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麻耶 P4

 11月 11日 (土)


 夕方のオレンジ色に染まった空の下、冷たい風が紅葉を揺らしている。

 ザザザ、という葉がこすれ合う音と共に、彼から発せられた言葉。


「よろしくおねがいします」


 確かにそう言った。私の聞き間違いで無ければの話だが。


 もしかしたら断られるかもしれない。

 別に断られても私は一向に構わない。

 何故ならこの告白は嘘偽りだ。彼に勉強させまいとして仕組んだ罠だ。

 でも何故か涙が出てしまった。断られたどうしよう、そんな恐怖心を抱きながら。

 矛盾するにも程がある。どうなっているのか。

 この涙は何処から来たのか分からない。

 そっと涙を拭う。瑠衣がしてくれたメイクが落ちてしまうではないか。


 そうだ、断られたら瑠衣に申し訳ない。

 ここまでしてくれたのに、失敗しましたなんて言えない。

 この涙はそこから来ているのか!


「え……っと。じゃあ……その……俺達、つ、付き合うんだよな?」


「え? あぁ、うん……えっ?!」


 再度、彼から付き合う、という言葉を聞いてオロオロしてしまう。

 そうだ、私から告白したんだから。

 何を戸惑っているのか。


 どうしよう、付き合うって何をすればいいんだ。


「えっと……じゃあ……一緒に帰る?」


 ふと提案してみる。

 彼氏彼女の関係なのだから、一緒に帰るなんて当たり前だ。

 よし、そうしよう。一緒に帰ろう!


「あぁ、でも……確か朝霧って電車通学だったよな……?」


「え? うん」


 ぁ、そういえば……確かこの男は徒歩で通学している筈だ。

 しかも正反対。最寄りの駅など、この男の家からはかけ離れている。


「一緒には帰れないね……方向逆だし……」


「い、いや、大丈夫。ちょっと駅前で……喫茶店とか入ってみないか? こ、恋人として……」


 一気にお互い顔を赤くする。

 恋人。恋に人と書いて恋人。

 そうだ、私達は恋をしているんだ。

 いや、私はしていない! あくまでこの男の成績を落す為なんだ!


