表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある死志望者の日記  作者: 冬真 春
今に至るための過程
8/14

前書き 8

 会社から、空港までは一時間程かかる。


 相変わらず、車内で会話は無い。カーナビから、流れてくるテレビの映像と、たまに呟く課長の言葉ぐらいである。


 その呟きに、私は返事をしない。良い返しが思い付かなかったし、話が続く気がしなかった。


 空港に着いた。時間は19時。あと一時間で母親の乗った飛行機がこの空港に到着する。


 時間があるからと、到着ロビーに向かわずに、航空券の購入窓口に向かった。明日の朝、最初の飛行機で実家に戻るためだ。


 購入窓口で、明日の航空券を買いたい旨を伝えると、そこで良いことを聞いた。


 それは、搭乗する当日に搭乗したい飛行機の席が余っているとき、搭乗者が二十五歳以下であれば定価の半額で購入できるというものだった。


 という事で、明日そのチケットを買いにくることにした。


 そして、到着ロビーに向かう。


 近くの椅子に座って待つ。


 周りに意識を向けると、家族で楽しく話ながら誰かを待っている人たちや、靴の紐を結んでいて母親と少し離れてしまい、走って母親のもとに向かい娘を抱えている母親の反対の手を握る男の子、壁に背を預け、腕を組んで誰かを待っているサラリーマンの男性が目に入った。


 そうしていると、目的の便が到着したことがアナウンスされた。


 課長と一緒に、搭乗者が出てくるドアの近くに移動する。


 数分後、着替えが入っているだろうバックを肩にかけ、反対側の手で向こうの空港で買ったお土産が入っている袋を持っている母親の姿が目に入った。


 母親もこちらに気づいて、近づいてくる。


 そして、母親と課長はお互いに挨拶をして、母親は手に持っていたお土産が入った袋を課長に渡した。


 そして、色々としなければならない話があるので、と課長が言い、この場所を移動した。




 着いたのは近くの飲食店。その店の個室に三人で入る。


 四角いテーブルに向かい合わせに課長と母親が座り、母親の隣に自分が座った。


 そして、課長はこれまでの事を話し出した。


 朝、息子さんが会社に来なかったこと。それは、初めての事で何かあるんじゃないかと思い、連絡をしてみたが繋がらなかったこと。少しして、息子さんから連絡が来て、自殺しようとした、と伝えられたこと。すぐに、会いに行って、話をしたこと。メンタルカウンセラーとも話をしてもらって、自宅で療養してもらうことになったこと。その為にお母さんにここに来てもらったこと。


「息子さんは本気だったと思います」


 と課長がそういった。


 これからの事も話をした。


 実家で療養をして心療内科に受診してもらい、病気と判断されたら、その診断書を会社に送ってもらうことで、正式に休病という扱いになること。それまでは、残っている有給で対応すること。会社はいつでも息子さんが帰ってきても良いように対応しておく。ということ。


 課長が話し終わったあとも、母親が何か話しているときも、私は一言も声を出さなかった。


 そのまま、遅めの夕食を取り。


 近くのホテルに移動した。そこで課長と別れる。


「元気になって、また戻ってきてね。いつでも待っているから」


 課長はそういった。


 私と母親は感謝を伝えて、部屋に向かった。




 部屋に入ると荷物を端に置き、二つあるベットの片方に、体を投げた。色々と疲れたし、今は何もしたくなかった。


 遅れて母親が入ってくる。同じように荷物を端に置き、余った方のベットに腰を掛ける。


 部屋のなかに沈黙が走る。


 母親が口を開く。


「どうしてそんなことをしたの?」


 ……どうして、か。


 どうしてなんだろう、今は何も感じない。死にたいとも生きたいとも思わない。ただこうして動きたくない。柔らかいベットの上が何でも受け止めてくれることに心地よさを感じているのかもしれない。


 あのときわざわざ押し入れを開けて、包丁に手に取るまでに至った衝動も今はない。


 とりあえず動きたくない。


 どうせ自殺は出来ないのだ。


 だが生きる意味も見つけられない。


 これからの事を想像すると、やっぱり生きるために必要なお金を稼いで、ただ時間を費やして、気づいたら寿命や病気等で死んでいくことしか想像できない。


 人生をかけて成し得たいことも無い。


 だから、やっぱり死にたいと思う。


 それを伝えるにはどう言葉を発せれ良いのかわからない。


 そして、いま思ったことを全て口に出すのもめんどくさかった。


「わからない。あのときは死にたいと思ったけど、今はどうでもいい。なにもしたくない」

「そう」


 久しぶりに会った、家族の会話が短いやり取りで終わり。


 母親はユニットバスへ向かった。少しして、シャワーの音が聞こえてくる。


 私は目を瞑った。


 母親が出てきたら、自分もシャワーを浴びなければいけないと思ったがそれまでは目を瞑っていようと思った。


 そして、そのまま眠った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