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麻耶 P20

 リオ君が女子寮に侵入し、私に会いに来てくれてから、早乙女君が驚くほどに私達はロミオとジュリエットになり切っていた。演劇部の皆が協力してくれた事も大きい。


「レオ、お前凄いな。もう完全にロミオだ。セリフの棒読みだけ何とかすればいいとか思ってたけど……」


 確かにリオ君の演技は真に迫る物があった。

 練習を見学しているクラスの女子の中には、彼の演技を見て泣き出してしまう人も居るくらいだ。

 試しに本来の話通りにロミオとジュリエットが行き違いで死んでしまうパターンもやったところ、女子の大半がハンカチ無しでは過ごせない事態となった。


「朝霧さんも、怖いくらいだ。お前ら二人とも演劇部に居てくれたらなぁ……」


 それは無理だ。

 私とリオ君はいつもテストの順位で争っていたのだから。

 正直、最初はリオ君の事を憎んでいた。


 何故あの男が私の上に居続けるのか。

 何故私が二位で、あの男が一位なのか。


 あの男さえ居なければ……と何度も思った。


 でも今は違う。


 自分でも驚く程、私はリオ君に恋をしている。


 今は学校に来るのが楽しい。

 リオ君さえ居ればいい。

 それだけで……私は生きていける。


 でも……もしも、リオ君が居なくなったり……嫌われたりしたら……


 私は毒を飲んで自殺するかもしれない。


 ジュリエットもそんな思いだったんだろう。

 ロミオが居ないヴェローナに、彼女の居場所はなかったのだ。

 だから危険な懸けに出た。二度と目覚める事が出来なくなるかもしれない仮死薬を飲んで、二人で逃げようとしたのだ。


「あー、あー、でももう終わりかぁ」


 その時、男子の誰かがそう呟くのが聞こえてきた。

 もう終わり。それはこの楽しい準備期間が終わってしまうという事。


 そう、ついに明日は文化祭本番。

 ロミオとジュリエットは、その初日のラストで公演される。




 ※




 本日は午前も午後も文化祭の準備。

 どこもかしこも教室を飾り付けていて、グランドを見れば美少女コンテストなる物のステージが準備されていた。


「あれれー? どうしたん、麻耶。美少女コンテストが気になるー?」


 すると突然後ろから話しかけてくる声。

 驚きつつ振り返ると、そこには白い熊のヌイグルミが。


「……誰?」


「いややなぁー、私やって。瑠衣。演劇部から借りてきたんや。ロミジュリのPRに使おう思うてな」


 そういうのは男子にやらせればいいじゃないか。

 瑠衣はメイド服でも着て回った方が良い気がする。


「えー、こっちの方が可愛いやろ? ほらほら、もふもふやでー?」


 柔らかいヌイグルミの手で頬を包んで来る瑠衣。

 私も仕返しにと、瑠衣の胴体へ抱き付いた。

 日の下で干していたのか、太陽の香りがする。

 毛並みが相当に気持ちい。子供に人気が出そうだ。


「よちよち、麻耶、ちょっと歩かへん? 文化祭中はどうせ……ずっとレオ君と見て回るんやろ?」


 まあ……そうなるかもしれない。

 たぶん、そうなる。


「ならいまのうちに文化祭気分味わっとこか~ なんかテストで作ってるらしいで、クレープとか。可愛い一年二年の諸君を激励しに行こう~」


 基本的に売店の担当は一、二年が受け持つ事になっている。

 三年は演劇の公演のみ。あとはそれぞれの部活の出し物に駆り出される程度だ。

 私は部活すら入っていないからそれも無い。


「じゃあまずはクレープいこか! 確か一年Sクラスやで。売店並びに店出しとるみたいやわ」


「うん、いこっか」


 そのまま白い熊と手を繋いで廊下を歩く。

 時々異様な目で見られるが仕方ない。


 進学科棟の外に出て、売店通り……学校の正門から体育館手前まで、ズラリと食べ物系の店が並んでいた。なんだか縁日に来たようだ。機材のチェックも込めて、試しに作っている所もあるせいかいい匂いが漂っている。


