4月28日その2 たすけます
「たじまさん、わたしこまっているのですが……」
「いやごめん。俺早く部活いかないといけないんだ」
そういった彼女はやはり無表情で、あんまり困ってる風には見えない。と、いうか早く部活に行かないと俺は帝王に何をされるか分からない。
困っているというクリスさんを見捨てるのは気が引けたが、自分の命には代えられないと、俺の正面に立っていたクリスさんを避けるようにして部活に向かった。
いや、向かおうとしたのだが……
「たじまさん、わたしこまっているのです」
そんな俺の正面に回りこむように再び現れたクリスさんはどこまでも無表情で語る。
表情からはまったく分からないが、どうやら本当に困っているらしい。
しかし俺も早く部活に行かないと困ってしまうのである。今度は何も言わずに彼女の横を通り抜けようとする。しかし、彼女はすばやく手を伸ばすと、俺の身体をつかむのであった。
身体を触られて思わずドキドキしてしまう。
しかし、今はそんなときではない、部活に行かないと……
「たじまさんは、たすけてくれるとやくそくしてくれたのではないのですか?」
「田島さぁ、クリスさんにそこまで言われて助けないなんてひどいんじゃない?」
いつの間にか集まっていたクラスメイトにも責められてしまう。どうやらクラスの皆はクリスさんの味方のようだった。
彼らは帝王の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのである。あいにく帝王は倫理担当で、理系クラスの6組にはその授業を受けた者はおらず、剣道部員もクラスにはいなかった。
無知は恐ろしい。クラスメイトは次々とクリスさんの方に立つと次々と俺に非難の言葉を浴びせてくる。その迫力に負けた俺は、ついにクリスさんを助けることを了承してしまったんだ。
「それで、困っていることって?」
俺が了承したと分かるとクラスの連中はすぐにどっか消えてしまった。もうクラスに残っているのは帰宅部の暇な連中くらいである。
どうにも恨めしいが、ここで逃げても明日からの学校生活に支障をきたしそうだ。
部活に遅れても理由があって少しくらいなら、許してもらえるかもしれない。
とりあえず俺は5組の西山に遅れると一声かけ、クリスさんの悩みを聞いてから部活に行くことにしたのである。
「せいとかいせんきょのことなのですが……」
「選挙?出馬登録のことならほそちゃんに聞けば一発だぞ」
お互い自分の席に着きながら、俺は彼女が困っていることについて聞くことにした。
どうやら彼女は生徒会選挙について困っているらしい。あんまりたいしたことではなくて良かった。
とりあえずほそちゃんに押し付けてしまえばいいのである。そういうことは先生に聞くほうが確かであろう。
しかし彼女はゆっくりと首を横に振ると、
「そうではなくて、たじまさんにこうけんにんになってほしいのです」
確かにそういったのであった。
後見人。法律用語では簡単に言うと財産等の管理の際に未成年の代理となって手続き等をおこなう人間……であったと思う。
もちろん、うちの生徒会選挙では意味が違う。
その人が選挙に出ると値する人間であると保障し、共に選挙運動を行い、推薦演説を候補者の決意表明と共におこなう人物。である。
本来後見人とは、そのクラスの委員長や、候補者の親友といった人物がなるものである。とりあえず、尚によると既に変人としてクラスに通っているらしい俺がなるものではないと思う。
「なあ、今後見人になって欲しい、っていったんだよな。」
「はい、そうです」
思わず彼女に詰め寄る形になりながら確認してしまう。それほどまでに彼女の発言は信じられなかった。でも彼女は驚いた様子も無く答える。
むしろ教室にまばらに残ったクラスメイトの視線が俺たちに集まってしまう。
とても恥ずかしくなった俺がゆっくりと自分の席に戻ると、視線は離れた。
「なあ、どうして俺なんだ?」
彼女には友達もいるし、うちのクラスには皆からの信頼が厚い委員長もいる。
少し落ち着いた俺は、彼女に俺を選んだ理由を問うてみたのであった。
「はい、それは……」
彼女がゆっくりと話してくれたことを箇条書き的にまとめると、
ほそちゃんに出馬することを告げたら、後見人が必要だと言われた。
友達に後見人になってくれるかと聞いたら、委員長がふさわしいと言われた。
委員長に後見人になってくれるかと聞いたら、私には無理だと言われた。
後見人になってくれる人がいないのでどうすればいいか分からなくなった。
そういえばどうすればいいか分からなくなったら、いつでも助けると俺に言われた。
俺に後見人になってもらおう。
と、いうことらしい。
「こうけんにん、なってくれますか」
彼女はあいかわらず無表情であったが、それでも俺は彼女が俺を頼ってきていると感じていた。
ここで彼女の後見人になることを断ってしまうと、それこそ彼女は本当に困ってしまう。
いつも無表情で、感情の変化が感じられない彼女。
外国からやってきた転校生で、俺にとっては命の恩人。
そんな彼女が異国の地で生徒会選挙に出ようと決意した。そこにはきっと俺には理解できないような深い理由があるのだと思う。
感情を見せない彼女だが、それでもきっとうちの学校について彼女なりに何か思うところがあるのだろう。
俺は約束したからでなく、男としてクリスさんに何か深い感銘を受けていた。
後見人。それは面倒なことだと十分理解していた。
俺は後見人にふさわしくない「平凡」な人間だとも分かっていた。
それでも彼女に向かって精一杯の笑顔を浮かべ親指を立てながら、
「ああ、後見人になるよ! 絶対当選しようぜ!」
なんて言ってしまったのである。