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リオ P3

 11月 11日 (土)


 本来ならば本日は休日。

 だが俺は学校に来ていた。何を隠そう文化祭の準備が始まるからだ。

 文化祭は今月末、27,28、29、30日と四日間開催される。


 つまり、文化祭まであと二週間程度しかない。

 その間に全ての準備を終えろという無茶振りだが、実は文化祭まで午後の授業は無い。

 昼からフルで文化祭の準備が行えるのだ。無論テストで赤点取った奴は補習だが。


「では兄様、頑張ってくださいね」


 シアと昨日と同じように進学科棟の玄関で別れ、自分の名前が書いてある下駄箱の前へと。

 小さな鍵で下駄箱を開けると、何やら見慣れない物が入っていた。手紙のような物が。


「なんだコレ……」


 そっと手に取り、表裏を確認。差し出し人の名前は書かれていない。

 しかし便箋の封はハートマークのシールが張ってあった。まさか……


「ら、ラブレター……って、んなわけ……」


「あれれー? レオ君、それってもしかして……」


 と、そこに突然現れたのは同じクラスの藤崎 瑠衣。

 後ろから興味深々という様子で覗き込んで来る。


「うわっ! お、おはよう」


 咄嗟に後ろ手に手紙を隠しつつ挨拶する俺。

 藤崎はニヤニヤしながら、俺の鼻先まで顔を近づけて来る。


 って、近い! 近い!


「モテモテなんだから……頑張ってね!」


 そのまま去っていく藤崎。

 何なんだ一体。頑張れと言われても困る。というか、男子のイタズラだという可能性の方が高い。


「そうだ……きっとそうだ」


 とか言いつつ、周りを気にしながら懐に手紙を仕舞う。

 期待しない方がいいと思っても、そんな事は無理に近い。

 何せラブレターとか貰ったのは初めてなのだから。



 進学科棟、一階に三年の教室はある。

 そっと男子トイレの個室に入り、手紙の封を開けると可愛らしい便箋が。


 えっと、何々……


『本日、放課後に体育館裏へ来られたし。尚、必ず一人で来る事』


 ……なんだ、この果たし状は。


 下の方に差出人の名前も書かれてあった。朝霧 麻耶。


 ゾクっと背筋に寒気が走る。

 朝霧からの果たし状。これはもうどう考えてもアレしかない。

 テストの結果でいつも俺が一位を独占しているから、とうとう俺自身に勝負を挑んできたのだ。


「なんてこった……」


 もしかしたら朝霧は空手や柔道の選手だったりするのか?

 そうなら俺に勝ち目はない。今まで格闘技はおろか、運動部にすら所属した事はないのだ。


 確実に殺される。ギッタギタにされてしまう。あの朝霧に。


「あの……朝霧に……」


 いや、悪くないかもしれない。

 朝霧は俺の好みのタイプだ。正直ドストライクだ。

 そんな朝霧にボッコボコにされるのは、むしろご褒美ではないのか?


