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リオ P21

 明日はいよいよ本番だという事で、俺と千尋、そして早乙女は体育館のステージで最終確認を行っていた。


「ここに印付けとくか。ロミオがバルコニーにいるジュリエットに話しかけるシーンのヤツ」


 早乙女が俺を立たせて位置を確認。千尋が台本を読みながら、それぞれのシーンで役者が立ち位置に困らないように再確認していく。


「レオ、あの照明分かるか? あれでお前照らすから。あの照明動かせねえからな、立ち位置間違えたらマヌケに見えるぞ」


「合点承知の助……」


「ガムテープでバツ印でも打っとくか……今やっても剥がされるな。直前に……」


 ブツブツと最終調整する早乙女さん。

 そういえばステージの上で練習とか出来なかったな。他のクラスに譲ってたし……。


「まあその代わり、ウチのクラスは演劇部のサポートあったから良かっただろ。なんせ最後の文化祭だからな。しかもロミジュリで一日目のオオトリなんだ。失敗は許されんぞ、ロミオ」


「あんまりプレッシャー掛けるな、俺本番に弱いんだから……」


 しかし演劇の主役なんぞ初めてだ。

 今まで劇自体そんなに見た事もないしやった事も無い。

 一番記憶に新しいのは中学の頃にやった「ももたろう」くらいか。


 ちなみに俺は鬼役だった。


「ちーちゃん、最後どうするー? やっぱジュリエット棺桶に入れてロミオに抱きかかえさせるか?」


「あー、棺桶ジャマにならないか? 教壇に白いテーブルクロスでも敷いて……その上に寝かせるとか……」


 ふむぅ、教室の中でやるのとでは大分違うからな。やはりステージの上で実際に一度やってみた方が……と、その時俺の携帯が鳴る。誰だ、こんな時に……。


 携帯を出し画面を見ると……そこには……


「……親父?」


 なんだ、このタイミングで。


「どうした? レオ」


「いや、早乙女すまん。ちょっと電話出てくる」


 二人から離れ、体育館の出口辺りまで行き電話を取る。

 親父からの電話など数年ぶりだ。引っ越してから連絡はいつもシアに任せてたしな……。


「もしもし……」


『あぁ、リオ。この学校広いな。迷ってしまったぞ』


 ……ああん?!

 今なんつった!?


『ちょっと俺の位置送るから。顔を出せ』


 それだけ言って電話を切る親父。

 おいおい、まさか学校(ここ)にいるのか?


「レオー? どうしたー?」


「悪い! ちょっと外す!」


 文句を言う二人を尻目に体育館から飛び出す俺。

 親父が送ってきた位置情報を示すMAPは、まさにこの学校。

 この位置は中庭か。紅葉の木がウザイくらい近くに生えてるベンチだ。




 ※




 中庭の端にあるベンチ。

 そこに見覚えのある男の姿が。

 金髪で瞳の色はブルー。そしてスクウェアの眼鏡をかけた……ノーネクタイスーツの男。


「親父……どうしたんだ、いきなり」


「どうしたとはご挨拶だな。息子の誕生日に会いに来て何が悪い」


 誕生日?

 ぁっ……


「忘れてたのか。今日は11月26日だろう。もしかしてシアも忘れてたのか?」


 そ、そんな馬鹿な! あのシッカリ者のシアが……。

 たぶん何かサプライズを仕掛けているに違いない!


「まあ座れ。お前に……話がある」


 なんだ話って……。

 そのままベンチに親父と少し距離を置いて座る。

 親父とこんな風に話すのは本当に久しぶりだ。


「頑張ってるみたいだな。先生にもお話を伺ったぞ。まさか本当に学年一位を死守しているとは思わなかった」


「まあ……うん……」


 なんなのだ一体。

 誕生日だから来たとか言ったが、去年の誕生日は電話すら寄こさなかったじゃないか。

 一体俺に何の話を……


「話と言っても大したことじゃない。お前進路は考えてるのか?」


「……いや、まったく……」


 小さく溜息を吐く親父。

 し、仕方ないじゃないか! 俺は一位取る事しか考えて無かったんだ!


「先生も言ってたぞ。まだ希望の大学すら決めてないらしいな」


「大学って……俺は就職しようと思ってるけど……」


 再び溜息を吐く親父。

 なんだ、言いたい事があるならハッキリ言いたまえ!


