リオ P18
男子寮、生徒会専用会議室に、我がクラスの男子が全員集っていた。
その理由は俺をロミオにする為らしいが。
「さて、諸君。ついにこの時がやってきたな」
場を仕切るのは生徒会長、花京院 千尋。
会議室のスクリーンには、何故か女子寮の見取り図が。
「諸君に集まってもらったのは他でも無い。文化祭を成功させるために、最も重要な任務をこなしてもらう為だ。即ち……レオをロミオにする」
よくわからん。
俺は一体何をさせられるんだ。
「要は……ロミオとジュリエットのあるワンシーンを再現する。レオ、ちょっと女子寮に忍び込んで朝霧さんに会ってこい」
「……はぁ? ちょ、待て! それは下手したら刑事事件だろ!」
「大丈夫だ、そうならないために協力者はいる。戸城さん」
そこに現れたのは、パジャマ姿の戸城さんと早乙女。
男子達は拍手喝采で出迎える。
「女子寮に忍び込む為、ID解除は戸城さんにしてもらう。その後はもう朝霧さんの所に直行……」
「まてまてまてまて! ここ男子寮だよな?! なんで当然のように戸城さんが……っていうか、俺が女子寮に?! 見つかったら女子に袋叩きにされるだろ!」
ニヤっと笑う千尋。
なんだ、まだ何かあるのか?
「だから言ってるだろ。男子全員でフォローする。お前の位置は携帯のGPSでこの地図に表示されるようになってる。朝霧さんの所までちゃんとナビはするし、中の様子は戸城さんと数人の生徒会メンバーがお前に伝える事になってる」
いや、まるで覗きじゃないか。
そんなの出来るわけが……
その時、戸城さんが俺の袖をクイクイ引っ張ってきた。
「先輩、俺思うんス。演劇には勿論技術とか必要ですけど……それ以前に、自分も登場人物の一人なんだって自覚が必要なんです。失礼ですけど……先輩にはその自覚が足りてないッス」
うっ……そんな事言われても……。
男子の俺が女子寮に忍び込むなんて……そんな事しなくてもロミオとしての自覚を持つ方法なんていくらでも……
「レオ、文化祭までは残り12日程度しかない。このミッションをこなせば、お前は確実にロミオとして自信を持つ事が出来るだろう。もし他の方法とやらがあれば教えてくれ。それで確実に……お前は文化祭を成功させる自信があるか? 俺達のロミジュリが全てを左右すると言っても過言では無いんだ」
そんな事言われても……
そもそも、この方法で確実にロミオになりきれるって根拠は何だ。
「理屈じゃない! 肝心なのは行動だ!」
根拠なんて一欠けらも無えじゃねえか!
誰がやるか!
「え、先輩……やらないんすか?」
その時、戸城さんが涙目で、しかも上目使いで俺を見て来る。
な、なんて目で見つめてくるんだ、この子。
や、やばい、心が……俺の心が悲鳴をあげてる。
「折角……俺頑張って準備したのに……」
「わ、わかったっ、やるよ、やればいいんだろ?!」
会議室に男子達の咆哮が上がる。
他のクラスの生徒会役員から苦情が来たのは言うまでも無い。
※
「こちらロミオ、見えてるか? オーバー」
『ばっちりだ。ちゃんとGPSは作動してる。では女子寮へ潜入してくれ、オーバー』
ヘッドセットを装備し、ジャージ姿で戸城さんと共に女子寮前へとやってきた。
この特殊部隊のような無線連絡には何の意味もない。ただのノリだ。
「じゃあID解除するッス。できるだけ俺にくっついて門潜ってください」
「う、うん……」
ピト……と戸城さんの体に触れるか触れないかくらいでくっつく。
「ダメっす、もっとッス!」
ぐい、と引っ張られ……後ろから抱き付くような格好に。
ぎゃー! 任務失敗! もう俺の心は限界よ!
「何いってるんすか。じゃあ解除するッス」
ピっと腕を翳してID解除する戸城さん。
そのままゆっくり門をくぐろうとするが……うぅ、なんかいい匂いがする。
しかもさっきから……手に非常に柔らかい感触が……こ、これってまさか……
「先輩、別に俺気にしてないッスけど……くすぐったいッス……」
「ごめん、戸城さん……何処がくすぐったいのか……教えてほしいんだけど……」
「なかなかセクハラしてくるッスね。全ての男子の憧れであり、夢が詰まってる所ッス」
ぎゃー! やっぱり……うぅ、耐えろ、耐えろ俺!
そのまま無事に? 女子寮の門を潜る俺。
さて、ここからどうすればいいんだ?
