幕間 誰かの日記帳その1
幕間です。主人公視点ではありません。
彼は仲間内では異端という認識をされている。
彼が所属する組織の構成員は、基本的に彼らの自身の目的以外にはこの世界に執着を持っていない。
しかし彼には異常ともいえるほどの「黒」への執着があった。
身に纏うもの、自らが暮らす場所、自らが口にするもの、そして周囲の存在でさえ、黒でなくては我慢できなかった。
それは彼の組織にとって異端であり、彼の同族から見ても異常であった。
彼の黒への執着はどこから来たのだろうか。
彼は自身の「心」を満たすために今日も「黒」を求め続ける……
彼は退屈していた。面白いことがない。この世界は停滞していた。
「人類」の力は強力であり、有力なデータは集まっている。
しかし自らの組織の目的にかなうようなデータは、まだない。
そして、かつて存在した、彼が興味を持つような「黒い」人間はどこにもいなかった。
そこで彼は暇つぶしをすることにした。暇だから、退屈だから暇つぶしをする。
そういう思考をすること自体、「彼ら」の間では異端なのだが、彼は気にも留めなかった。
彼は様々な場所をぶらぶらと転移する。人類が地球、と呼んでいる惑星のありとあらゆる場所に、彼は一瞬で転移することが出来た。
一瞬で離れた場所へ転移する。
人間では考えられない所業も彼、いや彼らにとっては当たり前のことであった。
そうしながら、暇をつぶすのに値する「面白い物」を探すのである。
偶然、彼の目に彼と同じような真っ黒な格好をした人間の姿が映る。
それだけなら珍しくは無い。
彼が今いる場所。人類が定めた国という定義に従うなら日本という国。
その国では若い人類、特に学生やサラリーマンと呼ばれる人間の中にはこのような格好をする者が多いということを彼は知っていた。
しかし、人間は黒い髪を生やし、荒い、黒い舗装の道を黒い夜の闇の中、黒い服を纏い、2輪の乗り物にまたがって1人で進んでいた。
黒が4つ。なかなかである。これなら少し楽しめるかもしれない。
そう考えた彼は、暗闇の中を進む人間のためだけに、「実験体」を解き放った。
人間の「心」を分析するような真似はしない。それをするのは人間が死に掛けたときだと彼は決めていた。
解き放たれた実験体が、道を進む人間を追い始める。
最初、少し驚いたような表情をした人間は、何やら自分の考えを否定するかのように、苦笑していた。
しかし、実験体が近づいていくたびに、人間の表情が緊迫したものに変わっていく。
彼はそれを見逃さないように観察していた。果たしてこの人間はどれだけ「黒い」のだろう。
人間の周りにあった黒は4つ。それならきっとこの人間は自分を楽しませてくれるのだろう。
常人には、いや、彼以外には理解できない思考のなか、彼は必死に逃げ始めた人間に期待していた。
人間は2輪の乗り物から投げ出される。どうやら速度を出しすぎたらしい。それでも人間は自らの足を動かし続けることで、いまだ確認できていないであろう実験体から逃げていた。
そこでふと、彼は力の発現を確認する。どうやら今自分が観察している人間は〔力〕ある者らしい。
彼はいっそう興味を持って人間を観察する。〔力〕を持っている人間は特に「黒い」からだ。
そう「黒い」のである。目の前に「黒い」人間がいる。
彼は自らの欲望が高まってきているのを感じていた。早く見たい、感じたい。
黒さを感じたい!
ついに彼は欲望に逆らえなくなり、自ら定めた禁を破って彼は人間が死に掛ける前に、その「心」をのぞいてしまったのである。
その瞬間彼は失望した。
人間の心はあくまでも平凡だった。
特筆するような特性もなく、自分が期待したような黒さが感じられない。
あくまで普通の人間。その人間は〔力〕ある者であるはずであったのに、平凡な心を持っていた。
はずれ、か。彼はあふれ出てくる失望を隠しきれずそう感じた。
そういえば人間の能力は発現しているはずなのに、周囲には何の変化も無い。
大して黒くも無い人間が〔力〕を発現させるとこうなってしまう。
こんな奴は存在させる価値も無い。
実験体が人間の身体を捕らえる。
ぎりぎりと実験体が人間の身体を締め付け、その命を奪おうとしていた。
その様子を片目で見ながら、彼は次はどんな暇つぶしをしようかと考える。
そして人間の命が消えかかったその時だった。
彼は一瞬ではあったが今まで感じたことのないような黒さを感じた。
と、同時に力の発現を顕著に感じる。
そして実験体の傍の空間が歪み、捩れるように穴が開くと、そこから何か現れたようだった。
だか、彼にとってはそんなことはどうでも良かった。
力の予想外の発現よりも、空間が捩れたことよりも「黒い」事が重要だった。
平凡な「心」の持ち主が今まで自分が感じたことの無い「黒い」人間だった。
彼にとってこれほど興味深く、面白いことはない。
黒は、〔力〕は望みから生まれる。
「平凡」な人間が一瞬ではあったがあれほど黒くなる。いったいどんな望みなのだろう。
彼は久しぶりに自分が充実していることを感じ、一人ほくそ笑むのであった。
実験体はいつの間にか消失し、人間は再び「平凡」に戻ると暗い夜道を歩き始めている。
彼はそれを確認し、人類では絶対に認識できないところからその人間の観察を始める。
それは神の子と呼ばれた人間が誕生してから地球が2008回目の公転を始め、人類が太陽暦と呼ぶ暦に従うならば、3月27日のことであった
今までとは違う感じで難しかったです。