リオ P22
親父と別れ、体育館に戻ると既に早乙女と千尋の姿は無かった。
もう教室に戻ったのだろうか。
「あぁ、もう昼か……」
体育館の時計を見ると既に正午近い。
ちなみに親父はもう都内へ帰るらしい。
本当に俺に大学の話をしにきただけか。
「それにしても……あの親父が朝霧母と同級生だったとは……」
購買により、パンを購入。
今日はシアお手製の弁当は無い。
あの可愛い妹は、時折かなり朝が弱い時がある。
「あぁ、もしかして……俺の誕生日だって完全に忘れてるかもしれん。俺も忘れてたけど」
よし、こうなったら逆サプライズを仕掛けよう。
ケーキを買って、シアに「今日は俺の誕生日だ!」と叫んでやるのだ。
かなり痛い行為のように思えるが、俺はやると言ったらやる男だ。
よし、帰りにケーキ……
「ぁ、レオくーん、ちょっと手伝ってくれへん?」
その時、進学科棟から出てくる女子二人。麻耶と藤崎だ。
むむ、何を手伝うのだ。
「ちょっと体育準備室までや。早乙女君がジュリエットを寝かせる為の手ごろな台が無い言うから……」
「んなもん男子連中にやらせろよ、なんで麻耶を使うんだ。藤崎はともかく」
「ちょ! 私だって女子や! そりゃ……リミッター外せばアスファルトくらい握り潰せるけど……」
怖いわ。
「ねえリオ君」
その時可愛い声で話しかけてくる麻耶。
あぁ、可愛いなぁ、麻耶……
「ちょっと、扱い違すぎへん?」
「気にするな。それでどうした麻耶」
「ぁ、うん、さっき中庭で金髪の男の人と話して無かった? あの人、なんか校舎の中をウロウロと……」
あぁ……こう言ってはなんだが、親父は方向オンチだ。
迷う筈のない一本道でも、いつのまにか道なき道を歩いている事など日常茶飯事だ。
「あぁ、それ俺の親父。帰ったと思ったんだけど……どっかで見た?」
「ぁ、うん……さっき女子トイレの前で携帯弄ってたから……先生に言った方が良いかなって思ったんだけど……って、お父さん?!」
うむ、親父だ。
と、その時……進学科棟から一人の男が。
「……何してんだ、お父様」
「迷ったんだ。広いな、この学校。ん? あぁ、こちらのお嬢さんが朝霧さんの娘か」
親父にジロジロと見られて困惑気味の麻耶。
藤崎の背中に隠れ、まるで怯える子ウサギのように震えている。
「あまり威嚇するな、親父。怯えてるだろ」
「威嚇なんぞしとらん。ちょっと出口まで案内しろ、リオ」
「あ、あの!」
その時、藤崎が挙手して発言権を求めてきた。
親父はメガネを直しつつ、まるで大学の教授のように……いや、まるででは無い。親父は正真正銘大学の教授だ。
「なんだね、っと、君はFDWか。いい義体だな。少し弄らせてもらっても……」
「やめい! セクハラ……いや、犯罪だぞ!」
「冗談だ」
そのやり取りを見て、藤崎までが怯える子ウサギになってしまう。
ところで何か質問あるんじゃなかったのか、藤崎。
「え、あぁ、えっと、レ……リオ君のお父さんなんですよね、麻耶の事知ってるんですか?」
「ん? あぁ、まあ……」
チラっと俺を見つつ、親父は恥ずかしそうにしながら
「あとでリオに聞いてくれ。俺は帰る」
「ぁ、ちょっと待て親父。ついでだ、ちょっと手伝え」
「あ?」
※
不満タラタラな親父を引き連れ体育準備室に。
準備室……といっても要は倉庫だ。体育で使う物意外にも、ジャマな物は全て放り込んである。
「えっと……大き目のテーブルみたいなのがあれば……」
電気を付け、辺りを見まわす。
見事にガラクタが放り込まれている。中にはFDWの義体らしき物も。
「なんで俺が……」
いいつつタバコに火をつけ始める親父。
いや、だからここ学校だから! 煙草吸うな!
