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リオ P15

 ロミオとジュリエットの話は悲劇だらけだ。

 まず憎しみあってる両家の息子と娘が惹かれ合ってしまう事から始まり、ロミオは親友のマキューシオをジュリエットの従兄に殺されてしまう。

 死ぬ間際、マキューシオは両家に呪いあれ、と呟きながら死んでいく。


『呪われてしまえ、両家に呪いあれ、モンタギュー家もキャピュレット家も、呪われてしまえ!』


 悲しみに暮れたロミオは、マキューシオを手に掛けたティボルトを殺してしまう。

 それにより、大公エスカラスはロミオをヴェローナから追放の刑とし、従兄とロミオを同時に失ったジュリエットは教会の神父であるロレンスへと相談し、とある作戦を授かった。


 それが、この物語の最大の悲劇……ジュリエットが仮死薬を飲み、本当に死んでしまったと思い込んだロミオも猛毒を飲んで死んでしまう。そしてジュリエットも後を追うように命を絶った。


 救い所の無い悲しい話のように思えるが、俺があの映画を見て最初に抱いた感想は怒りだった。


 俺が怒っているわけではない。


 シェークスピアの怒りを感じたのだ。


 憎しみという愚かな感情で二人の男女を裂こうとする行為、そのものに対して。



 ※



 家に帰宅し、まず最初にした事はロミオとジュリエットの文庫本を読み直すことだった。

 だがまだすべて読んだわけではない。大半が詩で構成されているような小説。場面が飛び飛びで訳が分からなかったが、今ならば理解できるかもしれない。


『憎しみと恋は紙一重。激しいトゲの様にジュリエットの心へと突き刺さり、狂いそうな痛みに襲われる』


 その一文を読んだ時、俺は文庫本に栞を挟んで置いてしまう。


「あかん、分からん……」


 何故憎しみと恋が紙一重になるんだ。

 真逆じゃないか。まったく別の感情では無いか。

 この文庫本を書いた作者は一体何を感じたのだ、ロミオとジュリエットに。


「まあ、そこまで考える必要もないか……」


 要はストーリーさえ理解していればいい。

 その上でロミオのセリフを覚え、感情をこめて声に出すだけだ。

 演劇など全くの初心者だが、所詮高校の文化祭での出し物。何もそこまでロミジュリに感情移入する必要はない。


「ただいまー、兄様? 帰ってます?」


 シアが帰宅したようだ。

 俺は返事をしながら部屋から出ると、何やら両手に主そうな買い物袋を持っている。


「シア……それどうしたんだ? そんなに買って……」


「いえ、兄様も栄養付けないと……朝霧先輩のように風邪で倒れてしまっては……それこそロミオとジュリエットのように行き違いになってしまうでしょう?」


 そういう事か。

 流石我が妹! と両手が塞がっているシアを抱きしめる。


「ふぉぁ! な、何するんですか! 無抵抗の私に対して……!」


「いや……シアもいつかお嫁に行ってしまうのかと思うと……お兄ちゃん寂しい」


 頭を撫でまわし、頬ずりし、これでもかというくらい抱きしめる。


「……き、今日はお鍋ですから。兄様はお風呂の掃除して先に入っててください」


「あぁ、分かった……何だったらシアも一緒に入るか? たまには……」


 可愛い妹の反応を期待して言い放つ俺。

 だがシアは首を傾げつつ


「ぁ、はい。じゃあ後でお邪魔しますね」


「ごめんなさい嘘です、申し訳ありませんでした……」




 ※




 二人共風呂を済ませ、鍋をつつく。

 これはキムチ鍋か。流石我が妹……美味すぎる。


「ところで兄様、映画はどうでした?」


「ん? あぁ、面白かったぞ。現代風のロミジュリでもストーリーは変わらんよな?」


 鶏肉の団子と汁を皿に注ぐ。

 ハフハフと団子に齧りつき、キムチのスープが浸み込んだ味を堪能する。


「そうですね、基本的な所は変わらない筈ですよ。雰囲気は全く違いますけどね。でもあちらの方が理解しやすいでしょう?」


 まあ確かに。

 ストーリーは理解しやすい。


「そうじゃなくて……ロミオとジュリエットが度々口にしてませんでしたか? 憎しみと恋は紙一重って……」


