表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

牲は新世界より(3)

 早いもので、6日が過ぎた。不可抗力でやって来たものの、タダ飯を食わせてもらう居候の身なれば――俺は食事当番を受け持っていた。


 館には、週に一度、腰の曲がった小男が訪れて、食糧や日用品などを売りに来るという。この男は魔物ではなく、正真正銘の人間だが、後ろ暗い品物も平気で流すらしい。闇ルートに通じているようで、金さえ積めば夜伽(よとぎ)男女(あいて)でも、呪術に使う赤子でも用意すると嘯いているそうだ。そういうヤバい調達屋は何処にでもいるものだ。


「だったら、苦労して鏡を使わなくても、奴に『穢れなき乙女』を頼めば良かったんじゃねぇの?」


 蒸した芋を潰し、微塵切りした玉ねぎとキャベツ、細かくカットしたベーコンを混ぜて、少量の岩塩と胡椒で味を整える。かまどでは、鉄のフライパンがジリジリ熱を帯びている。

 使い勝手は違えど、現代の調理器具の原形らしき道具が存在していることに驚いた。多少の不便は、毎日がキャンプと思えば、何てことはない。


「彼ね、便利な男ではあるけれど、油断ならないのよ。以前、思い切って金貨を弾んだのに――処女じゃなくてね。死体の処分に苦労させられて、散々だったわ」


 うんざりしたように首を振ると、ジャンヌは赤ワインをグラスに注いで、調理中の俺の元に持って来た。


「やっぱり、(いけにえ)は人に頼っちゃダメね」


 鏡に頼った結果が、俺だろうが――とは言わずに、グラスを受け取る。赤い液体に触れる前に、朱色の唇を塞いだ。彼女の頬一杯に薔薇が咲く。


「美しき魔女に」


 揺れる青い瞳に微笑んで、こちらからグラスを合わせる。毎夜就寝前の挨拶(・・)で慣らしているのに、未だ戸惑いを見せるから、つい翻弄したくなる。

 慌てたようにワインを含む彼女の隣で、クィッと中身を空けて、グラスを返した。そろそろ、フライパンがいい頃合いか。


「危ないから、座っててくれ」


 彼女をダイニングテーブルに戻すと、オリーブオイルをひと匙入れる。ジュッと小さく跳ねながら、美味そうな香りが立ち上る。木ベラで掬ったタネを、平たく楕円形に置き、表面がこんがりキツネ色になるまで焼く。祖父(じいさん)直伝のポテトステーキの出来上がりだ。


