元気よく返事をする。そうしないと、余計な面倒を引き起こしてしまう事は俺の身体に深く刻み込まれていた。
「……生徒会選挙の後見人なら、公示が終わると部活に遅れる事もあるはずだ。だったら、分かっているな」
「……はい!」
一瞬、何を言っているか分からなかったが、理解すると同時に返事をする。帝王はそれを聞くと、すぐ剣道場の外へ出て行ってしまった。
「はぁ……」
剣道場が生き返ったかのように喧騒に包まれた。部員達が俺にいろいろと話しかけようとしてくる。それを部長が収めると、西山が部員全員の疑問を代弁するかのように話しかけてきた。
「なあ、後見人ってどういうことだ?というか帝王はなんて言ったんだ?」
後輩達が剣道場の掃除を始めるのを横目で見ながら、剣道場の隅にある更衣室に向かう。歩きながら俺は西山と話を続ける。
「ああ、あの転校生が生徒会長に立候補するんだ。俺はその後見人になったてわけ。帝王は多分、それで部活に遅れた分を自主練しろって言いたかったんだと思う」
更衣室へたどり着くと、まず防具をしまう。胴衣を脱ぎ始めたところで、俺の説明が終わった。
「で、どうするんだ?」
「まあ、家にも木刀はあるけどな……一応木刀を持ち帰っておくよ。多分それなら何も文句言われないだろ」
「ま、それが無難だな」
西山に今後の方針を問われる。それに答えながら胴衣から制服に着替え終わったところで、竹刀入れを取り出す。それに木刀を突っ込んで、俺の帰りの準備は完了した。
西山は俺との話を切り上げると、着替えを終えて更衣室へ出て行く。俺もそれについていく。
「ねえねえ、田島君」
「いやいや、それは俺から説明させてもらうよ」
更衣室の外では女子部員が待ち構えていた。西山は俺に話を聞こうと待ち構えていたであろう女子部員に、なぜか俺の代わりに話をし始めるのである。奴め、これを狙っていたのか。……やりおるな
「……早く帰れよ」
楽しそうに話をする西山に、なんとなく負けたような気分になりながらも、俺は木刀を背負って剣道場を後にしたのであった。剣道場を出る直前に時計に目をやる。時刻は午後6時すぎを指していた。
私事で誠に申し訳ないのですが、来週から二週間は高校総体、定期考査の準備期間と行事が立て込んでいます。ですので、今までのように更新できないかもしれませんがご理解いただけるとうれしいです。