『入ったか? では裏口に回ってくれ。そこから右の壁沿いに歩けば裏口の扉がある。途中窓もあるから頭は低くしろよ、オーバー』
裏口からか。了解。
「じゃあ先輩、健闘を祈るッス。刺客に注意してください」
「刺客……? って何……」
俺の質問にニヤっと笑いながら、正面玄関から女子寮の中に入ってしまう戸城さん。
なんか嫌な予感しかしない。
「まあ仕方ねえ……摩耶に会う為だ……」
確かに摩耶に会いたい。
パジャマ姿の摩耶に……。
いや、パジャマ姿ならこの前見たが、あの時は風邪をひいて寝込んでいたからな。
パジャマを着た元気な摩耶が見たい。
「意味わからん……自分で言っといて……」
そのまま頭を低く、見つからないように移動。
裏口に到着すると、再び千尋へとコール。
「千尋、裏口に着いた。この先には誰も居ないか? オーバー」
ん? どうした、千尋。
返事が無い。
「おい、千尋……聞こえないのか? オーバー?」
ダメだ、何故かは知らんが千尋と連絡が取れない。
まあ仕方ない、ここはそっと裏口の扉を開けて中を確認するしか……
「待っていたぞ、先輩」
その時、薄く開けた瞬間、目の前に女子生徒の姿が。
思わず一回閉め、落ち着いてから再び開ける。
「待っていたぞ、先輩」
再び同じことを言ってくる女生徒。
な、なんだこの子。俺が来る事を知っていたのか?
「私は生徒会のメンバーだ。中に入れ、今はこの辺りに人は居ない」
あぁ、よかった。味方だったのか。
言われた通り中に入ると、何故かバットを構える女生徒。
え、何する気?
「では改めて自己紹介を。情報技術科二年、金森 月夜 生徒会、会計にしてソフトボール部では四番バッターを務めている」
ぁ、はい。
で……なんでバット構えてるの?
「朝霧先輩に会いたくば……私を倒していくがいい。ちなみに小学校の時は摩耶先輩と同じ剣道道場に居た。私にとって、この何でもないバットは最強の凶器だ」
いや、別に貴方でなくとも凶器だろ!
というか倒していけって……なんだ、この少年漫画のような展開は!
まさか戸城さんが言っていた刺客って……
「私達、生徒会四天王の事だ」
いや、その設定絶対今作っただろ。
というか、刺客って四人もいるのか?!
「では……推して参る!」
およそ五メートルは離れていた筈の金森さんが、一瞬にして俺の鼻先にまで間合いを詰めていた。
そのまま俺の顔面に向かってバットを振り下ろしてくる!
「うぉぁぁ!」
ギリギリの所で避ける俺。
そこでここぞとばかりに金森さんは……
「中々だ、先輩……だが……まだまだ動きにスキが……」
「ご、ごめん、隙あり!」
長々とセリフを喋り出す金森さんのスキを見て、その頬へ人差し指を突き刺した。
その瞬間、金森さんは崩れるように倒れた。
「っく……こんな優しい攻撃でやられるとは……いいだろう、先輩……私の負けだ、しかし」
「ご、ごめん、俺急いでるから……」
「あぁ、ちょっと待ちぃ! 最後まで言わせよ!」
君は話が長いんだ! 俺は行く!
そのまま第一の刺客を退けた俺は、千尋への通信を再び試みる。
『あぁ、やっと通じた……何者かに通信を妨害されてたん……』
「噓つけ、おい、なんだ刺客って……金森さんって子がバットでガチ殴りしてきたぞ」
『おぉ、彼女を退けたか。だがこの先は更に困難が待ち受けているぞ、お前に越える事が出来るかな? オーバ』
お前は一体どっちの味方だ!
さっさと次、どこに向かえばいいのか教えろ!
『もちろんお前の味方だ。次は……裏口から北に行くと階段があるだろう。それを上ってすぐ、第一会議室へ入ってくれ。そこに協力者がいる』
本当に協力者か?
また刺客なんじゃないのか?
『大丈夫だ、正真正銘の協力者だ。少し扱いにくいだろうが、お前なら大丈夫だろ』
待て、扱いにくいってどういうことだ。
ってー! また通信妨害発生しやがった!
覚えてろよ……。
そのまま階段を上り、第一会議室の前へ。
ノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえてきた。
扉を開け、中に入ると……
「ようこそ先輩、歓迎するわ。いつも私のバカ兄が世話になってるわね」
腕を組んで仁王立ちした女生徒がそこに居た。