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不死鳥と番犬シリーズ

『類型魔石大全』編纂者様への手紙

作者: 久陽灯

『類型魔石大全』編纂者様へ


 拝啓

 普段このような手紙は書き慣れておりませんので、乱筆乱文お許しください。

 貴殿の発行されました『類型魔石大全』において、アレクサンダー・リュシオンという共著者名を見たとき、感動で胸が震えました。

 『神秘の塔』の組織解体、及びティルキア革命でかの原稿は消失されたものと思っておりましたが、まさかこの異国の地で、リュシオン師の遺作に出会えて感激しております。


 後書きから察するに、編纂されたのはリュシオン師のご親戚のようですが、この日の目を見ることのなかった原稿が、魔石学上でどれだけ有益な書物であったのか、その価値を理解して頂き、こうして発行して頂けるのは、師のもとで魔石学を学んだ私にとって至上の喜びです。

 この本は現在重要視されていない魔石研究の分野に一石を投じる書物となると、私は信じております。


 自己紹介が遅れました。私は昔、国際魔術師連盟支部『神秘の塔』にてリュシオン師に師事し、この類型魔石大全の編纂及び古代神聖ヴィエタ語文書の翻訳に携わっていた者です。

 今回、どうしても感謝の念と、また少々の誤訳のご報告を申し上げたかったので、筆をとらせて

頂きました。 

                 

 まず、24ページ5行目からの、「魔石の許容量について」の項目ですが、この当時は魔石の魔力許容量は約50ルド、と推測されています。

 しかし、近年の研究により、魔石に増幅をかけることで、その魔力許容量を越えることが証明されております。

 再販の場合この脚注を入れて頂けたらと思っております。


 魔石学の分野においてこの『類型魔石大全』を越える書物はなく、これを参考に魔石学に入る方々のためには、新事実が発見されている場合に限り原本を曲げる、あるいは注釈を付けることも不可避だと、私は考えております。


 次に、大変申し訳ないのですが、54ページ7行目の『魔石考』引用文、「凝結とは全ての物体に対して起こる動きである」という一文ですが、これは「凝結とは、全ての物体に対して起こすことが可能である」と訳すのが正しい。

 恥ずかしながら、これを訳したのは二十年前の私です。

 原本で「・/・/^^・/−^−」をどう訳すかに手間取ったのですが、二十年目にして理解しました。

 どうか、再販の場合はこの部分も訂正のほどをお願い致します。


 ごきげんよう。






 類型魔石大全編纂者 リディア・リュシオン様


 拝啓

 私の意見に耳を傾けて頂いたこと、またお返事を下さったことに対し、感謝の念に満たされております。

 リュシオン師に貴女のようなご息女がいたことを、私は初めて知りました。

 しかし、ご期待に添えず申し訳ございませんが、私は貴女にお会いする資格はありません。

 師とは、もう十何年も前に袂を分かちました。

 心苦しいことですが、貴女の申し出を断ることに致します。

 ただ、私の覚えている師は、世界で最高の魔石学の知識を持ち、最後まで信念を貫いていた姿が印象的でした。


 恐らく、自らの死期を悟り、娘である貴女に完成原稿を渡したのではないでしょうか。

 私は、その原稿も見せて頂けませんでした。

 信用されていなかったのでしょう。

 当時の神秘の塔は、派閥争いも激しく、裏切りや論文のもみ消しなどは日常茶飯事でした。

 だからこそ、そういった確執のない、カサン王国の貴女の元へ送られたのだと思います。


 それでは、これで私は筆を置くことに致します。

 もともと私は、この本の編纂協力者というよりも、この本の誕生を心待ちにしていた一人の手伝い人に過ぎません。

 このような者の意見を尊重して下さったことに対して、お礼を申し上げます。

 そして、このことは忘れて下さい。


 ごきげんよう。





 リディア・リュシオン様


 拝啓 

 師の日記に出てくる少年の手伝い人は、ご推察通り私のことです。

 師の日記が一緒に送付されており、しかも私のことが書いてあったのは、誤算としか言いようがありません。

 そのようによく書かれていることは気恥ずかしく感じますが、しかし今、私の手の中にその日記があれば破いて捨てているでしょう。


 私は師の期待を裏切り、もはや魔術師連盟にも籍を置いておりません。

 貴女にとっても私にとってもつらいことですが、師もその少年も、世界のどこにもいません。

 志と共に師は亡くなり、生きているのは裏切り者だけです。

 師は最後の時まで私に勇気と助言を与えて下さいましたが、私はそれに値する『人間』になれませんでした。


 再度、お願い申し上げます。

 私のことは、忘れて下さい。

 誰もが忘れ去っていた『類型魔石大全』が、突然私の目の前に現れたので、気が動転してついお手紙を差し上げてしまいました。

 それこそが私の過ちでした。

 沈黙を守るべきでした。


 確かに私は貴女の父上、アレクサンダー・リュシオン師の最期を見届けました。

 しかし、貴女にその最期を伝えるにあたり、これ以上不適切な者はいないと断言致します。

 なぜなら——


 アレクサンダー・リュシオン師を 殺したのは 私です。






 そう書こうとして、流石にペンがとまった。

 止まらざるをえなかった。


 無理に返事など出さなくていい。

 むしろ、返事を出した方が大事になりそうだ。

 懺悔を書くのは勝手だが、これを読まされた方は心穏やかではいられないだろう。

 良心が咎めようが、贖罪と言い切ろうが、どうあがいたところで真実は変わらず、今さら全てが遅すぎる。

 向こうが探りを入れてきても、こちらは街の酒場留めの住所しか書いていない。

 万一尋ねてきたとして、セトの顔も知らない人間だ。

 酒場の主人に金を握らせれば、いくらでもしらばっくれることができる。


 セトはそれまで書いた部分にざっと目を通すと、手紙を丁寧に細かく引き裂いた。

 小瓶から取り出した炎の魔石を火の消えた暖炉に投げ入れ、静かに呪文を唱える。

 赤く輝きだした魔石が、ぼうっと音を立てて燃え上がった。

 さっきの紙片を放り込むと、それらは炎に取り込まれ、インクの臭いを残して燃え尽きた。

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