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逃亡者  作者: れもん
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さよならエブリデイ


ふと目が覚めた。

なんで寝ていたのかもわからない。


馴染みのあるうす茶けた天井。俺の家だ。

まず違和感を覚えたのは嗅覚だった。


なんだこの鼻をつくような匂いは。

まるで何か生臭いものがあるかのようなこの匂いは。


次は触覚だ。

右腕が何かで濡れている。温かみのある何か液体。


そして視覚。

重く、閉じた瞼を開く。


すぐに違和感に気付いた。


俺の右手は真っ赤に染めあがっていた。


「あ……あ…」


言葉にならない声が出る。

思わず立ち上がる。

真っ赤に染まった手を凝視しながらよろめいていると何かにつまづいた。


母親だった。

正確には母親だった肉塊。足元に無造作に、血まみれで転がっていた。


母親は潰れたトマトみたいにぐしょぐしょで、血まみれだった。


「母さん!母さん!」


どこだ。

ここはどこだ。

俺の家だ。

母さんがなぜこんな血を。

殺された。

誰に。誰にだ。


思考がまとまらない。


ただ、これからケチャップソースにされてしまう、潰れたトマトのような母親の肉会だけが視界の中心で揺れている。


ウーーーーーーーーー!


聞き馴染みはあるが、まさか自分が関わるとは思ってもいなかった音。

パトカーの音だ。

警察?誰が通報したんだ?


サイレンの音はぐんぐんとこちらに近づいてくる。


まずい。

一瞬体がこわばる。


この状況で真っ先に疑われるのは他でもない。

俺だ。


逃げよう。

玄関はまずい。

通報した人間が見ている可能性が高い。

ベランダだ。

俺は何も考えずにベランダに走った。


ベランダのカーテンを開け、近くに誰も見ていないことを確認し飛び降りる。ドンっという鈍い音と共に着地。周りには誰もいない。うまくいった。部屋の裏は人通りも少なく、今夜は暗い夜であるから誰も見てはいないだろう。


早く離れないと。

考える間もなく、俺は走り出していた。


待て。

この血の付いた腕と足は目立つ。


すぐに近くの公園で血を洗い流す。


冷たい水は目を覚ますのには最適だった。血で染まった俺の腕に小さな切り傷を見つけた。まだ新しい。水は、いつ出来たのかもわからない小さな傷によくしみた。


少し走るとネオンが揺れる繁華街に出た。


駅前のロータリにはナンパ待ちの太い足を出した女たちと、間の抜けたような青年、サラリーマン風の男、高校生らしきもの、様々な人間がいた。

彼らがコートを羽織っているのを見て、自分がパーカー姿のまま家を飛び出してしまったことに気づいた。

吐き出す息は白く、手は冷たくてかじかんでいる。


こんな人の多いところにいいて大丈夫なのか。

逃げてよかったのか。

犯人はあえて俺を殺さなかったのか。

犯人は俺があの部屋に来る前に逃げたのか。


前後の記憶がうつろでぼやけている。


あのままでは俺が犯人にされてしまっていた。

でも……


突発的に逃げたものの、少しの後悔が押し寄せる。

悪いことはしていないんだ。一度戻って警察に事情を話せば……


「おい!何してんだヒカル?」


聞きなれたよく通る声。

ロータリーの人混みから見知った顔が出てくる。冬にしては薄着。すらっとしたハンサムな色白の男。肩まで伸びた茶色の髪が白によく映える。

いつも行動を共にしているタクヤだ。


知っている人間に会えたからか、タクヤが俺の相棒だからか、少し、ほんの少しだけ、ホッとすることができた。


「き、き、聞いてくれ!あ、あ、」


うまく言葉が出ない。

舌が回らない。

早く。早く伝えないと。


焦れば焦るほど言葉は出ない。


「落ち着けよ。大丈夫だ。焦らなくていい。ゆっくりでいい。しどろもどろでもいい。俺にはお前の意図は伝わる。そうだろ相棒」


「ああ……センキュな」


俺は何度も噛みながら、タクヤに一連の出来事を伝えた。

母親が死んでいたこと。

思わず逃げてしまったこと。

警察が来ていたこと。

犯人にはめられたかもしれないこと。

前後の記憶が曖昧であること。

順番もめちゃくちゃだったが、タクヤは黙って頷きながら聞いてくれた。


「現場に戻るのは良くない気がするな」


俺の話を聞き終え、十分理解したタクヤははっきりそう言った。


「どうしてだよ?」


「2つ推論を立ててみた。1つは、お前が家にいない間に母親は殺され、お前は家に帰って母親の死体を見て気を失った。2つ目は、お前と母親が両方いる際に、犯人はやってきて、お前は気絶させられ母親だけが殺された。このどちらかが現実的なところだろ。お前の前後の記憶があればもっとはっきりするんだがな」


頭を抱え込むが、やはり記憶は曖昧なままだ。


「悪い。思い出せないんだ。なんでだろうな……クッソ。」


「人間ってのは嫌なことやトラウマになるようなことは忘れるようにできてるんだ。そうでないと心が壊れてしまうからな。だから時期に思い出すさ」


俺は軽く頷いたものの、本当に思い出せるのか、一抹の不安を抱えていた。


「問題はお前の腕にはびっしりと血がついてしまったことだ」


「いや、でも公園で洗い流したんだ。ほら。見てくれよ。血はついてないだろう?これなら大丈夫だ」


俺は血の落ちた腕をタクヤの方に突き出す。


「見た目には見えなくても血液反応は出る。調べられたら一発だ。お前ははめられた可能性が高い。そうなると犯人は他にもお前が犯人となるような証拠を現場に残していると考えるのが妥当だ。もしそうでなく、お前がたまたま殺害直後に帰ってきてしまっただけってんなら証拠は出てこないし、後から戻っても強く疑われることはない。」


「でももし、逃げてしまったら疑いが強まるんじゃ!?」


「警察がロクに捜査もする前にお前が容疑者として浮上しちまったら、とんとん拍子でお前が逮捕されて捜査が終わっちまう可能性もある。何よりお前は1度逃げてしまってるんだよ。もう遅い。逃げたほうが賢明だ」


「嘘だろ……そんなのいつまで逃げればいいんだよ?」


俺がうなだれていると、タクヤはぽちぽちと携帯をいじり出した。

何事かと覗き込もうとすると、画面をタクヤから俺に見せてくる。


「もう逃げるしかないみたいだな」


タクヤが見ていたのは速報でニュースを出すサイトだった。

『母殺しか?』という見出しのタイトルの記事。


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『母殺しか?』

〇〇市の山口ミドリさんの死体が血まみれの状態で発見された。発見地は自宅のマンションで、警察は現在消息不明の息子の行方を探る方針だ。

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短い記事だったが、間違いなく自分が関わっている事件に関する記事だった。このサイトは情報が早いことでも有名だがガセが多いことでも有名、どこまで信用できるかはわからない。


もう逃げるしかない。

それでも俺はそう思った。


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