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とある死志望者の日記  作者: 冬真 春
今に至るための過程
3/14

前書き 3

「生きていてくれてよかった」


 その言葉を聞いても何も思わなかった。


 漫画とかでよく見る、死んでると思っていたら実は生きていて、主人公がピンチになったときに助けに来てくれるような展開だったら、胸アツというか、嬉しい気持ちになるのだけど、迷惑をかけている立場で、当事者になってしまうと、何も感じないんだなって思った。


 それよりも、その台詞がどうしてもウソっぽく聞こえてしまうのだから、どれだけ相手を信用できてないんだと、自分自身に問いかける。


 私はメールやSNS等の文章だけのやり取りは嫌いだ。それは、相手の表情や気持ちがわからないからである。同じ「大丈夫です」という言葉でも、その本質が拒絶なのか、同意なのか、許可なのか、というのがわからない。


 電話なら、声の感じでまだ分かりやすい。面と向かって話すなら、表情もあわせて分かりやすい。


 ここまで書いてみて思ったことは、つまるところ私は人付き合いが苦手らしい。


 そもそも、電話やその場での会話でも、隠せることは多いし、建て前と本音、お世辞というように、思ってもない事をいえる技術力は誰にでもあるのだ。


 結局、わからないことは聞くしかない。それで相手の事を知るしかないのだ。そうやってお互いにお互いを知り、理解するしかない。相手が考えている事を百パーセント理解することはできないし、自分が思っていることを言わなくても理解してくれるなんて幻想である。最初に示した、文章だけのやり取りでも、聞けばいいそれだけで解決する。


 結論としては、私には相手と会話する勇気がない。少しでも、相手に踏み込む勇気がない。

 ずっと、一人で生きてきた気がする。一人でも大抵なんとかなった。もしかすると、影で誰かに支えられてきたかもしれないが。

 解決策は簡単である。少しの勇気を持つだけ。

 それが出来ないから困っているのだが……


 話がそれてしまった。




 課長を部屋の中に招き入れる。


 部屋はかなりの頻度で掃除しているので、どこぞのキャラクターのように、「綺麗にするから待ってて」というようなことにはならない。


 カーペットの上に向かい合って座る。


 少しの間、沈黙が走る。


 状況を説明するために、こちらから話し始めないといけないのだが、やっぱり話し出す勇気が出ない。口は動かない。


 すると課長がポツリと話し出す。


「ずっと昔に似たようなことがあったんだよ」


 昔の話になるのだけど、別の部署で従業員が首を吊って死んだとのことだ。その人はいつも元気で、それこそ悩みがないような素振りで仕事に励んでいた。ある日、急に連絡がとれなくなって、その人が住んでいる家に入ると、首を吊っているその人が見つかったとのこと、そのときは、課長もその従業員の直属の上司で、色々と辛い思いしたとのこと。


 つまり、私に向けられた「生きていてくれてよかった」という言葉は本心だということが理解できた。


 でも、私はそんな事よりも、その従業員が羨ましいと思った。


 だって、死ねたんだよ。現状から逃れられたんだよ。羨ましいと思うしかない。


 そんな思いを顔に出すと、また迷惑をかけてしまうので、「……そうですか」と悲しそうに見える顔をして、返事をした。


 それから、課長に対して私の考えを浮き上がってきたままに言う。


 このまま生きてても何になるのかと、ただ死んでいくだけではないのかと。なら、今死んだ方がまだましじゃないか。なんのために生きていくのかと。何でみんなは生きてこれたのかと。


 まとめる能力もやる気もないので、ポツポツと言葉にした。


 帰ってきた返事は、


「考えたこともなかった。気づけば今になってた」


 と。


 やっぱり、すごいなって思った。


 でも、どうしようもないじゃないか。自分が何もやりたくないってだだをこねているのもわかってる。でもそれでも、何も出来ないんだから。


 でも、死ねなかった。自分の意思で死ねなかった。死ねないから、生きないといけない。生きるためにはお金がいる。そのために働かなきゃいけない。他にお金を得る方法を知らないし出来ない。そうやって生きていけば、いつか、何かが見つかるかもって思ってた。でも、二十年間生きてきて何も見つからなかった。何も思わなかった。だから死にたいと思った。


 そうやって終わらない思考が続いてく。


 結局、良くも悪くも勇気が足りない。

 自殺する勇気、他人に迷惑をかける勇気、自分から何かを始める勇気。流される事を選んできたつけが来た。



「今、ちょうど部署で、メンタル面談をやっているから、受けてみる?」


  課長は、思考を続けて沈黙していた私にそう問いかけた。


 メンタル面談というのは専門のカウンセラーが従業員の心理状態を診断して、心がいっぱいいっぱいの人がいないか探す面談である。私も明後日ぐらいに受ける予定だった。


「何も変わらないと思いますが、やらないよりやった方がいいと思うので受けたいです」


 そう答えた。


「わかった、順番を変えてもらえるか聞いてみる」


 そういって、課長はスマフォを持ってどこかに電話をかけた。


 数分後


「今日のメンタル面談の時間をずらして13時から受けられるようにしてもらった」

「わかりました」


 時計を見ると、時間は11時。


 あと二時間もある。いや、三十分前にはいた方がいいから一時間半か。


 どうやって時間を潰した方がいいかな、と考えていると


「お腹すいてない?俺はお腹すいてるんだよね。どこかに食べに行かない?」


 そう問いかけが来た。


 そういえば、起きてから何も食べてないなと思ったが、そんなにお腹は空いていなかった。


 でも、このままここで時間を潰すのも気まずいと思ったので、


「そうですね。起きてから何も食べてないので、何か食べたいです」


 と答えた。


「わかった。じゃあすぐに行こうか。着替えるよね。外で待ってるよ」


 そういって、課長は外に出ていった。


 立ち上がって、寝巻きを脱ぐ。クローゼットを開けて、いつも通勤時に着ている、カッターシャツにズボンにした。ネクタイは着けない。


 そして、いつもはコンタクトをつけているが、めんどくさいのと、仕事のために行く訳じゃないので、メガネをかけた。


 スマフォと財布をハンカチを取り、忘れ物はないかと、周り見る。ベットに起きっぱなしだった包丁を見つけたので、箱に収め、また押し入れに入れた。


 そして再度部屋を確認して、部屋を出た。外には課長が待っていた。


「準備できた?じゃあ行こうか」

「はい」


 たとえ、メンタル面談を受けても何も変わらないだろう。だってメンタル面談は本人を矯正するようなものではないから。ただ話を聞くだけ。


 これからも、今までとは変わらない。死ねないから生きていくだけの生活。


 これまでと変わったことは、自殺しようとした事実。何があってもこれだけは消えることのない事実。

 前回は自分以外誰も知らなかったから、知らない振りが出来たけれど今回は自分以外に知っている人がいるから、知らない振りは出来ない。


 生きているなら何度でも廻る感情。

 一度思ってしまったら、止めることはできない。

 上書きするような出来事もまだ無い。


 消える条件も、変わる勇気も無い。


 だから私は死を望む。


 だってそれが一番楽だから。

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