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リオ P5

 11月 11日 (土)


 手の平に彼女の手が乗っている。

 柔らかい手。ケーキは既に何の味もしない。

 手汗が凄くないだろうか。気持ち悪くないだろうか。


 折角俺の事を好きと言ってくれたんだ。

 ここで嫌われたら、もう俺は二度と家から出れなくなる自信がある。


「雨……止まないね」


 窓へと目線を移すと、曇り空から無数の水滴が降ってくるのが確認できた。

 紅葉が雨と風に晒され揺れている。

 湿っぽい空気が店の中に居ても感じる事が出来た。

 でも決して不快では無い。これが夏だと気持ち悪いと感じるのだろうが、今は少し気分が寂しいだけだ。


 この季節の雨は、なんとなく寂しい。

 だからだろうか、彼女の手は最初よりも強く俺の手を握ってくれていた。


 嬉しい


 これはすごく嬉しい。

 彼女から求められている。俺という存在が。

 これが恋、これが恋愛という奴なのか。激しい運動をした後のように、俺の心臓は激しく脈打っている。


「ね、ねえ……葉月君。明日……学校来る?」


 明日の予定を聞いてくる朝霧。

 別に何もする事は無い。なので当然行くつもりでいた。


「あぁ、一応……文化祭も近いしな」


「うん……いや、その……」


 モゴモゴ口ごもる朝霧。なんだ、どうしたんだ。


「実は……ジュリエットの役、承諾したのはいいんだけど……私、ロミジュリって読んだ事無くて……」


「ん? あぁ、俺もだ」


 大体のストーリーは知っている。

 ロミオとジュリエットは家同士の抗争に巻き込まれ、二人で逃げ出そうとするも……


「毒リンゴ食べて……でも実は喉にリンゴが詰まってただけって言う……」


 ……朝霧さん? それは……


「いや、それは白雪姫じゃ……」


 途端に顔を赤くする朝霧。

 ぶんぶん頭を振りつつ、手を握る力もさらに強くなる。


「いや、えっと……カボチャの馬車が出てきて……お城に拉致るんだよね?」


「それはシンデレラ……」


「え、えっと……あれだよね? 看病したツバメに乗って、ロミオと結婚する……」


「それは親指姫……」


「たしか……クマと決闘して……」


「それは金太郎……」


 どんどんかけ離れてるぞ。

 というか童話から離れなさい。ロミジュリは戯曲だ。


「戯曲……? って何?」


「簡単に言うと舞台。それの為に作られた話って事」


 えぇっ、と驚いた顔をする朝霧。

 落ち着こうとココアを口にする。


「ロミジュリって……小説……だよね? なんとかかんとかって人が書いた……」


「ウィリアム・シェイクスピアね。まあ、劇作家だったから……小説と言えば小説なのか?」


「劇作家? 小説家じゃないの?」


 いや、同じような物だろうが……厳密に言えば違った筈だ。

 劇作家は舞台の為に話を作る。小説家はそんな事を想定したりしない。


「そうなんだ……私、今までシェイクスピアは小説家だと思ってたわ……」


 いや、朝霧はさっき著者の名前すら憶えて無かったじゃないかっ


「そ、それは置いといて……私、ロミオとジュリエットって読んだ事無いんだけど……いいのかしら、そんな私がジュリエット役だなんて……」


「じゃあ……確か駅前に本屋あったな……二人で買わない?」


 我ながら良い提案だ。

 いや、でも初めて買う本がロミジュリって……何か釈然としない。

 あの話は悲劇だ。ラストは二人共に死んでしまうという……。


「私、読みたい。一緒に買いましょう!」


 妙に張り切り出す朝霧。

 なら店から出るか、と手を離そうとするが


「……? 朝霧? そろそろお会計……」


「わ、わかってる……」


 だんだんと朝霧の手から力が失われていく。

 ゆっくり、本当にゆっくりと。


 バカか、俺は。

 こんな可愛い子の手を……離そうとするなんて……。


「朝霧、行こう」


 手を握り返し、エスコートするように手を繋いだまま席を立つ。

 先程の店員がニヤついているのが癪に障るが、今は素直に心の中で礼を言っておこう。

 カップル限定のイベントなんぞ、この喫茶店では行われていない。

 普段から女子高生が友達同士で訪れる事が多い店で、そんなイベントを行えば反感買いまくりだ。

 店員のリップサービスを素直に受け取りつつ、会計を済ませて店を出る。

 雨は少し小降りになっていた。


「少し……屋根が有るところまで走るか。大丈夫か? 朝霧」


「……う、うん……大丈夫……」


 駅前の商店街、そこには屋根がある。

 手を繋ぎながら朝霧に合わせて小走りし、商店街の入り口まで走った。

 なにやら微笑ましい物を見るような視線があるが、流石にここまで来ると気にしなくなる。


 俺達は……恋人なのだから。



 ※



 商店街の一角に本屋はあった。

 今流行りの新刊コミックが平積みされ、思わず目を奪われる。


「お、新刊出てたか。これ面白いぞ、朝霧知ってる?」


「私、漫画ってあんまり……それこそ恋愛小説とかならよく読むけど……どのくらい面白い?」


 どのくらい……?

