35話
ライブが終わった。
俺にとって今回のライブは新たな人生のスタートラインと言えるだろう。
どんなことがあってもlemonの5人で乗り越えるということをみんなの前で誓った。
嫌なことから逃げてしまう性格の俺は、これまでの人生の中で数えきれないほどのことから逃げてきた。
これから逃げないためにもそれくらいの覚悟が必要だった。
『お兄ちゃん。お疲れ様。』
いろいろ考えていると、背後から沙弥の声がした。
そこには車椅子を押している匠海の姿もあった。
「沙弥ちゃんが光輝と話したいみたいだよ。」
匠海が沙弥の車椅子を押して傍までくる。
俺は匠海に「ありがとう」と言った。
去っていく匠海の背中が俺にはやけに誇らしく見えた。
近くの椅子に俺は腰を掛けた。
沙弥は車いすから下りて、椅子まで歩いた。
以前よりも歩くスピードが速くなっていた。
「沙弥、ごめんね。傍にいれなくて。」
『気にしないでよ!沙弥、お兄ちゃんと話していられるだけで嬉しいんだよ。』
沙弥が明るそうで何よりだ。
数か月前に、このような笑顔はなかった。
偽りのない本心。
偽りのない笑顔。
ただただ嬉しかった。
『お兄ちゃんとずっと一緒に居たいな。』
そういって、沙弥が肩に寄りかかってきた。
くすぐったいけれど、全く嫌ではなかった。
沙弥が俺に甘えてくれていると思うと、逆に嬉しかった。
「沙弥、一緒に暮らさないか?」
『えっ。でも通院があるんだよ。』
俺は焦った。
俺自身言うつもりは全くなかった。
沙弥もびっくりしたのだろう。開いた口が塞がっていない。
しばらくの間、沈黙が続く。
無音の空間。
『お兄ちゃんと暮らしたい。病院なら転院すればいいよね。』
沈黙を破ったのは沙弥だった。
『葵さんから聞いたの。葵ちゃん、東京で働くんだって。』
確かに葵さんは東京で働くことにしたらしいが、それとどこが関係あるのだろう。
少し不思議に思った。
『葵ちゃんが近くにいるほうが安心だから。それに、おばちゃんにも迷惑かけられないから。』
沙弥の思いに涙がこぼれた。
沙弥がそんなことを考えていたなんて思ってもいなかった。
「一緒に通院しようね。もう一人で辛い思いはさせないから。」
沙弥を守ることを決心した。
『じゃあ葵ちゃんも心配するから帰るね。』
「おう。送っていくよ。」
俺は沙弥の車椅子を押した。
俺自身、清々しい思い気持ちになった。




