6話
「沙弥。」
なんと言っていいのか分からず、とりあえず名前を呼ぶ。
「お兄ちゃん?」
沙弥が驚いて目が点になっている。しかし驚くことに無理はない。なぜなら俺が帰省することはめったにないからだ。
「会いに来た。」
沙弥の脳内に?が数えられない程浮かんでいるのが伝わってくる。
「どうしてここが分かったの?」
「匠海に聞いた。」
沙弥は匠海の名前を聞いてハッとしている。
匠海と沙弥が連絡を取り合っていることは知っている。
それと、沙弥が悩み相談をしていたことも匠海から聞いている。
「大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃないだろ。」
ケロッとしている沙弥を不思議に思った。
重い病気を患っているようには到底思えなかった。よく分からなくて頭の中が散乱した部屋状態。
「大丈夫じゃないね。勉強が分からないから。数学の証明、教えてよ。」
元気で少し安心した。
しかし、迷惑をかけないためにウソをついている、と思った。
「定理と定義覚えてる?」
「分かんない。」
少々あきれたが、元気そうで何よりだ。
面会時間終了直前まで沙弥の隣にいた。勉強したり、lemonについて話したり。
久しぶりの二人きりの時間が楽しすぎた。
年に二度しか沙弥に会うことが出来ていなかったこれまでとは対照的に、これからは毎日のようにあうことが出来る。
嬉しくてたまらなかった。
「あと何回会えるかな?」
俺がlemonが脱退したことを知るよしもない沙弥の吐いた言葉が重すぎた。
沙弥は重い心臓の病気。
心臓の移植をしないと生きていくことができない。ドナーが見つからなければ、もちろん生きていくことは不可能だ。中学生にもなればそれくらい当たり前のように分かる。
「たくさん会える。ずっと一緒にいられる。」
「勝手なことを言わないでよ。」
沙弥に初めて反抗された。
これまで反抗されたことはなかった。
初めてのことすぎて怖い。
「今日は帰って。」
悲しかった。
俺のしていることは間違いだったのかと思った。
とりあえず親戚の家へ帰ることにした。