 どう表現した物か。この漫画はいわゆるギャグマンガだ。

 ある日突然飛来した子猫型宇宙人。彼らの目的は地球の映画。

 映画を見せてくれるなら、地球は侵略せず……むしろ技術提供も惜しまないという宇宙人とのやりとりが面白い作品だ。


「えっと……笑いすぎて内臓が出るレベルだ」


「え?! 人間って……笑いすぎると内臓が出るの?! 絶対買わないわ!」


 いや、冗談なのだが。

 なんだろう、朝霧可愛い。


「で、でも……葉月君がオススメするなら買ってみるわ。とりあえず一巻……」


「マジか。じゃあ……」


 一巻を手にし、カゴへと入れる。

 そのまま歴史的文化コーナーへと行くと、ロミジュリは当たり前のように置いてあった。

 二冊棚から取り、カゴの中へと入れる。


「他に……何か欲しい物ある?」


「ぁ、じゃあ……参考書……」


 おおぅ、流石は学年二位。

 ここまで来ても勉強の事を考えているとは。

 参考書のコーナーまで来ると、一冊の本を手に取る朝霧。

 数学の参考書のようだ。


「朝霧……塾とか行ってるか?」


「行ってないわ。今はネットで十分勉強できるもの……葉月君は?」


「俺は妹と一緒に勉強して……あとは普通に一人で……」


「はあぁぁぁあぁ?!」


 突然奇声をあげる朝霧。

 何か変な事言ったか、俺。


「妹って……何、勉強教えてるの?」


「あぁ、一応……まあ、教えるまでも無いんだけどな。あいつも学年で十位以内に入ってるし……」


「じゃあ……何で教えてるの? 自分の勉強する時間が無くなるじゃない」


 あぁ、当然の疑問だ。

 でもなんというか……


「教えた方が頭に入ってくるっていうか……色々な考え方が出来るんだ。それに一人でしてると眠くなるしな」


 何やら愕然とした顔をする朝霧。

 何だ、そんなに変か?


「そう、ナルホド……私は兄弟いないから……私と葉月君の差ってそこだったのね」


「いや、別にそういう……」


「今度、私も妹さんに勉強教えてもいい? 一度話してみたかったし……葉月君の妹さんと」


 流石にシアは有名人だな。

 まあ仕方ないか。兄の俺が言うのもなんだが、美人だし性格もいいし美人だし。


「じゃあ今度家に遊びに来いよ。俺も朝霧の家に……」


「うち? うちは止めた方がいいわよ。あの雷親父が葉月君を見たら何て言うか……」


 ぅ、そんなに怖いお父さんなのか。

 なんだか尻込みしてしまう。もし……もしこのまま朝霧と付き合い続けて、結婚まで行ったとしたら。

 その雷親父に言わねばならぬのだ。お嬢さんを……僕に下さいと。


 やばい、想像するだけで震えが止まらない。


「ど、どうしたの? 寒い? そんな暖かそうなマフラーしてるのに……」


 言いつつ、俺のマフラーを撫でて来る朝霧。

 このマフラーは妹お手製だぞっ、しかもオソロだ!


「な、なんですって! できた妹だとは思ってたけど……まさかそこまで……反抗期とか無いのかしら」


 反抗期?

 あぁ、シアに反抗期か。たしか中学の時はかなり避けられてたな、俺。

 家の中に居ても顔を合わせるのは一、二回あるかどうかだった。


「かなり極端な妹さんね……なのに高校に入った瞬間に……そんなブラコンになったの?」


 ブラコンて。

 いやまあ……俺もシスコンかもしれないが。

 何が切っ掛けだったのか、あぁ、そうだ。確か……


「妹が高校に入学する前に……両親が都会に仕事の関係上引っ越す事になって……その時、既に高校生だった俺は家に残る事になったんだけど……妹は両親と一緒に都会に行くって事になって……」


 そうだ、確かあの時……


「でも妹はこっちの高校に入りたいって……友達も居るし、住み慣れた土地だしな。まあ、そこで俺は両親に言ったんだ。シアは俺が責任持って育てるって……その証拠に、俺自身も絶対に成績を落さない、むしろ一位を……」


 あぁ、そうだった。俺が一位を取り続ける事に拘っている理由は……


「葉月君って……優しいね。分かってたけど……良く頑張ったわね」


 そう言いながら頭を撫でて来る朝霧。


 なんだか……頭を撫でる手が妙に優しくて


 暖かくて


 涙が溢れそうになった


 朝霧を抱きしめたい


 そんな衝動を抑えながら、俺は再び朝霧と手を繋ぐ


 この手が、この温度が


 優しく俺の心を温めてくれる


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