社長令嬢の襲来
チャイムも鳴らず、終わったものから各自自由の授業。
個別に与えられた学習室は未だに明かりが点いているが、消えているのもある。
中学の時にどれだけ成績が良かったか。
授業態度は?生活面では?他者への礼儀は?そもそも社会常識は?
残念ながらこの学校ではそんなものは意味がない。
きっと今頃になって普通の高校に通えばよかったと後悔している生徒は数知れずい存在するだろう。
「おい見てみろよ」
「うえぇ!?もう〝秘書科〟の奴帰って来てんのかよ」
「早すぎてワロタ……でも、あいつこれから大変だろうな」
「あぁ、あんな場所で一人で飯食ってたら――――ほら見ろ、〝社長科〟が来たぞ」
二人の生徒の視線の先には一人の男子生徒がいた。
だらしなく着用したスーツに曲がったネクタイ、寝ぐせは直すことなく眠たそうにしながら、パンを咥えている。
だが、そんなだらしない男子生徒前には三人の女子生徒の姿があった。
「詰んだな……」
「優秀だからこその大変さだからな、俺たちには分からん」
◆
「少し、いいですか?」
「……ん」
菓子パンを頬張り、携帯を眺め生返事をする陽太。
返事をする前に空いていた席に座ったことは、適当な返事でお相子にしとこうと勝手に心の中で終わらせる。
「あなたって〝秘書科〟の方ですよね?」
「〝秘書科〟……?違いますけど」
「え、でもその制服……情報収集整理科の方ではないんですか?」
「あぁ……略称みたいな感じですか。そうですよ」
情報収集整理の仕事は常に会社に籠り、社長と同じ閲覧を出来る唯一の職。
だから秘書なんてもうなくなった役職の名前で呼ばれていたのかと、パンで汚れた指をお絞りでふき取りながら考えた。
「良かったです。では、改めてご紹介をしますね?まず私は三年の東堂百合花。経営科にて両親の会社を継ぐための勉強をしています」
「となると、東堂グループの総括。フランチャイズを促しているような会社の親玉が何の用事ですかね?」
大手企業『東堂グループ』
大体のコンビニは東堂グループに属しているし、コンビニ以外もスーパー、電化製品、加工食品。ありとあらゆるもの手をつけては成功を収めてきた。
「(この職専に寄付金を渡した企業の一つでもある超大手……)」
「簡潔に申します。私の会社に就職してくれませんか?」
「……となりの二人は?」
「左が会計科の玉練聡里、右が計画科の跡部真昼。どちらも私がスカウトした優秀な生徒ですよ」
「私が真昼、三年だ」
「私は君の一つ上の学年の聡里だよ。よろしくね」
「ふーん……」
テーブル席の四分の三を女で埋める圧迫感、それぞれ微妙に距離が近いのも引っかかるものがある。
取り込もうとしているのか、それとも利用しようとしているのか。
入学早々に企業に取り込まれそうになるなんて……
「(母さん、父さん……。随分と面倒な場所にいれてくれたぜ)」
「私もあと一年で卒業です。それまでに優秀な方をスカウトするのは当たり前のこと、もしかして何も知らないんですか?」
見る目はあるらしい。
「黙ってすみませんでした。少しだけ疑ってましたし、ちょっとメンドイなって」
「「「は?」」」
三人の美女は一気に表情を歪めた。
場の空気に言い例えられないような冷気が漂った。
「あ……」
数少ない友人に『余計なことは言うな』と言われたのは一昨日の話。
言ってしまった後ではもう遅い。
「まぁ、そんなところですね。わざわざ俺の座っているテーブルまで来てもらって悪いですが、俺ってそういう奴なんです。この職専に来たのも両親からのススメでしたし……」
情報収集整理科に入れば一生職に困ることはないと薦められた。入学した理由などただそれだけだった。
入ってみればナイスバディの先輩に部屋案内までされ、寮生活はある程度の自由があって、授業は終了した者から退室。
言ってみればいい場所だが……実はそうではなかったらしい。
実際、目の前にいる三人は違うようだ。
「ならなに?アンタ……まさか裏口とか?」
右側に陣取っている跡部真昼と紹介された人物が目を萎めながら、決して大声では言えないようなことを陽太に問いかける。
「いえ、普通に入ってきましたけど?」
「どうやって?職専の……しかも情報収集整理科の試験なんて、物凄く倍率高いし難しいって言うじゃない。今の発言をするような奴が試験を突破して入ったとは思えないんだけど?」
「そうですかね……、情報収集整理科の試験内容は簡単でしたよ?他の人とは違い様々なものを知らないといけないだけで、俺はもうすでに知っていた内容だっただけです」
「なら私から質問いいですか?」
「どうぞ」
「私は君の一個上なんだけどね。鳳って子は知ってるかな?」
「俺のこと部屋案内してくれた……」
あのバリ可愛い先輩のことはよく記憶に残っている。
今からでも入学初日まで戻って告白したいレベルで好みなタイプだから。
「私が今日ユリカ先輩についてきたのは、〝おとりん〟が君のことをよく話すからなんだよね。そこで質問なんだけどさ、いつも授業終わって帰ってくるのは何時くらいなの?」
「朝の八時前から始まって……それから――――四時間後……くらいですかね。だいたい」
「四時間ッ!?」
「はい、思った以上に簡単なので」
「おとりんでも二日かかるって言ってたよ?頭が痛くなるって」
「なんですかね……ゲームをやっているような感じで。面白いから出来ているというか、面白いかどうか分からないからやってみようって感じで毎日やってるといつの間にか終わってますね」
情報収集整理科のハードルは他の科からすると大分高いらしい。
常に大変と思われていることからそう思える。
経営科、会計科、計画科、それぞれではデータを扱う。だが情報収集整理科の目から見ればデータに使われているのだ。
つまりは、データに使われている人間はデータを使うことを大変だと思い込んでいるから、大変だと思うわけだ。
「は、はーい。私の質問はお終いです」
「私からは質問はありませんよ?事前にチェックするのは当然ですからね、島崎陽太くん」
「あぁ……今、俺も調べ終わりました。東堂百合花さん」
企業の、しかも社長の娘。そんな人物を目の前にしたことはない。
だからこそ疑って当然。観察して当然。相手が何をしようとしているのか理解することは当然だ。
「調べた……?何を――――」
「スマホで東堂グループについて調べました。それに貴方に関しても。だっておかしいじゃないですか、貴方が俺に話しかけること自体が」
「さっきからスマホイジってると思ったら……」
跡部真昼はまさに驚愕していた。
たった一つの電子機器で、全てが分かったような表情をしている陽太にだ。
それは玉練聡里も同様。いつもの作ったような柔らかい雰囲気は一変、警戒している猫のような雰囲気をだしいてる。
「な、何を調べたのかしら?」
「そうですねー……。逆にここで言ってもいいんですか?」
「…………今日はもう帰ります」
東堂百合花が席を立つと残りの二人もが立ち上がり、挨拶もなしに食堂から消えていく。
「……ふぅ――――良かった」
きっと今世紀最大の大嘘を吐いた。
いや、絶対にそうだ。
「しかし、お嬢さまは扱いが簡単だな……」