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とある死志望者の日記  作者: 冬真 春
今に至るための過程
2/14

前書き 2

 目が覚めると、部屋が明るかった。太陽の光がカーテンに当たって明るくなっていた。


 時間を知るために、スマフォを取ろうと左手を動かし、距離が足りないため、体を右に寝返りをうつ。


 すると、お腹に載っていた何がベットの上に落ちる。


 それが包丁であることに気づいて、びっくりする。動きは無いが。


 包丁を無視して、スマフォを取る。

 時間を見ると、午前九時だった。


 出社時間を過ぎているので、入社して初めての遅刻である。……いや、行く気が無いので初めての無断欠席である。


 スマホの画面の中央、時間表示の下に、電話機のマークが3つあった。恐らく上司からの、電話であろう。


 これから事情説明をしないといけないのがめんどくさい。


 改めて、自殺できなかった事を後悔した。


 このまま無視して逃げることも可能だけれど、失踪した後の事を考えると、警察を通して会社自体に大きな迷惑がかかってしまうと思い、実行できなかった。


 

 第一、寮に住んでいるので既に寮の管理者に連絡がきているはずだ。

 なにしろ初無断欠席なのである。今まで一度も休んだことの無い人が急に無断欠席したら、知る人は誰でもおかしいと感じるだろう。


 結局、自殺をする事、逃げることを諦めて、上司に連絡をする事を選んだ。


 上司の連絡先を表示して、電話をかける。


 1コールですぐに上司が出た。


 どれだけ心配してくれていたのだと思った。

 もしかしたら、たまたま手元にあっただけかもしれないが。


「おはよう。よく眠れた?」


 と、上司が聞いてくる。


 その台詞はよく知っていた。


 同じ部署に、よく遅刻してくる人がいた。その人は、起きたらすぐに上司に電話をかける。そのときの第一声は必ずそう言うのだ。


 他の人たちもそのやり取りを聞いて、相変わらずだな、と目配せをして、職場の空気が少し緩くなっていた記憶がある。


「おはようございます。よく眠れました」


 と、ただ寝坊した風を装おって返事をする。


「どしたの?珍しいね」


 こちらの状況を知らない上司は、明るい声で聞いてくる。


「私も珍しいと思いました」


 自殺しようとしたんですよ。という一言が言えず。別の言葉に逃げてしまった。


 電話越しに、上司の微笑が聞こえてくる。


「えっとですね。……あの、えっと」


 その単語がうまく声に出せない。事実を伝えるだけなのに。心配をかけたくないのか、失望されたくないのかわからない。


 ただ、言葉に出せない。


 上司は言葉を待っていてくれている。


「……自殺しようとしました」


 やっとの思いで言葉に出来たが、少し早口になってしまった。


「え?」

「自殺しようとしましたが、できませんでした」


 聞こえてなかったのか、想定外の言葉だったから驚いたのか、そう返事した上司にもう一度同じ事を言った。今度は、落ち着いて言えた。


「そうなのかー」

「はい」


 上司は明るく言葉を放った。軽いなと思ったが、今思えば、職場に影響を与えないようにしていたのかもしれない。


「ちょっと上司に変わっていい?それとも、俺と話した方がいい?」


 そう聞いてきた。


 少し考えたが、上の職制の方がいいと思い、


「変わってもらえますか?」


 と、返事をした。


「わかった」


 その一言が聞こえたあと、上司が動くのがスマフォ越しに聞こえてきた音でわかった。


 内容は聞こえないが何かを話している音、歩く音、扉が開く音、閉じる音。


 上司が、上司の上司=課長に事情を説明して、空き部屋に移動したことがわかった。


「もしもし」


 課長の声がスマフォから聞こえた。


「もしもし」

「今はもう、大丈夫?」


 課長の気を使うような声が聞こえる。


「今の所、死ぬ気はありません。というより自殺できませんでした」


 と、ベットの上にある包丁に視線を向けて返事をする。


「そうか」


 課長の短い返事が聞こえた。


「それからなんだけど、今から会いに行っていい?」

「大丈夫です」


 課長の問いに、これがかわいい彼女とかだったら嬉しいのにな、と実際は嬉しいと思わないのにそう思って、返事をした。


「わかった。すぐに向かいます」


 と、言ってから、上司に電話が変わった。


「課長がそっちに着くまでなにか話す?」


 と、上司が聞いてきた。


 その提案に乗り、色んな他愛のない話をした。


 美味しいものは先から食べるか、後から食べるか?休憩中のテーブルにおいてあるお菓子、最後の一個になると取りにくいよね。流れ星が流れてる間に願い事三回言うの難しいよね。飴は噛み砕くのか舐めて食べるか。など


 色んなどうでも良い話をした。


 自殺や死を連想させるような会話に一度もならなかった。

 上司はイイ人だな、と改めて思った。


 課長から、着いたと連絡がきたので、通話が終わった。


 久しぶりに人と長時間通話をしたと思った。


 ドアが、三回ノックされた。


 ドアを開けると、スーツを右手に抱えた、カッターシャツ姿の課長がいた。


 課長は私の姿をみて、


「生きていてくれてよかった」


 そう言った。

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