「イカン、これじゃあ変態みたいだ……」


 いいつつ果たし状を封筒に入れ、丁寧にカバンへと仕舞う。

 その時、個室のドアがノックされた。


「レオか? 何をさっきからブツブツと言ってるんだ」


 この声は千尋か。そのまま用は足してないが、一応トイレを流して個室から出る。

 千尋は何やら心配そうに俺の顔を見つめてきた。


「どうした、心配事でもあるのか? 俺で良ければ相談に乗るぞ。何だったら生徒会に……」


「入らん。おはよう千尋」


「ん? あぁ、おはよう……」


 そのまま手を洗いつつ教室に向かう。ぁ、ハンカチ忘れてしまった。


「ほら、使え。それで? 何をトイレでブツブツ言ってたんだ」


「いや、その……」


 一応相談してみるのも手かもしれない。

 生徒会に入る入らないは別として、千尋は信頼できる友人だ。言いふらしたりはしないだろう。


「千尋……ちょっといいか」


 教室を通り越し、音楽準備室へと入る。

 狭い部屋の中に楽器やら教科書やらが仕舞ってある中、男二人で入り……中から鍵を掛けた。


「お、お前……こんな所に連れ込んで何をするつもりだ……」


「落ちつけ。俺に男を襲う趣味は無い。あぁ、でも千尋ならアリかも……綺麗な顔してるし……」


「け、警備員! お巡りさん!」


「落ちつけ、相談したい事があるだけだ。実は……」


 鞄の中から手紙を取り出し、千尋へと手渡した。

 ラブレターなら絶対に見せないが……。


「なんだこれは……他人の恋文を覗く趣味は無いぞ」


「いいから、読んで見ろ」


 渋々封筒から手紙を出して読み始める千尋。

 といっても、そこまで長い文章では無いのだが。


「こ、これは……朝霧からの果たし状か。そうか……ついにお前自身を殺る気か」


「あぁ、どうすればいい、千尋。朝霧は格闘技経験はあるのか?」


 顎に手を置き考え始める生徒会長。

 数秒後、何か思いだしたかのように語り始めた。


「確か、朝霧自身は部活動には参加していなかった筈だ。だが体育の選択授業で……剣道をやっていたな。その時、女子の中で一番強かったらしい」


「剣道……か」


 朝霧が木刀を持っていたら万が一にも勝ち目はない。

 というか出来れば素手で殴ってほしいのだが。


「うちのクラスにも剣道部女子は居る。だが朝霧は、それを抑えてクラス内トーナメントで優勝したらしい。もしかしたら……中学まで剣道をやっていたのかもしれない」


「いや、そんな事ありえるのか? 中学レベルで勝てる物なのか?」


「それほど……やりこんでいたのではないか? それに、剣道経験者は徒手でも強いと聞く。何せ動体視力がハンパじゃない。噂では拳銃の弾丸ですら避けるという話だ」


「そ、そんなバカな。勝てるわけねえ……」


 一体どうすればいいのだ。

 拳銃の弾丸すらも避ける戦闘能力を持つ朝霧。

 ボッコボコにされるのはいいが、もしかしたら命の危険すらある。


「だが彼女も、まだ前科は欲しくない筈だ。そんなバカな真似をするとは思えん」


「つまり……殺しはしないって事か?」


 そうか、そりゃそうだよな。

 もしバレたら高校生活どころか、これからの人生は終了してしまう。


 ん? もしバレたら……?


「ま、まさか……朝霧は完全犯罪を犯すつもりじゃ……」


「ありうるな……彼女は確か、クリスティーの推理小説が好きだと以前言っていた。それに加えて彼女の父親は確か警察官だったな……」


 不味い、このままでは土の中に埋められて肥料にされてしまう。

 何か、何か手は無いのか。


「短い付き合いだったな……お前と一緒に生徒会の仕事をやりたかったよ……」


 俺の肩へ手を置きつつ部屋から出ようとする千尋。

 待て……待ってくれ! 俺はまだ死にたくない! 可愛い妹が嫁に行くまでは……


「安心しろ、シアちゃんは俺が責任を持って嫁に貰ってやる」


「お前……やっぱり色目使ってやがったな! シアはお前にはやらん!」


「なんだと……! お兄様!」


「誰がお兄様だ! お前の義理の兄なんてまっぴら御免……」


 その時、予鈴が鳴り響く。

 授業はないが、文化祭の話し合いが行われるのだ。やばい、もう教室に向かわねば。


「まあ、なんだ。生きて帰ってこい。俺が言えるのはそれだけだ」


「ちょ……おま……」


 開錠して音楽準備室から出る男二人。

 そのまま教室へと向かい、扉を開け放つとクラスの連中が「遅ぇよ」と睨みつけてくる。

 生徒会長と二人で謝りつつ、席へと着いた。




 ※




 クラスの話し合いは主に演劇についてだ。

 我が進学科はめでたく総合点で他の科に勝利し、ロミオとジュリエットという演目を手に入れた。


 ロミオとジュリエット、あまりに有名な恋愛悲劇。

 誰もが知る悲しい物語だが、今回の演劇ではラストを変更するらしい。


 話し合いを仕切っているのは演劇部の部長。早乙女 篤(さおとめ あつし)

 ロミジュリのラストを省略、または変更する事は文化祭では良くある事らしい。


「えーっと……ラストは仮死薬を飲んだジュリエットを見て、ロミオは死んだと思って自分も自殺……その後にジュリエットも後追い自殺する訳だけど……これは重すぎるので変更したいと思う。何か意見ある人、居る?」


 クラスの誰もが悩む中、誰よりも早く挙手して発言権を求めるのは生徒会長。


「はい、ちーちゃん」


 指名されたちーちゃん。立ち上がり、静まり返った教室を見まわす。

 皆テスト期間で疲れ切っていた。ロミジュリを演じる為に頑張ってきたのに、これでは本末転倒も良い所だ。


「観客の見たい事をすべきだ。ロミオとジュリエットで一番の見せ場と言えば……やはり、キスシーンだろう」


 その時、ゾンビのようなクラスの連中の目に生気が。


「そしてやはり、キスをするのは勿論男女がベストだろうな。さらに……それなりに名前が通った奴が好ましい」


 クラスの連中が千尋へと注目する。

 名前の通った奴……それは正しくお前では?


「いや、俺は無理だ。一年の時に披露したが、俺の大根役者っぷりは皆も知っているだろう」


 あぁ、そういえばガタガタ震えながらセリフを棒読みする千尋の姿が目に浮かぶ。

 生徒会長は度々全校生徒の前で喋ったりするのだが……千尋は演劇となると途端に痙攣しだすのだ。


「なのでここは……学年一位と二位にその役をやってもらうというのはどうだろう」


 その時、一気にクラスの連中の視線を浴びせられる俺と朝霧。

 って、ちょっと待て! 俺は朝霧に命を狙われてるんだぞ! そんな事したら……


「はいはーい! それいいと思う~」


 席を立って挙手しながら賛同するのは藤崎。

 その瞬間、一斉にクラスの連中は死んだ魚から生きたオオサンショウウオに蘇生し、次々と賛同していく。


 待て! 待ってくれオオサンショウウオ達! 


