リオ P19
第一会議室で仁王立ちしている女生徒。
その佇まいはどこか上品で、どことなく千尋の面影がある。
「私は花京院 雫。先輩には昼食のパンを譲ってもらった恩を返す為にここに居るわ。朝霧先輩の所まで、微力ながら手伝わせて頂きます」
花京院……そうか、千尋の妹か。
まさかあいつにも妹がいたとは。
しかし昼食のパンって……もしかして以前、麻耶が言っていた女生徒だろうか。
俺はあんまり覚えてないんだが。
「今は朝霧先輩は入浴中よ。そのスキを見て部屋に侵入しましょう。勿論他の女生徒と相部屋だけど……その女生徒には話は通ってるから心配ないわ」
そ、そうか。
それより俺は刺客の事が気になって仕方ないんだが。
「刺客……ね。あのバカ兄の遊びに付き合わされて大変ね。まあ大抵の生徒会メンバーなら問題ないわ。私の顔パスで通れるはずよ」
なんと頼もしい。
大抵の……って部分が非常に気になるが。
「では行きましょう。朝霧先輩が宿泊してるのは最上階、生徒会フロアよ。エレベーターに乗るにはIDが必要になってくるけど……梢にしたみたいに私の後ろから抱き付く度胸はあるかしら?」
「いえ、階段でお願いします……」
懸命ね、と雫さんは第一会議室から出て、三階へと昇る階段へと向かう。
そういえばさっきから女生徒見かけないな。皆風呂に入ってるのか?
「この時間帯は風呂、トイレ以外で部屋の外に出るのは禁止されてるのよ。女生徒よりも管理人の先生に見つかる方が厄介ね。ちなみにクリス先生よ」
マジか……クリス先生に見つかった日には生きて帰れる気がしない。
あの人の笑顔の奥には何かとてつもない闇を感じる。
そのまま三階、四階と素通りし、五階へと踏み込もうとした時、二人の女生徒が立ちはだかった。
だがこちらには雫さんが居る。顔パスで通れる筈だ。
「っく……まさかよりにもよってこの二人とは……」
「えっ?」
雫さんは一歩引き、俺の後ろに隠れてしまう。
五階を守っている二人の女生徒。
その顔は全く見分けが付かないほどにソックリだった。
もしや双子か。
「ここまで来るとは……褒めてやろう、先輩!」
「ほ、ほめて……やろう……うぅ……」
一人は自信満々、いかにも楽しんでますという雰囲気を出しているが、もう一人は恥ずかしそうに縮こまっている。なんだ、この可愛らしい双子ちゃんは。
「私は乙川 桜! 芸能科二年、演劇部所属! 生徒会の役職は広報担当!」
「お、おなじく……乙川 紅葉……進学科二年……演劇部所属……生徒会、広報担当……です……」
なんか……凄い性格に差があるな、この子達。
「ちょっと、お姉ちゃん! もっと声張って! それでも演劇部なの?!」
「うぅ、だ、だって……なんでパジャマで……しかも生徒会四天王とか訳の分からない設定で……うぅ、いくら会長の指示だからって……」
物凄く同情するぞ、というか大人しい方がお姉ちゃんか。
てっきり妹かと思った。進学科二年という事は……シアと同じクラスか。
「と、とにかく先輩! ここを通りたくば……私達を倒していきなさい!」
っく、元気いいな、この子。
演劇部だけに声もよく通る。
「さあ、行くわよ! 雫ちゃん! 離れてなさい!」
言われた通り階段から離れる雫さん。
ってー! 協力してくれるって言ったのに……
と、その時俺の目に入ってきたのは、乙川 桜の腕が変形し、まるでグレネードランチャーのような……
「食らえ……!」
「へ? って、うおぁ!」
射出されたのは水風船。
壁にあたり、辺り一面に水が……って、ちょっと湯気立ってない?