「い、いいわよ。じゃあ……行く? 喫茶店……」


「お、おう……行くか……」


 緊張でガチガチの体を動かしながら、その場から離れる男女二人。

 正門の方へ行くと、既に生徒の大半は帰った後のようだ。

 今はチラホラと友達と駄弁りながら歩く生徒が数組。


「なあ、朝霧ってさ……。その……」


 なんだろう。顔を赤くしてモゴモゴと口を動かしている。

 何か聞きずらい事でも聞くつもりだろうか。体重は何が有っても答えない。


「お、俺の……何処が好きなんだ……?」


 ……いや、それいきなり聞くか、普通。

 といっても私も初めての恋人だ。もしかしたら、まず最初に聞いておく事かもしれない。

 どうしよう……なんて答えれば……。

 当然何処が好きなんて答えれる筈がない。何故なら私は、この男を騙しているのだから。


 私は……悪いけどあんたの事なんて……


「えっと……さ、さりげなく優しい所とか……」


「ほほぅ……と言っても……俺、朝霧と今まで会話すらした事ないんだけど……」


 そうだった。というか何故さりげなく優しいとか言ってしまったんだ。

 私は全然そんな事思ってないのに……だって、好きでも何でもないし……。

 とりあえず何か言い訳を……


「えっと、その……前に購買で……パン買えなかった一年の女子に……あげてたよね? 自分は弁当あるからって……」


「あぁ……そんな事も有ったような無かったような……」


 そうだ、だんだん思いだしてきた。

 購買のパン屋は昼休みになると激戦区になる。だが、元々一階に教室がある三年は余裕で買えるのだ。

 一年は校舎の三階から降りてこなければならない。やっと降りてきた頃には、購買のパンはほぼ売り切れている。


 そうだ、確か……


『あぁ……! 梢! 大変よ! パンが無いわ!』


『な、なんてこった……どうしよう……花京院 雫……俺、今日は弁当忘れてきたのに……』


 そう、こんな会話を覚えている。

 女の子なのに「俺」という一人称を使っていたからだろうか。結構前の話なのに記憶に残っている。


 パンを買いそびれた一年の女子二人。

 そんな二人の少女へ、この男はパンを譲渡したのだ。


「そんな事あったかなぁ……思いだせん……」


 何故私が覚えていて当の本人は覚えていないのか。

 まるで私がいつも観察している様ではないか。そんなストーカーまがいな真似はしていない。


「まあ……私が……その、君の事を好きになったのはそんな感じ……」


「君……?」


 首を傾げ、私を見て来る男。

 君、という呼び方が気に食わなかったのだろうか。

 だって仕方ないじゃない……! 瑠衣と話す時も「あの男」で通ってるし……

 だからって「あの男」で呼ぶわけにはいかないし……


 名前で呼べばいいんだろうけど……え、言っちゃう? 「レオ」君って……言っちゃう?

 あぁ、どうしよう! 呼んでいいのかな、レオ君……って、呼んじゃっていいのかな!


「朝霧、もしかして俺の名前忘れたのか? 葉月だ。忘れんなよー」


 笑いながら、私のオデコをツン、とつついて指摘する男。


 って、オデコ! オデコツンってされた! あわわわわわ! どうしよう! どうしよう!!


 ん? 葉月? え、名字で呼べって事?

 そういえば……さっきから私の事「朝霧」としか呼んでない。


 名前で……名前で呼びたい……だ、ダメなのかな……変かな……?


「じゃあ、行くか朝霧。駅前の喫茶店でいいか? たしかシャレた店があったよな……」


「え? あぁ、うん……私も良く友達と行ってる店でいいなら……案内するけど」


 つい昨日行ったばかりだ。瑠衣と一緒にシュークリームを食べた店だ。

 そういえば、瑠衣はもう帰ったのかな。

 あぁ、確か衣装担当リーダーにされて、早乙女君に呼び止められてたな。

 もしかしたらまだ学校内に……


 と、後ろを振り返ると……そこにはニヤニヤとこちらを見つめる瑠衣の姿が。


 な、なにしてんだ! 


「ん? どうかしたか? 朝霧」


「な、ななんでもない」


 そのまま正門から出て歩き出す私達。

 すると頭の中に携帯の着信音が流れた。瑠衣だ。

 私の携帯はナノマシンとして体の中に保存されている。

 勿論、皆が皆そうしている訳ではない。私はこちらの方が慣れている、というだけだ。


 頭の中で電話を取ると、瑠衣からの声が響き渡った。


『よかったねぇぇぇ! お姉ちゃん嬉しいよ! よかった、ホントに良かった!!』


『五月蝿い……誰がお姉ちゃんか。っていうか、何処から見てたの?! いつから?!』


『ぁー……レオ君が麻耶のオデコをツンツンしたあたりから』


 ぎゃー! 見られてた!

 というかツンツンされていない! ツン……って一刺しだけだ!


『ウフフ、レオ君も相当ドギマギしてるよ。だって今、右足と右手が同時に出てるもん』


 ……本当だ。かなりキョドっている。

 顔はそこまで緊張した様子は無いが、体は正直だな。


『やだぁー、体は正直だなんて……麻耶のエッチー』


 うぉい。勝手に私の心を読むでない!


『まあ頑張ってねー、私は帰るから。じゃー』


『ちょ、ちょっと待って! 帰っちゃヤダ!』


『えー? 何で? もしかして二人のラブラブっぷりを私に見せつける気?』


 いや、そうじゃなくて……だって心細すぎる!

 アドバイザーとして尾行してて!


