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リオ P8

 11月12日 (日)


 タクシーの中、朝霧の手を握ってしまった。

 しかも指を絡めるようにカップル繋ぎで。


 ヤバイ、何がヤバイって俺の全部が。

 朝霧の手柔らかい……弱弱しく俺の手をニギニギしてくる所が何とも可愛い。

 タクシーの運転手さえ居なければ、抱きしめてしまいそうだ。

 今朝の事もあるし……と俺の肩で眠っている朝霧の唇を見つめる。


 二人きりの教室で、俺と朝霧はキスをしようとした。

 いくら鈍感な俺でも分かった。


 ぁ、朝霧……キスしたがってる、と。


 あれだけ真剣な目で見つめられ、顔を寄せられたのだ。

 男なら下心無い奴でも八割方気づくだろう。

 当然俺には下心はある。朝霧とキスは勿論……もっとベタベタしたい。

 今みたいにずっと手を繋いで、街中を練り歩きたい。


 そして……俺の可愛い彼女を周りに見せつけたい。


 朝霧を……俺の……俺だけの彼女に……


「兄さん、着いたよ」


 その時、タクシーの運ちゃんから声が掛かる。

 おおぅ、と我に返り、眠っている朝霧の肩を軽く揺する。


「朝霧、朝霧……家、着いたぞ……」


「……んぅ……も、もう唐揚げは嫌……ハンバーグがいい……」


 ダメだ、とても羨ましい夢を見ていらっしゃる。

 この食いしん坊めっ。


「ぁ、金はもう貰ってるから。頑張れよ、少年」


「ど、どうも……」


 そのまま朝霧の首に妹の手編みマフラーを巻き付け、更に俺のコートも被せつつ、タクシーの座席から背中へとおぶる。


 うっ……手に朝霧の太ももの感触が……いかん、手汗が止まらん。


「んっ……」


 そして耳元に朝霧の甘い吐息が……ってー! 甘い吐息ってなんだ!

 あのロミジュリの本のせいだ。もう、事ある毎にジュリエットと……いちゃついてるからな、ロミオ。

 その度に出てくるのだ。ジュリエットの熱い吐息やら甘い吐息やら悩ましげな吐息やらが。


 まあ、しかし今なら分からんでもない。

 この耳元に吹きかけられる朝霧の吐息は……結構満更でも……


 あかん、俺……昇るべき大人の階段を間違えてないよな?

 ちょっと特殊な方の階段を上ってないよな?


 ま、まあそれはさておき、早く朝霧を家の中に入れてやらねば。



 朝霧の家は一言で言えば可愛い家だった。

 洋風の一軒家など珍しくもないが、朝霧の家はなんだかイメージ的にはお菓子の家だ。

 そこまで派手では無いが、イメージ的には……だ。


 玄関先でインターホンを押す。

 家の人は居るだろうか。もし誰も居ないのであれば、朝霧の荷物を探って鍵を探すしか……


『はい、朝霧です』


 その時、インターホンから渋い声が響き渡った。

 こ、この声……もしかして、父親……朝霧のお父様?