「美味しい……! いつもの食材なのに……あなた、天才?」


 初日の「魔法使い」より格は下がったが、彼女の素直な感動に口元が緩む。


「レスター家伝統の味だ。気に入ったなら、なによりだな」


 キャベツとソーセージのスープに、ライ麦パンを浸して食べる。決して豊かな食卓ではないが、テーブル越しのジャンヌの姿に、癒されている自分に驚く。

 元の時代にいた頃、食事なんて、単に人間社会に溶け込むための偽装行為(カムフラージュ)の一環でしかなかったのに。


「デビッド、あなた、余り食べないのね?」


 彼女の笑顔を肴にワインを嗜んでいると、不意に瞳を上げ、表情を曇らせた。


「まぁな……元々、血さえあれば、食わなくとも死なねぇからな」


「血が欲しい?」


「そりゃあ――って、おい、何考えてんだ」


 思い詰めたように刻まれた眉間の皺が、良からぬ考えに囚われていることを窺わせる。


「あたしの血で良かったら、いくらでもあげるけど、こんな穢れた血じゃ、ダメよね……」


 何で、そんなに悲しそうに自嘲する(わらう)んだよ。

 鋭い氷柱に胸を貫かれた感触だ。凶器は融けて消えたのに、痛みだけが冷たく広がっている。


「血を失えば、死ぬか服従するしかねぇんだぞ。俺は、あんたを支配するつもりはねぇよ」


 吸血には、生命の搾取と同時に、精神を蝕む作用がある。俺は、彼女とは対等な関係でいたい。


「どうして……あたしなんかに優しいの」


 青い蛇口から滴が溢れ出す。顔をクシャクシャにした彼女は、ごめんなさいと呟いて、席を立つ。

 咄嗟に動いた身体は――彼女を後ろから抱き締めていた。腕の中の肩が震えている。


「何故かな。魅了の魔法(チャーム)に掛かっちまったのかもな」


「そんなの、使ってな――」


 否定すべく振り向いた唇は、甘い孤独の味がした。長く深く重ねる程に、肌がしっとりと熱をもっていく。緊張に強張っていた身体も、徐々に力が抜けていった。

 抱き上げると、ギュッとしがみついてきたので、そのまま彼女のベッドに直行した。


ー*ー*ー*ー


 元の時代にいた頃、特定の相手は作らなかったが、相手に不自由することもなかった。この容貌のお陰で、夜の経験は少ない方ではないと自負している。


 そんなことを考えたのは、ジャンヌとの身体の相性が想像以上に良かったせいだ。

 男慣れしていない所作と反応が愛しくて、珍しく溺れるように一晩中抱いた。彼女は、満たされた微笑みを浮かべたまま、ぐったり深く眠っている。狭いベッドで密着する肌の感触が心地好く、俺もまた微睡みながら柔らかな乳房に触れ続けた。


「――う……んっ!」


 異変は、突然現れた。

 彼女は小さく呻いたかと思うと、ビクンと大きく痙攣し、カアッと肌が発熱した。額にうっすら汗が滲んでいるのに、瞼は固く閉じられたままだ。


「おい……ジャンヌ? どうした?!」


 肩を掴んで強く揺する。何度も名前を呼ぶと――。


「う――あぁ……っ!!」


 悲鳴に近い声を上げ、彼女はパッと目を覚ました。焦点の合わない虚ろな眼差しだが、俺は思わず息を飲んだ。


「ジャンヌ……」


 アイスブルーの瞳を越えて、眼球全体が濃い輝きを放っている。上気する肌、全身の内面から、波動のようなエネルギーの昂りが伝わってくる。


「は――ぁ、デビッド……あたし、魔力が……どうしてっ?」


 明日は下弦の月。本来なら魔力が消えるはずなのに、こんなタイミングで彼女の魔力はリミッターを振り切る程に高まっている。イレギュラーな力のうねりに、他ならぬ彼女自身が制御不能で苦しんでいる。


 ――俺が抱いたせいなのか?


 答えられないまま、彼女の身体を抱き締める。肌の下で、確かな(たぎ)りがのたうち回っている。


「……今なら、鏡を、動かせるかも、しれない」


 乱れた呼吸を整えるべく、深呼吸しながら、彼女は呟いた。


「だが、鏡に還す力はねぇんだろ?」


「『ヤヌス』っていうのは、本来は(ゲート)を司る神の名なのよ……試してみる価値、あると思うわ」


 ジャンヌの声に力が甦る。一縷(いちる)の望みがもたらされたことで、俺の気持ちも加速する。


「だったら、一緒に行こう。これから大陸中で魔女狩りが激化する。この地域でも、長い戦が始まるんだ」


 彼女が身を捩ったので、腕の力を緩める。眩しい程だった瞳の発光は落ち着いてきたものの、紅潮した肌は妖艶な色香を漂わせ、男を惑わす危険な魅力に満ちている。これこそ魔女の力を本領発揮した姿だろう。


「あなた――未来が見えるの?」


 息を飲んで見詰めていると、細い腕が伸びてきて、そっと俺の頬に触れた。指先が震えている。


「いや、歴史の事実だ。本物も偽物もなく、多くの女達が、『魔女』の名の元に捕らえられ、処刑される……」


 彼女は悲し気に瞳を伏せた。憂いを帯びた表情にさえ、背筋がゾクゾクする。甘美な衝動を抑えるように、俺は額にキスを落とした。


「もう、大丈夫。服を着ましょ」


 フワリと微笑むと、汗ばんだ身体が離れた。情事の後のシャワーが恋しかったが、生活水の乏しい中世で贅沢は言えまい。

 現代に還れたら、真っ先に彼女と泡風呂で戯れてやるさ――。


 ベッドの近くに散らばった服を集めながら、溜め息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