「ふふん、私達が入った後の風呂のお湯よ! 男なら本望ってもんでしょう!」
「さ、桜ちゃん?! そんなの入れてたの?! 止めて! 本気で止めてぇ!」
すると乙川 紅葉の足が変形し、まるで鞭のように桜の腹へと叩き来まれた。
乙川 桜は廊下の向こう側まで吹き飛ぶ。
「ぐ、ぐぅ……流石……我が姉……あなどりがたし……」
「ぁ、驚かせて……す、すいません先輩……私達、FDWなんです……ど、どうぞ、お通りください……」
あ、はぃ……と五階へと踏み込む俺。雫さんもいそいそと着いてきた。
「紅葉先輩、早くあのアホ(桜)回収して部屋に帰った方がいいですよ。たぶんクリス先生が駆けつけます、大声で喚き散らすから……」
「ぁ、うん……し、雫ちゃんも頑張って……」
そのまま双子を尻目に最上階へと向かう。
そこからは生徒会フロアのようで、床には赤い絨毯、壁は大理石模様と豪華仕様になっていた。
男子寮もそうだったが……なんで生徒会フロアだけこんな豪華なんだ。
「あ、そろそろ時間がマズいわ、先輩。急がないと……。あのバカ兄の言う通りなら、たぶん最後の刺客が……」
マジか。最後の刺客って一体誰なんだ。
嫌な予感しないが、生徒会フロア内にある朝霧の部屋へと向かう。
だがその廊下の先に、見覚えのある人影が。
ん? あれは戸城さんでは?
「待ってましたよ……先輩……」
そういいながら、戸城さんの傍らには見るからに海外の少女が。
金髪に中世ファンタジーに出てきそうなローブを身に着けている。
「戸城さん……まさか……」
「はい、最後の刺客はこの俺ッス。ラスティナ!」
『はい!』
ラスティナと呼ばれた少女は、手から魔法陣のような物を繰り出し壁一面へと貼りつけていく。
な、なんだこれ……もしかしてVR映像か? いや、しかし今俺はそんな機材もナノマシンも持っていないが……。
「先輩、この子はマシルっす。今は女子寮のローカルネットとコネクトしてるんッス。なのでこの建物内に居る人間全員、ラスティナの姿が見えます」
マシル……要はFDWか。
見るからに学校の生徒って感じじゃない。もしかして戸城さんが個人的に契約してるという事か。
そんなの……ベラボウな金が掛かるはずだが。
「先輩、そんなゆっくりしてていいんすか? 早くしないと……女子達が風呂から帰ってくるッス」
「え? ま、まあ……じゃあ急いで麻耶の部屋に……」
その時、雫さんが舌打ちする。
「やるわね、梢。先輩、部屋のナンバープレートが魔法陣で隠されてるわ。これじゃあどこが何号室なのか分からないわ」
え?
な、なんですと!
でも大抵入り口から若い順に並んでるハズだし、分からない何てことは……
「生徒会フロアの部屋は妙にセキュリティが凝ってて……毎日ランダムに部屋の番号が変わるのよ。私は朝霧先輩が「M521号室」に居るとしか聞いてないわ。つまり……」
「魔法陣を消さないと……何処がM521号室か分からない?」
コクンと頷く雫さん。
戸城さんは勝ち誇った顔で仁王立ちしている。
「さあ、先輩。魔法陣を消すには、俺を倒すしかないッスよ!」
っく、倒せって言われても……どうすれば。
金森さんの時みたく、ホッペを突けばいいのか?
「いい考えがあるわ、先輩……ホニャラララ……」
「え、えぇ?! そ、そんな事して大丈夫……?」
「問題ないわ。ガツンとやっちゃって頂戴。あの子にもそろそろ自覚してもらわないと」
自覚って……
戸城さん、自分が可愛らしい女子高生だという事を自覚してないというのか。
たしかにそれは危険だ。この世には想像を絶する変態など無数にいる。
戸城さんが狙われやすいという自覚が無いと、自分の身を守る事など出来ないだろう。
「さあ、どうしたんスか?! 怖じ気ついたんなら、さっさと男子寮に戻って会長にバカにされてください!」
っく、それは絶対に嫌だ。
仕方ない、雫さんから授かった作戦を強行するしかない!
俺はそっと姿勢を低くし、タックルするような体制に。
『梢さん、気を付けてください。何か仕掛けてきますよ』
ラスティナが戸城さんへと助言するが問題ない。
俺のターゲットは……
「うおぉぉぉ!」
『へ?』
ラスティナ、君だ! と抱きかかえ、そのまま拉致り雫さんの所に戻る。
「さあ、戸城さん。ここまでだ。ラスティナちゃんに壁の魔法陣を解除するように言うんだ。さもないと……」
「さ、さもないと?」
『さもないと……?』
お姫様抱っこしているラスティナちゃんを見る。
やばい、この子可愛い。こんな娘が欲しい。
「おい、千尋、聞こえるか? 今から戸城さんの個人情報を言うから男子達に言ってやってくれ」
「なっ……お、俺はそんな事されても動じませんよ! それにラスティナも言う筈ない……」
『えっと、まず梢さんのバストは○○○です』
あっさりラスティナちゃんは個人情報を開示する!