『尾行って……それじゃあ変態みたいじゃん……まあいいや。じゃあ草葉の陰から見守ってるから』


 プツ、と電話は切れる。

 そっと後ろを確認すると、そっと手を振る瑠衣の姿が。

 うぅ、どうしよう。このまま喫茶店に行くのはいいけど……何を話したら……。


 と、その時……突然葉月君は口を開いた。

 重すぎる空気に耐え兼ねたのだろうか。


「朝霧って……食べ物とか好き?」


 ……はい?


 食べ物とか好き? とか聞かれても困る。

 生物である以上、摂取しなければならないのだから、好きも嫌いも無い。

 空気が嫌いだからと呼吸しない人は居ないのだ。


「え、えっと……食べ物は普通に食べるけど……」


「い、いや、ごめん、そうじゃなくて……好きな食べ物は何かなーっと……」


 あぁ、成程。

 本当はそれを聞きたかったのか。日本語って難しい。


「えっと……甘い物は基本的に何でも好き……かな」


「な、なるほど、俺も甘い物は結構好きだぞ。辛い物も好きだ。不味いのは嫌いだけど……」


「あぁ、私も不味い物は嫌い……」


 なんだこの会話。

 不味いと認識して好きで食べる人は居ないだろう。

 料理が下手な奥さんを貰ってしまった夫くらいだ、たぶん。


「あぁ、俺はアボガドが食えないかな……あの油ギッシュな果物はちょっと……」


 と、言いながら車道側へと移る葉月君。


 ぁ、さりげない。そうだ、これだ。


 こんなさりげなさが……素敵なんだ。


 って! 違う! 私はこの男の事なんか……


 そう、これはあくまで成績を落す為……この男から学年一位という座を奪う為の作戦なんだ!




 ※




 喫茶店へと到着し、中へと入る。

 店内は昨日と変わらずうちの高校の生徒がチラホラと見えた。

 店員に案内され、窓側の席へ。


「いらっしゃいませーっ、ご注文はお決まりですか?」


「ぁ、私ホットココア……葉月君は?」


「え、じゃあ……ホットコーヒー……ブラックで」


 ブラックなんだ。大人だな。私はコーヒー事態苦手だ。

 なんか気持ち悪くなる。胃がまだ子供なんだろうか。


「畏まりましたーっ、本日恋人限定イベントしてまして……店内にいる間、ずぅーっと手を繋いでいるだけでケーキサービスとなっております~」


 ……あ?


 なんだそのイベント……リア充限定イベント?

 なんだか暴動が起きそうなイベントだ。リア充爆発しろと言いながら突っ込んでくる奴がいるかもしれない。


「どうなさいますか? ずぅーっと手を繋ぐだけなんですからっ! 楽勝ですよね?」


 う……なんだこの店員。

 っていうか、私達恋人なんて一言も言ってない……


「まあ、じゃあ……朝霧、手だして」


「……へ?」


 テーブルの上に手を差し出してくる葉月君。


 ほ、ほんとに? え、やるの?


 そこまでしてケーキが食べたいの?!


 いや、私も食べたいけど……でも、でも……


「嫌?」


 寂しそうな葉月君の顔。

 その表情に私の頭の中の回路が数本吹き飛んだ。


「べ、べつに……片手しか使えないじゃない……っ」


 あぁっ、私何言ってるんだ!


 そのまま震える手を、葉月君の手の平へと重ねる。


 優しく、キュっと握ってくる彼


 まるで「離れないで」と言っているようだ。


 そっと……私も手を握り返す。


「ぁ、雨……」


 彼の言葉で窓を見ると、そこには数粒の水滴が。

 次第に雨が本降りに。

 オレンジ色だった空は、曇り空に変わっていた。


「秋って天気が変わりやすいからな……」


「そう、だね……」


 テーブルの上で繋ぎ続ける手と手。


 サービスで貰ったケーキの味は、見事なまでに甘かった。



 彼の温度を感じながら


 甘いクリームの感触を舌で確かめる


 いつのまにか


 私の方が彼の手を強く握っていた



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