「……ん? あの映画でも言ってたっけ……それってどういう意味なんだ、まったく真逆じゃないか」


 シアは底の方にある肉の塊を崩しつつ、俺の皿へと放り込んで来る。


「真逆だからですよ。分かりやすくいえば……厳しい人は優しいと思いますか?」


 なんだそれは。

 厳しいんだから、優しい筈が無いだろ。


「よく言うじゃないですか。出来の悪い子ほど可愛いって。厳しく出来るって事は、ある程度信頼してるからだと思うんですよ。相手を想って、いつか大きな間違いを犯さないように……それは優しさだとは思いませんか?」


「人によると思うけどな……ただ叱るだけの奴もいるし……」


「兄様、人の話聞いてました?! 別に厳しいって叱るだけじゃないでしょう」


 むむ、確かにそうか。

 クリス先生とかテストの採点かなり厳しいもんな。

 この前の実力テストでも、唯一……99点だったのはクリス先生の英語だ。

 小文字のyがxに見える……と減点されてしまったのだ。


「それは単に兄様の字が怪しいだけですよ。でもクリス先生は今の話にはピッタリですね。厳しいですけど、すごく優しくていい先生ですし」


「それに美人だしな」


 あれでまだ独身だというのだから信じられない。

 今までいい出会いは無かったのだろうか。


「と、まあ……なんとなくは分かりましたか? 憎しみも恋も……ずっと相手の事を考えている所は同じです。ほんのちょっとした事で……恋が憎しみに変わってしまう事も有るって事ですよ。その逆も」


 成程。なんとなくは分かった。


 でも……


「シア、俺はあの映画見た時、シェークスピアが怒ってるように感じたんだ。モンターギュ家もキャピュレット家も……いつまでも憎しみ合ってるから二人が死んだんだって」


 白菜を頬張ってウサギのように頬を膨らませながら食べているシア。

 そのまま飲みこむと、少し考えるようにキムチのスープを飲み干していく。


「まあ、そうかもしれませんね。兄様がそう感じるのは大切だと思いますよ。でも私は……シェークスピアの怒りというより……彼は鈍感だったんじゃないかって思いましたけど」


 何てこというんだ。

 恋愛悲劇を書く凄い人だぞ! 鈍感なわけあるか!


「だって……もし私がジュリエットだったら……さっさと連れて逃げてくれればいいって思ってしまいましたし……」


 いや、それは色々あったからだろ。

 貴族の息子として生まれたんだから、跡継がなきゃ……とか。


「それが鈍感なんですよ。ジュリエットが死んだと思った時、彼は猛毒を口にしたんですよ? それだけ想ってたのなら……さっさと駆け落ちすれば良かったんですよ」


 おおぅ、なんか身も蓋もないような気がするんですが。

 そんな事いったらロミジュリじゃ無くなってしまう。


「つまりは、自信が無かったんですよ、ジュリエットが死んで初めて……ロミオは自分がそこまで愛されているって気づいたんです。ジュリエットを殺したのは、ある意味ロミオが鈍感だったからなんですよ!」


 お、落ち着きたまえ!

 分かったから!


「兄様は大丈夫ですよね?」


 ん? 何がだ。


「兄様は……朝霧先輩に愛されてるって……分かってますよね?」


 思わずキムチ鍋の汁が気管に入り、鼻から出そうになる。

 咳き込みつつ、シアから水を貰って一気飲み。


「お、おま……シア! な、なんで俺が朝霧と付き合ってるって……」


「だから生徒会長から聞いたんですよ。朝霧先輩から果たし状が届いたって聞いた時に」


 その時既に知ってたんかい。

 なんだか二人に弄ばれている気がする。


「で? 兄様は大丈夫ですよね?」


 シアの言葉に、数秒考えてしまう。

 朝霧の顔を思い浮かべ、本当に俺の事を好きでいてくれているのか、と。



「あぁ、俺は……朝霧の事好きだし、朝霧も俺の事を好きでいてくれてる……と思う」



 真面目に返答する俺


 シアは、キムチ鍋を食した事とは全く別の理由で顔を真っ赤にしていた。



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