それを聞いた男子達は興奮し始め、俺はヘッドセットの音量を最大にして戸城さんにも聞かせた。
『と、戸城さんすげえ……』
『っぱねえ……今度……お願いしてみようかな……』
『可愛い上にそんな……天使?!』
口々に感想を述べる男子達。
すると戸城さんの顔は見る見る赤くなっていく。
そして続いてペラッペラとラスティナは戸城さんの個人情報をゲロっていく。
『梢さんの好きな男性のタイプは、生徒会長、または背の高いお兄さん系です。あと女子風呂に入る時、いまだにタオルで目隠ししています。意味が分からない人は【俺、女子高生始めます】を参照してください。これは宣伝ではありません』
それを聞いた男子達は更に興奮を隠せなくなっていく。
俺がお風呂に入れてやるだの、お兄さん系は俺だと次々と言い始め……
「わ、わぁぁぁ! 俺の好きな人は……も、もう居るから無理! も、もう、ラスティナ! 解除して!」
『もうリタイアですか。仕方ない人ですね』
壁一面に表示された魔法陣は解除された。
すると目の前にある扉に「M521号室」の文字が。
まさにここだったのか。
戸城さんは床へ座りこみ、モジモジと縮こまっていた。
ラスティナちゃんを床に降ろすと、パタパタと駆け寄っていく。
そして雫さんも、俺へとアイコンタクトしながら戸城さんの元へ駆け寄った。
「ほら、梢。これで分かったでしょ? もう気楽に男子寮に入ったりしちゃダメよ」
「うぅ……花京院 雫ぅ……」
そのやり取りを尻目に、俺は麻耶の部屋へと踏み込んだ。鍵は開いていた。恐らく相部屋の女生徒が開けておいてくれたのだろう。戸城さんが廊下に居たのは、誰も部屋の中に入らないか監視の役割もしていたのか。
中は真っ暗で何も分からないと思ったが、雲に隠れていた月が顔を出すと、月明かりで部屋の様子が見て取れた。
ふと壁際に置かれた鞄に目が行く。
鞄の上に丁寧に畳んで置かれているマフラー。
俺がシアに貰った手編みのマフラーだ。
「やっぱり……妹が編んだ奴をプレゼントっていうのは……不味いか。でもこれないと麻耶また風邪ひいちゃうかもしれないし……」
今度一緒に買い物に行こう。
その時に麻耶が気に入ったのを……いや、やっぱり俺が個人的に選んだ方がいいのか?
でも麻耶と買い物にも行きたいし……。
そう試行錯誤していると、部屋の扉が開けられた。
入ってきたのは麻耶本人。
「え? な、なんで……リオ君?」
見るからに風呂あがりで、パジャマは少し大きめなのか、袖を曲げて着ている。
恐らく藤崎か、相部屋の人間から借りているんだろう。
「ごめん、麻耶……驚かせて……。ちょっと、ロミオっぽく……会いに来た」
麻耶はそっと扉を閉めると、俺の前まで歩み寄ってくる。
そっと歩み寄ってきた麻耶を抱きしめる。
いい匂いがした。
パジャマ姿の麻耶は、いまにも折れてしまいそうな、か弱さが見て取れる。
いつもはパリっとした制服だから気が強そうにも見えるが、今の麻耶は……何も着飾っていない、素の状態。
「麻耶、ちょっとセリフの練習しよう」
「……うん」
今なら……ロミオの気持ちが分かる。
苦労して麻耶に会えた。そして結構な人数が周知しているが、一応秘密裏に俺はここに居る。
「あの月に誓おう、私はジュリエット、貴方に永遠の愛を誓います……」
「いやよ……月になんて誓わないで。月は掛けるわ……私は怖い、貴方がいつか……私に飽きてしまうのではないかと」
多少セリフが違う気がするが……問題ない。
「では……自分自身に誓おう。私はジュリエットに永遠の愛を誓う」
「あぁ、ロミオ……証が欲しい。貴方の愛の証が……」
そっと、唇を重ねる
月明かりの下
無限と思えるほど長い時間
俺と麻耶は互いに永遠の愛を誓った
ロミオ……ジュリエットに会いたかったんだよな
今は……その気持ちが痛い程に理解できる
だって……会えた時、こんなにも嬉しいんだから