「ほら、リオ君探して探して! 麻耶を寝かす為のベットや」
あぁ、そういえば千尋が言ってたな。
棺桶だと麻耶が客席から見にくいとかなんとか。
しかし見事にガラクタばかりだな。大きなテーブルと言われても……
「ぁ、瑠衣、これいいんじゃない?」
その時、朝霧が台を発見したらしく、駆け寄る俺と藤崎。
瑠衣は台を引っ張りだそうと上に乗っている物を除けようとするが……
「……ぁ、麻耶!」
「え?」
その時、台周辺のガラクタがバランスを崩して大きく揺れ、麻耶の頭上へと……
「麻耶……!」
俺より先に藤崎が反応し、麻耶を庇うように覆いかぶさる。
鈍い音と共に倒れこむ藤崎。
「お、おい藤崎!」
やばい、今かなり重そうなガラクタが藤崎の頭上に……
「藤崎、おい、大丈夫……」
大丈夫か? と確認を取ろうとしたとき、俺は絶句する。
藤崎の頭が大きく凹み、中の機械の部分が見えてしまっている。
「なっ……おい、藤崎!」
「瑠衣……? 瑠衣!」
俺と麻耶は必死に藤崎を呼ぶか返事が無い。
な、なんでこんな……まさか、藤崎……もう……
「どけ」
その時、親父が藤崎の状態を確かめるように頭へと手を当てる。
懐から端末を取り出し、藤崎の脳へと直接接続する。
「あ、あの……瑠衣は……」
「…………」
親父は黙って端末を仕舞ってしまう。
おい、どうなってるんだ。
藤崎は……無事なのか? 大丈夫なのか?
「もう彼女は居ない。これはただの人形だ」
「……おい、何言って……それって……」
藤崎……死んだって事か?
おい、ふざけんな……そんな……そんな……
「藤崎……おい藤崎!」
「噓……嘘……瑠衣、瑠衣!」
俺と麻耶は必死に藤崎の体を揺すり、呼び掛ける。
だが何の反応も無い。
何でだ、なんでこうなる。
こんな……こんな……
「藤崎……藤崎!」
「瑠衣……瑠衣……!」
『藤崎ぃ! 藤崎ぃ!』
……?
なんか、今変な声しなかったか。
俺と麻耶はキョトンと顔を見合わせ、首をかしげる。
いや、今はそれどころじゃない!
藤崎が死んでしまったんだ……
「私のせいで……瑠衣……」
「くそ……ふざけんなよ、おい藤崎! 目ぇ覚ませよ!」
『目ぇ覚ましてくれ! 藤崎ぃ! そうだ、キスすれば目覚めるかもしれない!』
……おい。
チラ……と声がした方を見る。
俺の足元、そこには真っ白なマルチーズが。犬が。もふもふ毛並みで目がクリンクリンのワンちゃんが。
「…………」
ガシっと犬の首根っこを掴んで持ち上げる。
……もしかして……この犬。
『なんや、はよキスせんと、目覚めへんで』
……この声……ま、まさか……
「瑠衣? 瑠衣なの?!」
麻耶は真っ白なマルチーズへと顔を寄せる。
マルチーズはその短い手足をジタバタしつつ
『ちょ、レオ君、もっと優しく抱っこしてーな。そんな持ち方……』
「瑠衣!」
ガバっとマルチーズを抱きしめる麻耶。
「なんで……なんで? なんで犬に……」
『いや、その……咄嗟やったんや……』
麻耶の胸の中でジタバタするマルチーズ。
なんか羨ましい。
その時、親父は麻耶の胸からマルチーズを取り上げ、俺と同じように首根っこを掴んで持ち上げる。
「そういう事か……君は元々マシルか」
『そうや。凄いやろ』
ふむ、さっぱりだ。
俺と麻耶は何が起きたのかよくわからん。
『私は元々マシルなんや……っていっても分かってないな、二人共……』
マシル……たしか実体無きFDWだったか。
藤崎は普通にジュールだと思ってたが……。
「藤崎君と言ったか。今君がした事は普通に犯罪だぞ。この犬の義体は……ガラクタの中にあったのか?」
親父は藤崎へと質疑応答する。
犯罪……? そうか、まあ藤崎は咄嗟とは言え義体を乗り換えたわけだし……。
乗り換えるにはいくつか制約があったハズだ。そうホイホイ変えれる物では無い。
『そうや、唯一オンラインになってたから……って、このまま警察に突き出す気か?! 勘弁してーな! 仕方ないやん! 咄嗟やったんや!』
「別にマシルなら脳が破壊されても死なんだろう。……まあいい。別に俺は警察じゃないし……」
ポイ、と俺にマルチーズ藤崎を投げてよこす親父。
そのまま藤崎の元の義体を眺め……
「これだけ良い義体はそうそう無い。どうだ、藤崎君。俺に弄らせてくれるなら無償で直そう。このまま普通のラボに放り込んでも……その義体に移った事がバレれば……」
『う……え、エッチな事したらあかんで、おじさん!』
親父は鼻で笑いながら眼鏡を直す。
そのままコメカミに指あて、いきなり独り言を……あぁ、電話してるのか。
「私だ。貴重な素材が手に入った。というわけで迎えに来てくれ。頼んだぞ」
