麻耶 P17
本格的なロミジュリの練習が始まった。
まずは台本を持ち、セリフを読み上げる。
「ぁ、あぁ、ロミオ様、ずっと待っていたのよ(某)」
「ジュリエット、月に誓おう、私は君の事を(某)」
「月になんて誓わないで。月は欠けるわ、私は怖い、貴方がいつか、私に飽きてしまうのではと(某)」
「では自分自身に誓おう、私はジュリエット、君の事を――(某)」
そこまで読んで、早乙女君から待ったがかかる。
むむ、なんか不満でも?
「不満しかないわ! お前等、ほんっとに棒読みな! あかん……残り二週間も無いんだぞ。どうやってこのド素人を一人前のシベリアトラに……」
そんな事言われても……
本当に演劇など幼稚園以来だ。
それ以降はずっと裏方で小道具作ったりしてただけだし。
「仕方ない、荒療治するか。レオ、お前まだ恥ずかしがってるんだろ。恥ずかしがることなんて無い。むしろなりきれない方が恥ずかしいんだ、どうすればロミオになれるか考えろ」
「どうすればって……」
腕を組んで考え込んでしまうリオ君。
そして早乙女君は私にも貴重なアドバイスをくれる。
「朝霧さんは……カラオケとかやった事ある?」
カラオケ……?
いや、行った事すらないが。
そう答える私に、女子達は驚愕の眼差しを向けて来る。
なんだ、そんなにおかしいか。
「麻耶……カラオケ行った事ないん?! じゃあ行こ! すぐ行こ!」
そう勧めて来る瑠衣を押しのける早乙女君。
「朝霧さんはレオと違って……感情移入はしやすいでしょ? ちょっとイントネーション滅茶苦茶にする感じで読んでみて。みんなの笑いを誘うみたいに」
なんだそれは。
よくわからないが演劇部部長の言葉だ。
きっと何か意味があるに違いない。しかしイントネーションを滅茶苦茶に……と言われても。
「じゃあ俺が手本を見せると……ぁあ! ロミオォ……様ぁ! ずぅぅぅっとぉ……待ってたのよぉ!」
なんて情緒不安定な女なんだ、ジュリエット。
しかし変なのに、早乙女君の読み方はどこか真に迫る物がある。
上手くは言えないが、全力でやっている、という事は分かる。
「ほい、朝霧さんやってみて。上手くやるんじゃなくて、笑いを誘うように」
「ん……ぅん。……ぁぁ……ロミオォ様ぁ……」
「もっと声張って! 朝霧さんはずっと待ってたのに、レオが妹と喫茶店でイチャイチャしてるって想像してみて!」
ぁ、なんかムカついてきた。
あんな超美人な妹と……喫茶店でイチャイチャしているリオ君を想像する。
そして寒空の下、その様子を窓の外から一人眺める私。
何で……何で……
「あぁ! ロミオ! ずっと待ってたんだぞゴルぁ!」
「その調子! さらにイントネーション崩して! 体を揺らして、悶える感じに!」
「月になんて……誓わないで! 月は掛けるわ……」
ぁ、なんか……強弱の付け方が……
「私は怖い……貴方がっ……いつか、私に飽きてしまうのではないかと……」
こんな感じかな?
と、早乙女君に感想を求めると、異星人が唐揚げを食べているのを目撃してしまったような目で私を見ていた。
「ま、マジか、こんな適当な指示で化けるとは……」
おい、ちょっと待て。
なんだ、適当な指示って。
「朝霧さん、今からでも演劇部入らない? 来年イギリス行けるかもよ!」
「……遠慮しとく……」
※
下校時間が迫ってくる。
だが皆は宿泊するようで、それぞれ荷物を持って寮の方へ向かいだした。
私は帰らないと……宿泊道具なんて持ってきてないし……。
「まーや、ほら、何してるん? さっさと寮いくでー」
「ぁ、いや……私宿泊道具なんて持ってきてないし……今日は帰るよ」
そう告げる私に、瑠衣は首を傾げ、その直後何かに気づいたように鬼の形相になる。
「ちょっと! どうゆうことなん、ちーちゃん!(生徒会長) 麻耶にも宿泊の事、連絡するって言うとったやん!」
その瑠衣の訴えに、生徒会長はあからさまに焦りだした。
そして瑠衣にビビりつつ
「いや、てっきり藤崎さんがしてくれるものと思ってて……すまん、俺のミスだ……」
「あー、もう、しっかりしてや、麻耶が可哀想やん、皆宿泊するんに……」
え、皆するの?
そうか、そりゃそうだよね。
最後の文化祭なんだ。皆でやり遂げたいって……皆……思って……
「ってー! 麻耶?! 泣かんといてや……ご、ごめん、私も連絡しとけばよかったんや……ど、どうしよう……今からでもオジサンとおばさんに私から……」
いや、無理だ。
母親はともかく、父が許可する筈が無い。
悔しい……なんで私は風邪なんて曳いてしまったんだ。
そんな私の頬を、そっと抓る手。
「……いふぁい……」
「朝霧はどうしたい、皆で宿泊してくか?」
私の頬を優しく摘まんできたのはリオ君だった。
私は……
「みんなと……一緒に頑張りたい……」
「了解、任せろ」
※
女子寮の一室の窓から、満月を眺める私と瑠衣。
瑠衣は嬉しそうに尻尾を振っていた。実際尻尾など無いが。
「かっこよかったなぁ、レオ君。了解、任せろ……って。あの後、簡単にオジサンの許可貰えるなんて……何があったん?」
「さあ……」
それは私が一番知りたい。
一体、父とリオ君に何が有ったのだ。
あの堅物の父が急な宿泊を許可するなど……考えられない。
「まあ何はともあれ……女子寮楽しいなぁ、あとで皆でトランプやろうなー?」
「いや、練習は……」
その為に宿泊したのでは……と思ったが、瑠衣は何か企んでいるように笑いを堪えている。
「ロミオになりきれんリオ君のために……なんか早乙女君が考えてるらしいで。女子はそれぞれ自習やと」
自習か。
じゃあ私はセリフを少しでも覚えるかな。
「真面目やなぁ、麻耶は。じゃあ私がロミオ役やったるわ。ぁ、でも……その前にお風呂行かへん? 女子寮の風呂って結構広いんやよ」
ん? 瑠衣は女子寮に泊まった事あるの?
「逆に麻耶は何で無いん? 一、二年の時にも文化祭の準備で泊まらんかったん?」
そういえば……泊まった記憶が無い。
私にとって文化祭などただのお祭り騒ぎ程度の認識だったから。
逆に授業を受けれなくてイライラしていた物だ。
「麻耶も変わったなぁ、そういえば、もう言い訳しいへんな」
「言い訳……? なんだっけ、それ……」
「だからぁ……レオ君と付き合っとるのは、成績を落して自分が一位になる為……って奴」
いや、それは元はと言えば瑠衣が言いだした事じゃないか。
私はもうそんな事……思っても居ない。
というより、そんな事考える暇がない。
リオ君を見たら……私はもう心臓が破裂するくらいに焦ってしまう。
「可愛いなぁ、麻耶。結婚式は絶対いくでな」
「……うん……」
満月を見上げる
眩しい程に光を放つ月
その静かな優しい光に見惚れる
いつか
いつか私も……あんな風に好きな人を照らしてあげれたら……