「ならハッキリ言おう。お前……何で進学科に居るんだ。卒業後に就職するなら工業科とかの方が良かったんじゃないか?」


「うっ……いや、それは……」


 そうだ、俺進学科なんだっけ……すっかり忘れてた……。


「そんなお前に朗報だ。リオ、今私が居る大学へ来い。教授として推薦してやってもいいが……一般入試でも、お前なら問題なく合格できるだろ」


「え? 親父の大学って……都内だろ。そんなん、シアはどうすんだ」


「母さんがこっちに帰ってくる。研究も一段落したんでな。俺の望みとしては、お前が研究を引き継いでくれれば最高だが……」


 親父の研究……それは主にFDWの義体だ。

 FDWの中には人間の感情を得ようとかなり精密な義体に入る者も居る。

 藤崎やマクティがそれに当たる。その他にも、この学校に在籍しているFDWは皆大抵そうだ。

 より人間に近い義体。その他にも動物型や特殊車両型など、様々な義体の研究をしている。


「いや、でも俺そんなの全然勉強したこと無いぞ」


「だから大学で勉強するんだ。別に俺の研究を引き継ぐのは強制じゃない。でもお前……これからどうするんだ。就職したとして……その会社で一生働く覚悟はあるのか?」


 一生って……別に気に食わなかったら転職すれば……


「今の時代、FDWに就職先を奪われて人間様は働き口が見つからないのが大半だ。まさかFDWに食わせて貰おうとか考えてるんじゃないだろうな。そんなんじゃ……好きな女も守れんぞ」


 思わず吹き出してしまう。

 好きな女って……!


「先生に伺ったぞ。お前、モテるんだな」


「ちょ! な、なんで?! だ、誰だ! どの先生だ!」


 親父は煙草を出し、火をつけ始める。

 いや、ここ学校だぞ、オッサン。


「日本人じゃなかったな。英語の訛りが凄い……美人の教師だ」


 クリス先生か……!

 確かにあの人なら何か察されてもおかしくない……!

 しかし俺の個人情報を親父にペラッペラ喋りおって! 許せぬ……! 

 と言ってもクリス先生に文句を言う度胸など無いのだが。


「顔写真も見せてもらった、まさかあの朝霧さんの娘さんとは……世間は狭いな」


「……ん?! 親父知ってんのか?」


 煙草を吸いつつ、親父は思い出話をするように語り始めた。

 どこか寂しそうな顔で。

 紅葉を見上げながら。


「知ってるも何も……同じ高校だった。密かに惚れてたんだがな。彼女は既にもう彼氏が居たからな」


 あぁ、朝霧父の事か。

 確か学生の頃に知り合ってそのままデキ婚とか……


 って! 惚れてた?! なんだ、その話!


「しかもお前、ロミオとジュリエットだって? 昔、俺と朝霧さんがやった役だぞ。真似するな」


「知るか! っていうか……朝霧さんって……あれ? 昔から朝霧さんなのか?」


「何を言っとるんだ。朝霧さんは朝霧さんだ。結婚して彼氏の方が彼女の籍に入ったんだろう。朝霧さんは金持ちだったからな」


 そうだったのか。

 金持ち……確かにサイボーグ化してたしな。

 しかもナノマシンを操作出来るほどだったし……かなり金を積まねばならぬはずだ。


「あぁ、ちなみにその義体を提供したのも俺だ。彼女が事故にあったと知って病院に翔けつけた時には……延命処置でギリギリ生かされているだけの状態だった」


「……そ、そうなのか……」


「その時に……あの夫は諦めかけようとしていた。延命処置で苦しめるくらいなら……楽にしてやりたいってな」


 ……そうか。

 あの夫婦、妙に息が合ってるし、仲が良いと思ってたけど……そんな経緯があったのか。


「その時、俺は高校時代のロミジュリを思い出した。ロミオはジュリエットが死んだと思って毒を飲んだ。俺はあのエンディングが大嫌いでな。諦めようとしてる夫を一発ぶん殴って、その時研究していた義体のサンプルを無断で持ち込んだ。それで出世は遅れたが……後悔なんぞするはずもない」


「親父……あんた、良い人だったんだな」


 途端に親父は笑いだした。

 むむ、何が可笑しい。


「いや、いい人か……普段FDWの体を弄り回してる俺は……彼らの事を同等の存在だとは見ていない。精々喋る便利な存在程度だ。こんな研究してるとな、Friends of different worlds……異なる世界の”友人達”なんて思った事すら……無い」


 でも……親父がその時朝霧母を助けてくれなければ……

 今の朝霧は居なかったかもしれない。俺と朝霧が出会う事も無かっただろう。


「……あの夫は毒を飲もうとした。そして俺は毒を手にしようともしなかった。お前ならどうする」


「……なんだって?」


「だから……好きな女が死んだと思った時、お前ならどうする。諦めて毒を飲むか? それとも……ロミオのように……毒を飲むか?」


 ……ロミオのように?

