4月8日その5 お礼を言おう
ところで、俺の人生は女子とは無縁のものだった。
小学校の頃は尚などの悪友たちと女子のスカート捲りにいそしんだため、女子からは最終変態兵器と呼ばれ、忌み嫌われていた。
中学生の頃は急に男らしくなった悪友たちがもて始める中、成長してもぱっとしない顔だった俺は、女子と友達以上の関係にはなれなかった。
それでも高校生、人生で一番輝く青春の時代に俺は希望を持っていた。
何がいいたいか、というと。
俺はついに女子と二人っきりになったぞ!!、ということである。
苦節16年ついに女子と二人っきりになったのである。
……ムードも何も無いし、目的は命の危機を救ってくれたことに対するお礼だが。
と、いう事で俺は教室の後ろのスペースでクリスさんと向かい会うと、しばらくこの状況を楽しもうと、黙ってみるのだった。
もしかしたらこのままいいムードになるのかもしれない。
そんな期待もあったが、彼女は俺が何も話さないとみると、すぐにきびすを返して教室のドアへと向かい始めるのだった。
「ちょっ、待ってくれ!」
手を伸ばして彼女を引き止める。伸ばした手は彼女の肩に触れようとしていたが、彼女が振り返るとすぐ、俺の元へと戻ってきてしまう。
振り返った彼女は俺をしっかりと正面に見据えると色の無い表情を一つも変えないまま、
「なんですか」
なんていった。
……何かとてつもなく悔しい。無表情なんて俺の事は眼中にない、ということだろうか。
それでも俺は頑張って口角を吊り上げて、彼女にお礼を言った。
「あ〜、春休みのときに俺を助けてくれてありがとな。あのままだったら俺死んでたよ。
その代わりと言っちゃ何だけど、困ってたら何でも言ってくれよな」
ふぅ。どうやら噛まずに言えたようだ。彼女は無表情のままじっと動かない。
沈黙が教室を包み込む。
たっぷり10秒はかかっただろうか、俺はその間じっと彼女を見つめていた。
やっぱり綺麗な顔だなぁ、なんて思っていると
彼女は整った眉をほんの少し、じっと見てなかったら分からないくらいひそめると、
「よくわかりません。こまっているときとはどんなときですか」
なんて言ってきた。
俺の中で何か凍りついた気がする。
彼女は困ったことは無いのだろうか?
〔力〕がある人間は、「特別」な人間は困らないと言うのか。
困ったということが理解できない。
そんな彼女に俺と彼女の間に何か大きな溝を感じ、また体育館で感じたあの感情が首をもたげ始めた。
焦点がぐっと目の前の「天使」に集中し、心の奥から何かが湧き出そうになる。
それでも何とか自制する。
そう、勘違いしてはいけない。彼女は外国人だからたまたま単語の意味がつかめなかっただけかも知れないじゃないか。
俺は彼女から一歩離れると、ゆっくりと諭す様に言葉を紡ぐ。
「困っている、というのはそうだな。自分ではどうしようもなくなって、どうすればいいか分からなくなっている状態のことだな。分かるかな?」
身振り手振りを交え、貧弱な俺の日本語力を駆使して困るという単語の意味の俺なりの解釈を彼女に説明した。分かってもらえたか不安だったが、
彼女は人形のようにこくんと小さく首を縦に振ると、
「わかりました。おはなしはおわりですか」
なんて言って話を切りあげ、教室の外へ出ようとする。
彼女は俺とは話がしたくないのだろうか。実際もう話す事は無かったが、このまま話を終わらせるのもなんか惜しく、思わず
「日本語上手なんだな」
なんて声をかけていた。
するとやはり彼女はその天使のような顔をピクリとも動かさず、
「べんきょうしましたから」
なんて答え、そのまま教室の外へ出て行ってしまったんだ。
教室を出て、ドアを閉め廊下に目をやると、先ほどクリスさん一緒にいたと女子たちがニヤニヤ笑いながら俺の方を見つめていた。
クリスさんはそんな女子たちの奥でやっぱり無表情で立って、委員長と何やら話している。
「失敗しちゃった?」
ニヤニヤ笑う女子の一人、確か……佐藤さんだったか。
が、詰め寄りながら俺を追い詰めるかのようにたずねてきた。
俺は教室のドアを後ろでに、出来るだけ身体を引きつつ、できるだけ男の威厳が保てるよう、
こう答えた。
「失敗も何も告白なんてしてないしな。それに好きな異性もいない! なんたって俺は漢だからな」
「じゃあ二人っきりで何はなしてたの?」
佐藤さんはすぐに切り返してくる。さすがに一筋縄ではいかないようだ。
「あ〜、それはだなぁ」
とりあえず俺は考え込むふりをしながら逃げ道を探す。
周囲は女子がいて逃げられそうにない。
と、いうかここで物理的に逃げるとか一番まずい気がする。
正直には答えられるわけ無いだろう。
命の危機を助けられたので、お礼を言ってました。なんてかなり嘘くさい。
といっても女子たちが納得するような言い訳なんてあるのだろうか。
佐藤さんを含む周りの女子たちが早く楽になっちゃいなよなんて迫ってきて、
いよいよ進退極まった時、救世主が現れた。
「そのくらいにしといてあげたら? 田島君はクリスさんに困ったことがあったら何でも言え、って言いたかったんだって。ね、クリスさん」
「はい」
委員長の言葉に頷くクリスさん。それでも周りの女子は引き下がろうとしない。
そんな女子達を、委員長は私が勝手に二人っきりにしたのが悪かったからなんて言って無理やりいさめると、
「じゃあね、ごめんね田島君」
なんて言って女子達を連れて帰っていってしまった。
……かなり苦しい感じだったがこれで上手く収まったのだろうか。
まあ、委員長にはお礼を言わなくてはいけないな、なんて思いながら俺も校門に向かい始めるのであった。
なかなか話が進みませんね、これでも頑張って構成しているので、温かい目で見守っていただけるとうれしいです。
長い4月8日ももうすぐ終わると思います。