※
その後、救急車を装った親父の研究チームが藤崎の義体を回収して行った。
藤崎の事は勿論先生方には内緒だ。本人は貧血で倒れたという事にした。
そんな俺達は今、逃げるように下校している。
『なんか新鮮やなー、私可愛い? ねえねえ、レオ君~』
お前絶対楽しんでるだろ。
俺達本気で心配したんだからな、お前が死んだと思って……。
『まあまあ、そんな怒りなさんな。あー、でもこの姿じゃ家にも帰れんな。ウチのアパートペット禁止やし……』
そういう問題でも無い気がするが……。
犬の姿をしたFDWも世間一般的には存在する。だが多くは警察、軍などの管理下にある戦闘用だ。
こんな玩具みたいな義体に入るFDWは居ないだろう。
『でもこの犬義体、良く出来とるなー。誰かが趣味で作ったんやろうか』
そんな藤崎は今、俺の肩の上に乗っている。
なんか麻耶が羨ましそうに見ているが……。
「どうした麻耶、マルチーズ藤崎が気になるのか」
肩に乗っているマルチーズ藤崎を鷲掴みし、麻耶へと手渡す。
嬉しそうに抱きしめる麻耶。まるでヌイグルミを買ってもらった子供のようだ。
「瑠衣、私の家来る? お母さん、可愛い物大好きだから……たぶん一発でOK貰えると思うけど……」
『あー、でもオジサン警察やん。バレたら……いや、まあ黙っといてくれると思うけど……』
ふむ、まあ警察官である麻耶の父親に犯罪の片棒担がせるのは心苦しい。
なんだったら家に来るか? と提案してみる。
『リオ君家かぁ。まあそれなら……』
と、その時途端に寂しそうな顔をする麻耶。
あぁ! なんて可愛い……いや、可哀想だ! 麻耶だけ仲間外れみたいで……
『なんやったら麻耶もレオ君家来たらええやん』
いや、それは不味い。色々不味い。俺の精神が……
『シアちゃんも居るし大丈夫やろ。よし、そうと決まったらお菓子買いに行くで!』
お菓子……あぁ、そうだ、ケーキ買って行かないと……
『なんでや、誰か誕生日なんか?』
「あぁ、俺」
その時、麻耶は歩くのを止めて立ち尽くす。
むむ、どうした麻耶たん。なんか……顔が怖いぞ。
「……な、なんで……」
『なんで……そういう事早く言わんのや! 今日誕生日?! あかん! 予定変更や! 麻耶の家行くで! シアちゃんも呼び!』
え、何急に。
なんでそんな……
『ド、ドアホ! 空気読めや! 今私麻耶に握りつぶされそうなくらい締め付けられてるんや! なんでそんな大事な事、今の今まで黙っとったんや! 痛だだだだだ! 麻耶ちゃん痛い……わかった、分かったから! ほら、はよシアちゃんに連絡して!』
むぅ、とシアに電話を掛ける俺。
しかしもしかしたら……シアも俺の誕生日の為に何かサプライズを考えているかもしれない。
ちょっと確認とってみるか……。
『はい、どうしました、兄様』
「あぁ、シア、今日俺の誕生日だろ? 何か豪華な食事でも作ってるかなーっとおもって……」
『……ぁっ』
ぁって……あぁ、やっぱり忘れてた……まあ、俺も完全に忘れてたんだけど。
『も、もももももちろんですよ! 七面鳥?! 今お腹開いて……いろんなものを詰め込んで……』
あぁ、大混乱してる。
落ち着け妹よ、忘れてたなら素直に言えばいいのよ。
『ご、ごめんなさい……忘れてました……うぅ、兄様の誕生日を忘れるなんて……私、もう深爪します! 爪の白い部分より下を切って罰を受けます!』
いや、そんなキッツイ罰はいいから!
「シア、一緒に麻耶の家行かないか? いや、というか……行かないと俺の命が危ないかもしれない、行こう、すぐに行こう」
なんか負のオーラを感じる……麻耶から。
さっきから歯をむき出して可愛く唸ってるマルチーズはいいとして……。
『わ、わかりました……兄様もう帰ってきてます? 私も今家に帰ってきた所なので……』
「わかった、俺も帰るから一緒に行こう」
そのまま電話を切り、麻耶へと向き合う。
ぅ、なんか怒ってる?
お、俺そんなに怒られるような事したか?!
『ま、まあ麻耶、うちらは先に帰っておじさんに料理作ってもらうで! おっさんの料理食べるチャンスや! ハッ、この犬の味覚センサー大丈夫か? スペック調べんと……』
「り、リオ君……!」
いきなり俺の名前を叫ぶ麻耶。
うおぅ、どうした。
「た、誕生日……おめでとう……家で待ってるから!」
そのままマルチーズ藤崎を抱えたまま駆けだす麻耶たん。
空がオレンジ色に染まり掛けている。
「誕生日か……」
俺も今年で十八歳。
親父の言葉が頭の中で何度も反復している。
麻耶を守りたいなら……力が必要だと……