「はいはい落ちつけ野郎共。で? 朝霧さんとレオはどうよ。いきなりフラれて困ると思うけど……やってみる?」


 早乙女が手を叩きつつ仕切り、一瞬で再び静まり返る教室。朝霧は静かに、そっと手を上げた。


「ん、朝霧さん」


 指名され、そっと席を立つ朝霧。その小さな口をゆっくりと開く。


「私は……構わないわ……」


 緊張しているのか、少し震える声で言い放つも、クラスの連中はそれを聞いた瞬間、再び歓声を上げながら拍手喝采。そして残るはお前だけだ、と俺に目線を向けてきた。


「え、いや……えーっと……」


 どうしよう、どうすればいい?

 俺がロミオ役? バカを言ってはいけない。俺は主役なんて出来るタマでは……


 その時、朝霧と目が合う。

 泣きそうな顔をしながら、必死にアイコンタクトを送ってくる。


『承諾しろ、じゃないとブチコロス』


 と、言われているようで……俺は首を縦に振るしか無かった。




 ※



 話し合いは一日中行われた。

 配役、大道具、小道具、監督、助監督などを決めていく。

 ちなみに監督は千尋。助監督は演劇部部長の早乙女となった。

 クラスの信頼を集めている千尋が監督をしたほうが楽だ、という理由らしい。


 時刻は午後三時。たっぷり一日中、ひたすらロミジュリの話し合いで終わった。


「じゃあ明日は日曜だけど……暇な奴は学校に来てくれ。時間が無いからな。ぁ、藤崎さん、衣装の事なんだけど……」


 藤崎は衣装担当リーダーへ就任した。

 一年の時から器用だったからな。家庭科の授業では「お母様」と呼ばれている。


 さて、運命の放課後だ。

 泣いても笑っても……俺の人生はここで終わるかもしれない。

 だが対策は考えた。幸か不幸か、俺と藤崎はロミジュリの主役同士だ。

 ここで俺を殺してはクラスの連中が困ってしまう筈だ!


 いや、殺した時点で文化祭所では無くなりそうだが。


「レオ、生きて帰ってこい」


 千尋に励まされつつ、俺はゆっくりと体育館裏へと向かった。

 足取りが重い。せめて半殺し程度で済ませてくれればいいのだが……。


 体育館裏、紅葉が綺麗に咲き乱れ、さわやかな……どこか湿っぽい風が吹く。

 もしかしたら一雨くるかもしれない。そんな事を考えていると、地面を踏みしめる足音と共に朝霧が現れた。


「待った……?」


 そう言いながら近づいてくる朝霧。木刀は持っていない。

 と言う事は素手か。


「あぁ……少しだけ……」


 ス……と肩幅程度に足を開き、格闘ゲームの見様見真似でファイティングポーズを取る俺。

 構えは格闘技の基本。一発でド素人だとバレるだろうが、俺はそう簡単には殺られない!


「……? なにしてんの?」


「何って……俺に果し合いを申し込んで来たのは朝霧、お前だろう」


 深呼吸しつつ、まるで中国拳法の演武のように腕を水平移動させる。

 さあ、来るなら来い! ゲーム仕込み喧嘩術の威力! 見せてくれる!


「……いや……違う……」


 違う? 何が違う!

 さあ、家に帰れば可愛い妹が手料理を作って待っているんだ!

 俺は必ず生きて戻る!


「今日は……その……えっと……」


 口をモゴモゴさせつつ、更に近づいてくる朝霧。


 っく、やるな! 殺気も感じさせずにここまで距離を縮めて来るとは!


 あぁ、でも朝霧可愛い。頭を撫でまわしたい。


「ず、ず……ずっと……」


 ん? ずっと?

 ずっと……お前を憎んでいたって所から入るのか。

 そうか、まずは雰囲気から作っていくんだな。


「ずっと! 好きでした……! 私と付き合って下さい!」


 そのまま頭を下げてお願いしてくる朝霧。


 なんだ今の言葉は、一体どんな雰囲気を作ろうと……


「って、え?!」


 構えを解き、朝霧を見つめる


 微かに震える肩


 地面へと雫が落ちている


 朝霧の涙だ



 空はオレンジ色に染まり始め


 俺と朝霧の時間は止まったままだった



 時間を動かしたのは俺自身


「ぁ、あぁ……本当に? ドッキリとかじゃ……無いよな……」


「……ほ、本当に……」


 真実を物語る彼女の涙


 俺はそっと


 先程の彼女と同じように頭下げた


「俺で良かったら……よ、よろしくお願いします……」



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