夜の牢獄
目が覚めて、最初に感じたのは凍るような冷たさだった。
彼は、彼自身が今どこにいるのか思い出せなかった。そこは薄暗く、暗さに目が慣れるまでには時間がかかった。
だが目が慣れるまでもなく、彼は自分が石の上に仰向けになっていることに気がついた。しかし、そのざらついた感触と氷のような冷たさは、むしろ彼を不安な気持ちにさせていた。
「ここは何処だ?」彼は心の中で呟いた。
やがて目が慣れてきたのかあたりの様子がうっすらと見えてきた。石の天井、壁、鉄格子の窓からさす星の光。
彼ははっとして振り向いた。石の壁はなく一面の鉄格子と、大きな錠前。
牢屋だと?なぜ俺はこんな場所に?
そして彼はより深刻な問題にぶちあたった。「俺は誰だ??」彼はその質問を口に出して呟いた。低い、男の声だった。
その問題について考える間も無く、彼は大きな揺れで石のベッドから投げ出された。
轟音が響いて、鉄格子の先、廊下の向こうから眩い灯りが差した。
彼は石畳の床から這い上がると、鉄格子に両手をかけて灯りの側を見ようとした。また大きな振動が起こり、天井から埃がバラバラとかぶさってきた。何者かの怒声が響いた。
「脱獄だぞ!」「囚人が牢を破ったぞ!捕らえろ!」
足音が響き、看守が奥の廊下を走り抜けていくのがわかった。階段を登るカツカツという激しい足音が聞こえた。それから、囚人と看守とが衝突する音が響いた。「やめろ!」そして銃声が鳴り響いた。
その銃声はしばらく静寂の中で反響し続けた。彼は高まる心臓の鼓動を聴きながら、寒さも忘れて事の次第に耳を傾けた。
彼は、不思議と冷静に自分自身についてのいくつかの可能性について考えていた。なぜ俺はここにいるのか、そもそも何処の牢獄なのか。自分は罪人なのだろうか。記憶喪失になったからここに入れられたのだろうか。そしてこの脱走劇には自分に関連があるだろうか。彼はそれらについて何一つ適当な答えがだせないことに気がついて、苛立つことしかできなかった。
突然悲鳴が聞こえ、ーそれは看守のうちの一人のようであったーそしてまた銃声が、今度は二回響いた。
「だめだ!応援を呼ぶんだ」「逃げろ、エルドリッチだぞ・・・・・・」
ぐらりと大地が揺れた。そう感じた。鉄格子が歪んでまるで飴細工のようにねじれて折れた。彼は吹き飛ばされ壁に叩きつけられて、息の詰まる感覚に身悶えした。
歓声とも怒声とも言えない喧騒が夜の牢獄を満たした。牢獄全体がまるで目の前の鉄格子のようにねじ切れたのだ。彼は両手をついてふらりと立ち上がると、廊下へと飛び出した。