 いや、ロミオは諦めて毒を飲んだんじゃないのか。


「……お前、ロミジュリ読んだ事ないのか」


「無いな。映画は見たけど」


 一段と大きな溜息を吐く親父。

 わ、悪いか! 悪いよな! そんな俺がロミオやろうってんだから……


「ロミジュリは……情熱的やらロマンティックやら言われてるが……俺から言わせればあれはホラーだ。終始、ロミオとジュリエットの周りには死の気配が立ち込めてる」


 なんだ、いきなり詩人みたいに……。


「ロミオは親友を殺され……報復にジュリエットの従兄を殺した。そして街から追放され、まさにどん底だ。そんな時にジュリエットが死んだと聞かされて……」


「もう諦めるしかないじゃないか。そんなどん底……」


「ところがだ。ロミオは信じていたんだ。ジュリエットと再会出来る事を。ロミオは生きる事それ自体は諦めたが、生きる目的……即ちジュリエットの存在を諦めたわけでは無かった。奴は本当に信じていたんだ。死ねばジュリエットに会えるとな。それは自殺か? と思う時があった。奴はただ単に、ジュリエットに会う為に電車の切符を改札に入れただけなんじゃないかってな」


 なんだ、その考察は……。

 毒を飲んで死んだんだから自殺だろ。

 それ以外に何がある。


「生きる定義を知ってるか、リオ」


「……? いや、知らん」


「そりゃそうだ。人類は未だに生きるという事を定義する事が出来ない。昔、高名な科学者がこう言った。人類は生きる事を定義するには、進化しすぎたってな」


 ちょっとまて、そんな難しい話されても……


「まあ聞け。人類は宗教や道徳心といった物を得るまでに進化し、今日までに至る。そして生きる為には他の人間の命を奪う事も必要になるだろう。過去行わて来た戦争は全て経済格差と人種差別が原因だ。だがそれに罪悪感を抱くまでに進化した人間が……どう生きるという事を定義できる」


「すまん、親父。よくわからん」


「そうだな、俺も良くわからん」


 おい、なんだったんだ、今の話は。


「要は目的を持てという事だ。死の概念すら曖昧なFDWが人権を得て、すでに生きる事を定義することなど不可能に近い。俺達は一体どこに向かっているのか、どこまで行けるのか。それを探求し続けるしかない。生きる定義……意味は自分で探せばいい。それが俺の考えだ。そしてお前はどうする」


「……俺は……」


 麻耶を守りたい。

 麻耶と一緒に……幸せになりたい。


「ロミオもお前と一緒だった筈だ。奴は目的を失ったわけじゃない。猛毒を飲んだ時……いや、奴が飲んだのは猛毒では無い、覚悟だ。いつまでもジュリエットと共に居続けるという覚悟を……奴は飲んだだけだ」


 覚悟……俺が麻耶と一緒に居続ける……守り続ける覚悟……


「その為には力が必要だ。やる気だけでは人は救えない。確かな知識と技術が必要だ。あの子を守りたいなら……それを得る必要がある……と、俺は思う」


 立ち上がり、携帯灰皿に煙草を捨てる親父。


「大学の話は……そうだな、遅くとも年末までには答えを出せ」


「年末って……それじゃあ遅すぎるんじゃ……」


「もう既に遅いわ。遅すぎるわ。俺が無理やりぶち込んでやる。試験に受かるかどうかはお前次第だ」


 そのまま立ち去ろうとする親父。


 俺はその背中を見て、つい呼び止めてしまう。


「なんだ、言っとくが誕生日プレゼントなんぞ……」


「違う、親父……俺は……」



 ロミオが飲んだ猛毒


 俺も……飲んでみようか、そう思っただけだ




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