「ぁ、えっと……すみません、俺、朝霧さんと同じ高校の生徒ですが……実は……」


 軽く今の状況を説明すると、ガチャ、と鍵が開く音が。

 そのまま中からゴツい男が出て来る。そういえば……千尋が言ってたな。朝霧の父親は警察官だと。


「どうぞ」


「えっ、ぁ、はい……すいません……」


 ヘコヘコと頭を下げながら家の中に入る。

 おおぅ、家の中も可愛い。いきなりデカいウサギのぬいぐるみが出迎えてくれる。


「上がってくれ。今家内を呼び戻すから」


「ぁ、はい……」


 朝霧を玄関に降ろし、靴を脱がせつつ俺も靴を脱ぐ。

 再び朝霧をおぶり、とりあえずリビングらしき所へ。

 もう奥さんの趣味なのだろうか、ウサギやら猫やら……シルバ○アファミリーのような置物が所せましと並べられていた。


「悪いな。とりあえず隣りの和室に布団を敷いたから。そこに寝かせてやってくれ」


 リビングの光景に驚かされている所に、後ろから渋い声で話しかけられ心臓が止まりそうになる。

 コクコク頷きつつ、隣りの和室へ。そこは打って変わって何も無かった。しいて言うならば仏壇くらいか。

 そして畳の香りが凄い。我が家には和室が無いから、なんだか爺さんの家を思い出す。


 朝霧を布団へと寝かせ、毛布と掛布団を掛けると親父さんから手招きされた。

 むむ、リビングに来いと? 言われた通り和室からリビングに移動すると、どうやら親父さんは奥さん、つまり朝霧のお母さんと電話で話している様だった。


「あぁ、風邪で倒れたようだ。クラスメイトの子が連れ帰ってきてくれて……いや、瑠衣ちゃんじゃない。君、名前は?」


 突如として名前を聞かれ、おおぅ、とビビりながらも答える。


「葉月リオ君か、良い名前だな。ん? あぁ、そうだ、男の子……って、おい、もしもし?」


 むむ、いきなり電話が切れたんだろうか。舌打ちしながらお父様は俺へと振り返る。

 そのまま深々と頭を下げてきた。


「葉月君、娘をありがとう。お礼と言ってはなんだが……お昼食べて行かないか?」


「え? いや、それは申し訳ないんで……」


 断ろうとしたその時、和室から何やら俺を呼ぶ声が。

「リオ君、リオ君」と。


 ヤバい、これは不味い。

 お父様に殺されてしまう。娘に手を出す奴は皆殺しにする! とか言って……


「葉月君、君への事情聴取は後にしよう。今は娘を頼む。俺は昼食の支度をしているから」


「へ? じ、事情聴取って……」


 そのままダイニングへと行ってしまうお父様。

 事情聴取って……あれか、もしかして昼はカツ丼か。

 狭くて暗い部屋で怒鳴られるんだろうか、と一人怯える俺。


「リオ君……」


 と、朝霧の声で我に返り再び和室へ。

 朝霧が目を覚まし、子供のように俺に手を伸ばしていた。


「大丈夫か? ここ、朝霧の家だぞ」


「うん……」


 当然のように手を取り、布団の中へと戻させる。


「手……握ってて……」


「え? あ、あぁ……」


 や、ヤバイ……何か俺、とてつもなく深刻な犯罪を犯しているのではないかと思えて来る。

 何せ警察官の娘の手を、布団の中で握っているのだ。

 こんなところを見られた日には……問答無用で手錠を掛けられるかもしれない。


「リオ君……ごめんね……迷惑かけちゃって……」


「全然……そんな事ないぞ。藤崎にも言われたしな。朝霧が寝るまで監視しててくれって……」


 朝霧が俺の手を弱弱しく握り返してくる。

 手汗が凄い。朝霧に気持ち悪いとか思われていないだろうか。


「麻耶……って……呼んで……」


「……ん?」


「私の名前……麻耶だから……麻耶って呼んで……」


 ぅ、そういえば……いつのまにか朝霧は俺の事を名前で呼んでいる。

 しかしこのタイミングでか。お父様が近くに居ない事を確認しつつ、そっと朝霧の名前を口にする。


「麻耶……」


 ぐぁぁ! やばい! これはアカン!

 女子を下の名前で呼ぶなんて……俺の人生の中では妹しか経験が無い。

 やばい、名前を呼んだだけなのに……なんだ、この体の熱は。


「リオ君……」


「……どうした?」


 そのまま目を伏せ、寝息を立てはじめる朝霧。

 そっとオデコに手を乗せる。当然ながら熱い。ここにFDWが居れば……ナノマシンを操作して解熱する事も出来る筈なのに。いや、むやみやたらと熱を下げるとダメなのか? と考えていると、何やらドタドタと足音が。


「あらあらあら……麻耶ちゃんったら……こんな可愛いボーイフレンド連れてきてーっ」


 突如として和室へと現れた女性。

 ん? なんか……朝霧を少し大きくしたような……もしかしてお姉さん?


「ごめんなさいね、娘がお世話になりましたーっ。麻耶の母ですーっ」


 ……あ? 母親?


 ま、マジか。めちゃくちゃ若く見える。女子大生くらいに……。


「うふふ、手繋いで貰っちゃって……いつのまにこんな素敵な子見つけたのかしらねー」


「え? ぁ、いやっ」


 やばぃ、と手を離そうとするが……眠っているのにも関わらず俺の手を離してくれない朝霧……いや、麻耶。


「熱は……あらー、結構あるわね」


 するとお母様は腕を捲り、そこから何かのケーブルのような物を……って、この人……FDW?

 いや、そんな馬鹿な。FDWが子供を作れるワケ……


「ぁ、ごめんね。ちょっと麻耶ちゃんの手……出してくれる?」


「は、はい」


 麻耶とガッチリカップル繋ぎしている手を布団から出す。

 それを見たお母様はニヤニヤが止まらない。


「うふふのふ。良いわね、若いって……じゃあ、はいこれ。麻耶の中指に挟んで」


 お母様の腕から出ているケーブルを受け取ると、先端が洗濯バサミのようになっていた。

 それを麻耶の中指へと。


「ごめんね、驚かせちゃって……私、この子を産んでから派手に事故っちゃって……体の半分は義体なの。だからついでにナノマシン管理できるようにしてもらったってワケ」


 な、なんだと。

 サイボーグという奴か。初めて見た……。

 見た目が若く見えるのもその為か。


「ふむふむ。疲れが溜まってたのかな? 麻耶ちゃん大丈夫だからねー……」


 お母様はオデコに手を当てつつ、ナノマシンを操作していく。

 実際何をしているのかは分からないが、麻耶の顔色がだんだんと落ち着いてくるのが分かった。


「よし、あとは安静に……っと。葉月君だっけ? ごめんねー、ちょっとこの子着替えさせるから……」


「ぁ、は、はいっ」


 そっと麻耶の手を離し、布団の中へと。

 そのままリビングへと行き、扉を閉めた。


 ふぅ……なんか焦った。

 良くわからんが焦った。

 まさか麻耶の母親があんな……可愛い人だったとは。


 やばぃ、麻耶も成長したら……あんなお姉さんタイプに……。


「葉月君。ちょっといいかな」


 その時、俺を呼ぶ声が。

 麻耶のお父様だ。もしかして始まるのか、事情聴取が。


 お父様に呼ばれてダイニングへ。

 するとそこには、妙に張り切ってしまったのか、テーブルに様々な料理が所せましと並んでいた。


 な、なんだこの料理の数は……この短時間で全て作ったのか?!


「座ってくれ。まあ、お礼だ。食べてくれ」


「ぁ、は、はい……すみません、頂きます……」


 椅子へと座り、手を合わせる。

 そのまま箸を取り、全部で十品はあるであろうオカズの中から唐揚げを一個取り皿へ。


 なにやら凄まじく美味しそうな香がする。

 目に見えてジューシーな肉汁が……。


「い、いただきます……」


 再び言いつつ、一口齧る。


 外はカリカリの衣、中はフワフワの鶏肉、そして……口内に広がる肉汁。

 少しピリ辛な味付けが食欲を誘う。


 ……ヤバイ、このお父さん、家の妹よりも料理美味いかもしれん。



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