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神を捨てた夜

『では――こちらに』


 肩に触れると、エミリアは確りと頷いた。彼女の手を取り、エスコートするかの如く船内に戻る。

 俺の客室に入り、備え付けのランプを小さく灯した。仄暗い中、手を引いて、広くはないベッドに腰掛ける。覚悟を決めたとはいえ、彼女の細い指先は、まだ小さく震えていた。


『エミリア、十字架(クルス)は身に着けている?』


『え……ええ』


『外して。俺と来るなら、もう二度と身に着けないで欲しい』


『分かりました』


 首の後ろに手を伸ばすと、自ら金色の鎖を外した。サイドテーブルに置いたのを見届けてから、白い頬に触れる。一瞬、身を引きかけたが、彼女は目を閉じた。


『アルバート様』


『アルバート。もう敬語はいらない』


 逃さぬよう片手で肩を掴んで、額へ頬へと口づける。彼女の両手は、自分のドレスをギュッと握ったままだ。


『あの……アルバート』


『何?』


 瞼に鼻に耳に、唇を落としていく。どこも全て俺のものだと、印を刻むように。


『貴方……悪魔なの?』


『どうして』


 再び両の頬に触れる。唇に彼女の熱が伝わってくる。


『信仰を、捨てろって、それに十字架も』


 思わず口の端が歪む。


『ああ……。少し、苦手なんだ』


『それに……貴方の瞳、あか――』


 問い掛けた唇を塞ぐ。重ねたまま、そっとベッドに押し倒す。舌を押し込むと小さく呻いたが、それも最初だけで、すぐになされるがまま受け入れた。

 キスを深めながら、ドレスの胸をはだけさせ、押さえ込まれた膨らみを解放する。火照り出した肌を優しく撫で回し、固くなる先端に触れるとビクンと身体が跳ねた。

 唇から細い首に舌を這わせ――頸動脈に噛みつきたい衝動を抑えつつ、柔らかな胸に吸い付いた。乱れた吐息が熱を持ち、甘い声が溢れる。片手で腰を抱き上げ、シーツの隙間からドレスを引き下げる。白い裸体が剥き出しになると、反射的なのか、彼女の腕が俺の項辺りに絡み付いてきた。

 胸を舌先で愛撫したまま、下腹部から先に指を這わせ、内腿の間に滑らせる。触れる度、怯えたように反応していたが、しばらく弄り続けると、全身から力が抜けていった。甘美な刺激を十分に与えて潤わせてから、彼女の中にゆっくりと侵入する。「初めて」の抵抗感を堪能しつつ、大きく波打つ胸を揉みしだく。

 荒い呼吸に嬌声が加わるにつれ、涙目がトロリと溶けていく。動きに合わせて、か細い猫のような喘ぎ声が(あふ)れ――熱い波に飲まれた瞬間、ギュウッと俺の背を抱き締めた。


『エミリア』


 名を呼ぶと、エメラルドの涙がまなじりから(こぼ)れた。


『あ……アル……バート』


 潤んだ瞳の焦点が合うと、彼女は薔薇の花弁が広がるように、染めた頬を綻ばせた。両手で包み込んで、艶やかな唇を塞ぐ。たどたどしく触れてくる彼女の舌を優しくなぞっていると、繋がったままの身体が甘やかに俺を誘う。導かれるに任せて、再び快楽を求める営みに没頭した。


ー*ー*ー*ー


『貴方の赤い瞳……綺麗だわ』


 狭いベッドの中、半身を重ねるように並んで横たわる。伸ばした白い指先が仄かな朱に染まる様を、エミリアはうっとりと眺めている。

 俺の正体を知っても、彼女は怯えなかった。吸血族(ヴァンパイア)だと打ち明けた俺に、『私の血は要らないの?』と眉を潜めた程だ。

 むしろ恐れていたのは、俺の方だったのかも知れない。


『普段は抑えられるんだがね』


 まだ淡く光が残る瞳で苦笑いする。滅多にないことだが、理性が飛ぶくらい感情が昂ると、呼応して露になってしまう。


『貴女が魅力的なせいだ』


 目の前をちらつく細い手を捕らえ、指先に口づける。くすぐったそうに笑い声を上げたエミリアだったが、ふと真顔で俺の顔を覗き込んできた。


『アルバート、貴方は不老不死なんでしょう?』


『いや……俺は、純粋な吸血族(ヴァンパイア)ではないんでね。人間より長寿だが、老いるし、やがてはこの身体も滅ぶ』


 人間界に真しやかに広まる伝承では、吸血された人間は不老不死の仲間になるという。

 残念ながら、俺が吸血するのは糧を得る時だけだ。吸い尽くして命ごと戴くか、加減して支配することしか出来ない。仲間に加える力は、俺には無い。


『……どうした?』


 彼女の表情が沈む。重ねた半身をグイと起こすと、ベッドの上にペタンと座った。

 深刻そうな様子に、釣られて俺も起き上がる。


『お願いがあるの。貴方が要らなくなる前に、私を貴方の糧にして』


『エミリア?』


『貴方と同じ時を歩きたい。でも私は、先に醜く変わってしまう。貴方に嫌われ捨てられるなら、貴方の命の一部になりたい』


 真剣な眼差しが訴えかけてくる。胸の奥に、ポツリと熱い炎が灯された気がした。戸惑うより早く――眺める視界に、ほんのり朱色が差した。


 俺は、ベッドサイドに置いてあったトランクに手を伸ばす。貴重品を入れた木箱は、すぐに見つかった。


『エミリア。俺は、新天地で落ち着いたら、一族を作らなくてはならない。貴女にも多くの子どもを産んで欲しいが、他の女性にも産ませるつもりだ』


 「一族」として、永く根を下ろすには、1つの血筋では弱い。複数の血筋で人間社会に混じり合い、浸透する必要があるのだ。


『だが、伴侶は貴女だけだ。貴女しか愛さない。誓う神を持たないが――信じてくれるか』


 掌を開き、金色のリングを差し出した。

 見開いたエメラルドの瞳から、壊れたように涙が溢れ落ちていく。


『私達……大家族になるのね。素敵だわ』


 クシャクシャに笑いながら、涙が止まらない。

 彼女がもたげた左手を、確りと受け取る。薬指に大切なリングを嵌めると、彼女のためにしつらえたかの如く、ピタリと根元に収まった。このリングには宝石はない。代わりに、印章のようにイニシャルが彫られた、楕円形の台座が付いている。


『母の形見なんだ。いつか特別な女性(ひと)に渡そうと決めていた』


 人間の時間で、2世紀を超える時間を過ごしてきた。数多の女性と情を交わしたし、中には魅力的な女性もいた。それでも、伴侶に迎えたいと思う相手はいなかった。きっと、俺も指輪もエミリア(このひと)を待っていたのだろう。


『――アルバートっ』


 ギュウッと抱き付いてきた身体を、腕の中に閉じ込める。愛しいと感じた瞬間、瞳の光が抑えられなくなった。

 夜明けまで、まだ数時間ある。俺だけの存在に変わったエミリアと、改めて深く愛し合った。



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