「クンクン……お、あまーい匂いがしたで! クレープはあっちやな」


「どんだけ食べたいの、瑠衣」


 笑いながら白い熊に引っ張られ、一年Sクラスの出し物であるクレープショップの前に。

 するとそこには一生懸命、クレープの作り方を友達から教わっている戸城さんの姿が。

 彼女には本当に御世話になった。私達がロミオとジュリエットをまともに演じれるようになったのも、彼女のお陰だと言っても過言ではない。


「戸城さん、こんにちは」


 私が声をかけると、ホットプレートが熱いのか汗まみれの顔でコチラを向く戸城さん。


「あ、朝霧先輩……と……誰っすか、その白熊……」


「私ダヨ~ 戸城さん~」


 戸城さんは声を聞いて、瑠衣だと気づいたようだ。

 度々三年の教室に来て頂いては、演技の練習に付き合ってもらったからな。


「クレープ食べますか? 失敗作で申し訳ないッスけど……」


「食べる食べる~」


 瑠衣は嬉しそうに飛び跳ねる。

 だがヌイグルミの手でクレープは持てないので、私が二個受け取る。


「朝霧先輩、ロミジュリ頑張ってくださいね。俺ハンカチ用意してるッス!」


 いや、ハッピエンドバージョンだし……それでも練習を見ただけで泣いてしまう女子はいたが。


 戸城さんにお礼をいいつつ、中庭のベンチに座る私達。

 瑠衣はヌイグルミを着たまま、クレープをひたすら見つめていた。


「……瑠衣? それ、あたま取らないと……」


「ぁ、そっか」


 ガポっと白熊の頭を取る瑠衣。

 すると中からムワっと湯気が立ち、瑠衣自身も汗まみれだった。

 FDWも汗かくのか。


「あー、あっつ……もう結構冷えるのになー。麻耶、あーん」


「はいはい、あーん」


 手が仕えない瑠衣の口にクレープを運ぶ私。

 口元にベットリとクリームが付くが、瑠衣は気にしない。


「ん~、あまーい! 美味しい~」


 私も一口、イチゴを齧る。

 クリームの甘さとイチゴの酸味がちょうどよく絡み合っている。

 つまり美味しい。


「まーや、あーん、あーん」


「はいはい、あーん」


 再びクレープをねだる瑠衣の口元へと「あーん」する。

 幸せそうな顔をしながら食べる私の親友。


 そうだ、まだお礼言ってなかった。


「ねえ、瑠衣。ありがとうね」


「ん? 何が?」


 再び、あーんする私。


「リオ君の事。最初は……ほら、私……リオ君の成績を落す為だけに付き合ってたじゃん。瑠衣の提案で……」


「あー、あはは、そうだったねぇ。でも麻耶は最初から好きだったでしょ? レオ君の事」


 そう……だったかもしれない。

 憎しみと恋は紙一重。


 最初は本当に憎いだけだった、リオ君の事が。


 でも観察を続けて居る内、実は凄い良い人なんじゃないかと思えてきたのだ。


「ラブレター書け―っていったら……なんか果たし状書き出すし……」


「あ、あれは……全然思いつかなかったからで……」


「なんだっけ? 放課後、体育館裏に来られたし……だっけ? 最初、レオ君ビビリまくってたじゃーん」


「そ、そうだっけ……って! 瑠衣……最初から見てたの?!」


 確かあの時、リオ君が私のオデコをツン……とした辺りから見てたって言ってた気が……。


「当たり前じゃん、だってあんな果たし状出したんだよ? レオ君を疑ってたわけじゃないけど……万が一にも何かあったら困るじゃん」


「ぁ、まあ……そう……かな」


 クレープを瑠衣に与えつつ、あの時の事を思い出す。

 いきなり素人丸出しなファイティングポーズを構えだしたリオ君。

 思いだすとつい、笑ってしまう。


「でも麻耶、最近変わったよね。レオ君と付き合いだして……角が取れたっていうか、前は勉強しかしてなかったし。まあ、今でもそんなに変わらんけど……」


 それはそうだ。

 だって……


「私……最初はリオ君の事、ライバル視してたけど……観察してる内に気が付いちゃって……。私、リオ君の事……好きだ……って。好きな人が出来るとこんなに人生楽しくなるんだって……気づいちゃったから……」


 きっとジュリエットもこんな気持ちだったに違いない。

 ロミオの事を好きになって……目の前の景色がまるで違う物に……


「あーあー、でも……作戦失敗しちゃったなぁ……」


 そう、作戦。

 リオ君の成績を落す為のラブレターだった筈だ。


 まさかここまで好きになってしまうなんて……思いもしなかった。


「あはは、もうレオ君の成績落とすのは無理かなぁー」


「そうだね、リオ君の成績を落す為に付き合い始めたなんて言えない……」


 静かに肌をくすぐる風が吹く。

 太陽は出ているが、少々肌寒い。明日はいよいよ本番だ。また風邪をひいたら皆に申し訳が立たない。


「そろそろ戻ろっか。瑠衣」


「そやねー。んしょ……」


 再びシロクマの頭を被る瑠衣。そっとモフモフの手を取り、校舎の中へと戻る。


 帰り際、ふと先程まで座っていたベンチへと振り返ると……


 誰だろう、金髪の男の人がそこに居た。



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