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リオ P13

 文化棟二階。

 その隅に演劇部の部室がある。

 この学校は文科系の部活にも力を入れていて、特に演劇部は毎年有名な大会まで行ってるらしい。

 去年も確かイギリスまで行って公演してきたとか。


「お待たせッス、先輩」


「おう」


 部室の前で待っていた俺の所に駆け寄ってくる戸城さん。

 扉の鍵を開け、中に入ると凄まじいまでに散らかった部室の光景が目に飛び込んできた。


「すんません……ちょっと散らかってて……」


「ぁ、あぁ……」


 扉を閉めつつ部室の中に入り辺りを見渡す。

 演劇で使う小道具らしき物が散乱していた。

 だがその中に、一体……椅子に座る女子生徒の姿が。

 しかし微動だにしない。まるで人形のように動かない。


「戸城さん……この子は?」


「ぁ、一応FDWなんですけど……その、まだ幼いっていうか……今は眠ってるだけです」


 幼い?

 見た目は高校生にしか見えんが。


「その……差別用語で申し訳ないんですけど、AIとして幼いという意味で……」



『聞こえてまス、梢』


 その時、耳に届く異質な声。

 ゆっくり女生徒は目を開け、俺を確認すると会釈してきた。

 だがその動きは何処かぎこちない。


「ご、ごめん、マクティ……」


『イエ、説明としては最適だと思われまス。別に責めてはいませン』


 なんだかイントネーションがおかしい。

 まるで映画に出てくるような一昔前のロボットだ。


『コチラの方は?』


 俺の事を上から下まで全身くまなく舐めるように観察してくる。

 なんだか視線がくすぐったい。


「えっと……三年の葉月 リオ先輩。今からロミオとジュリエットの映画みようと……」


『葉月 リオ……先輩。よろしくおねがいしまス。私はマクティベル……元々軍事AIだった為、この発音は許して下さイ』


 椅子から立ち、深々と頭を下げて来るマクティベルさん。

 タイの色からして一年か。FDWって色々居るな……藤崎とか人間と変わらないのに。


『ところで梢。ロミオとジュリエット、とは……ウィリアム・シェークスピアの恋愛悲劇ですカ?』


「うん、一緒に見る?」


『見まス。人間の感情、理解したいので』


 言いながら準備しだす戸城さんとマクティベルさん。

 戸城さんは古そうなディスクを棚から引っ張りだし、マクティベルさんは部室内にあるスクリーンを起動させる。


『葉月 リオ……先輩は座ってて下さイ。私達がやるのデ』


「ぁ、うん……先輩って言いにくそうだし、リオでいいよ」


『そうですカ。ではリオ、私の事もマクティと。すぐに再生しまス、座っていてくださイ』


 はい、とパイプ椅子に座る。

 スクリーンに映像が流れ始めると、俺の両隣に座りだす二人の女生徒。

 両手に花とはこの事か。俺には朝霧がいるのに……。



 ※



 ロミオとジュリエット。

 それは二人の男女による恋愛悲劇。

 何の因果か、敵対する貴族同士の息子と娘が惹かれ合ってしまう。


 この時点ですでに悲劇かもしれない。

 もし俺が……朝霧家のご両親に徹底的に拒絶されたら、流石に心が折れるかもしれない。

 しかし、いつかシアと会話した内容を思い出す。


 その程度で諦める事が出来たなら、所詮その程度の思いだったのだと。


 スクリーンに映し出される男女。

 ロミジュリ自体は中世の話だが、この映画は現代風にアレンジしてある様だった。

 だが内容はそこまで変わらないだろう。


 ストーリが進むにつれ、見るのが辛くなってくる。

 なにせ結末は知っているのだ。幸せそうに会話する二人を見ていると胸が張り裂けそうになる。

 それだけいい映画なんだろう。すでに俺は泣きそうだ。


「うっ……グス……」


 どうやら戸城さんは既に泣いているようだ。

 マクティは……ひたすら無表情でスクリーンに見つめていた。


 物語はクライマックス。

 ジュリエットは仮死薬を飲むが、二人で逃げる計画が上手くロミオへと伝わらなかった。

 ロミオはジュリエットが本当に死んでしまったと思い込み、猛毒を飲む。その瞬間目覚めるジュリエット。


『酷い話でス……』


 マクティの嘆く言葉に思わず頷いてしまう。

 酷い話だ。悲惨すぎる。愛し合った恋人同士が二人とも行き違いで死んでしまうのだ。

 ロミオの死を確認したジュリエットは、その場に有った拳銃で自分のこめかみを打ち抜いて自殺する。

 そして両家の当主達は、ここでやっと和解。

 なんともやりきれない話だ。



 映画が終了し、スタッフロールが流れる頃、戸城さんは既に号泣していた。

 ハンカチで顔を覆い、思わず抱きしめてあげたい程に悲しんでいる。


『話としては面白かったでス。しかし私は好きにはなれませン』


「う、うぅぅうぅぅ、マクティ……俺もだよぉぉぉ……こんな悲しいお話、嫌だよぉぉぉ……」


 戸城さん大丈夫か。

 もうそのハンカチ涙吸い過ぎて滴り落ちそうだが。


『……何故ロミオは毒を飲んだのですカ?』


 マクティの感想に首をかしげる俺と戸城さん。

 何故と言われても……。

 俺の事を見つめて答えを求めて来るマクティ。


 何故、何故……か。


「ジュリエットが……居ない世界なんて嫌だったんじゃないかな……」


 俺の答えにコクコク頷いて同意する戸城さんに対し、マクティは再び首を傾げる。


『いえ、それは何となくわかりマス。私が疑問に思っているのは、何故ロミオは持っていた拳銃で自殺しなかったのですカ? わざわざ薬を手に入れなくとも済みまス』


 それは……


「できるだけ……苦しんで死にたかったんじゃないかな。毒を飲んで死ぬのは苦しいって言うし……」


『……成程。ジュリエットが死んだのは自分の罪だと考えたのですネ。結局、作者が言いたい事はそこかもしれませんネ』


「どういう事……?」


 マクティは淡々と自分の考察を語る。


『人間はいつでも、罪の意識で自滅しまス。しかし、それは全く無意味……それどころか、この映画のように悲劇を繰り返すだけだと、言いたいのではないでしょうカ』


 罪の意識……。

 仮に俺のせいで朝霧が死んでしまったなら……俺は間違いなく自殺するだろう。


 確かに無意味かもしれない。


 でもそうせざるを得ないじゃないか。


 他に……何も出来ないんだから。



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