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本当の居場所  作者: 佐野はる
第2の人生
29/36

29話

10月12日


俺がlemonに戻って2か月が経過していた。

lemonは一週間後にライブを控え、大忙しだった。


しかし俺は沙弥の入院している病院の廊下を歩いていた。

事務所の方が沙弥に会いに帰っても良いと許可してくれたのだ。


沙弥はリハビリテーション科に入院し、毎日リハビリと闘っている。

だが、沙弥がリハビリテーション科に入院してから全く会いに行けてない。

lemonに戻ったことも沙弥に言わないようにしている。

そのため沙弥には東京の保険会社で働いている、と言っている。


『お兄?光輝お兄?』


不意に背後から声をかけられた。

沙弥は最近になって俺のことをたまに『お兄』と呼ぶようになっていた。

俺のことを『お兄ちゃん呼び』もするため、たまによく分からないときがある。

俺は沙弥の声を聴くことができ、嬉しくて沙弥のもとへ駆け寄る。

どうやらリハビリの帰りだったらしい。

優しそうな男性が沙弥の車椅子を押していた。

その人は俺に『失礼します』と笑顔で言うと来た道を歩き、戻っていった。



『仕事大変?』


「まぁね。俺の働いている保険会社、忙しくてあまり休みがとれない。」


『甘く考えてたんでしょ。』


沙弥の口調がお母さんのような優しい口調。

沙弥が笑っている。

これは作り笑顔ではない。

心の底から笑っているに違いない。


久しぶりの兄妹の会話。

俺は沙弥の車椅子を押して病室へ行く。

沙弥の病室の棚の上には俺とのツーショットや匠海とのスリーショット写真が飾ってあった。


『ねぇ。ここから自力で歩く。』


ベットまで10歩のところで沙弥が車椅子を下りる。

俺はもしものために傍にいて、いつ、何があってもいいように備えた。



一歩。

そして一歩。

ゆっくりではあったが着実に進んでいる。

しかも一度たりとも俺には頼らずだ。


それを見て俺は感動してしまっていた。

普通の人から見れば『歩く』ということは当たり前のことであろう。

俺も最近までは当たり前だと思っていた。

歩くためにリハビリをしていることもバカバカしいことだと思われるかもしれない。

そして俺が感動して泣いていることだって。


そんなこと今の俺には関係ない。

人の目なんて気にならない。

ただ沙弥が笑っていてくれればそれだけで嬉しい。

いつしか人の幸せを自分の幸せと思えるようになっていた。


「今日は渡したいものがあるんだ。沙弥が喜んでくれるかはわからないけどね。」


『沙弥は何でも喜ぶよー!』


俺は持ってきた今度のlemonのライブのチケットを沙弥に手渡した。

沙弥の病気が治ったらライブに連れていくということを以前、約束していたのだ。

だからこれは沙弥へのお祝い。


沙弥の傍に居なければならないときに俺はいてやれなかった。

リハビリが第2の試練だということももちろん分かっている。

にもかかわらず何もできなかった。

今も。


そんな俺にはこれしかできることがない。

情けない俺は認めざるを得なかった。


『これもらっていいの?』


沙弥がこれまでにないくらい、目を輝かせている。

なんせ沙弥は一度もライブに行ったことがないのだから。


「約束してただろ。だから受け取ってほしいんだ。」


『ありがとう。』


沙弥が喜んでくれている。

なにもできない情けない俺でも嬉しかった。


「でも、その日、どうしても大事な商談で行けないんだ。だから葵さんと行ってほしい。』


沙弥は少し残念そうだったが、それでも笑顔だった。


『大丈夫だよ。お仕事頑張ってね。』





沙弥にはまだ言わない。

ライブの日に俺はステージの上に立つ。

そこで発表するつもりだ。

自分勝手かもしれないけれど、今は言いたくない。




それは俺の、俺なりの決心だった



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