〜下っ端盗賊の行く末は〜
見切り発車オーライッ!!
「助けて下さい・・・。」
美少女は潤んだ目で少年に請うた。
「それ、オレにいうか?」
場所は盗賊団・骸の根城である山中深く。
一番近い村まで、徒歩で3日、馬で一昼夜。
アジトである洞窟には人の手が加えられ、30人の盗賊が余裕を持って生活できる程の広さがある。
食堂広場、調理部屋、食料庫、宝物庫、武器庫、五人部屋の寝室が6つ、そして一番奥に牢屋である。
本日、新たに連れられた戦利品がこの美少女である。
年は15.6と言ったところか。
少年より頭一つ高く、その指先は柔らかく美しい。
それだけでこの美少女がどれほど大事にされてきたのか判る。
大きい青い瞳に、長い金髪が、水色のローブの下でキラキラと輝いていた。
泥と闇に塗れた十数年間で、少年はこれほど美しい生き物を見たことがなかった。
だが、少年は助ける気などさらさら無い。
正しくは助ける力がない。
助けれないのだ。
「オレにはムリだ。お頭は丁重に扱えって言ってた。この晩飯だって俺より上等なんだぞ。」
少年はうらめしそうな目で運んできた食事を鉄格子の隙間から一つ一ついれていく。
小麦のパン。山羊のミルクシチューに、鹿の干し肉に葡萄のジュース。
「多分悪いようにはしないよ。それならこんな食事はださない。」
身代金目当てか、変態に売り飛ばすか、或いはその両方か。
少年にはわからないが、執拗にされた注意が、美少女の価値を語っていた。
「お願いします・・・お願いします・・・」
美少女は涙を溜めた目で、儚げに少年を見据える。
罪悪感が少年の胸を占拠する。
美少女に碌な未来が待っていないのは明白だ。
逃げ出さないように足の健をまだ切られていないのは不幸中の幸いだが。
こんなに目立つ子を連れ、この長い通路を抜け、明け方まで人が屯っている広場を抜けるのは不可能だろう。
外に出た所で、村に着く前に追いつかれるのは火を見るより明らかだった。
少年は浮浪児だった。
観察力と器用さを実践で磨き、スリとして生きていた。
9歳の頃、盗みがバレ袋叩きにあう所をこの盗賊団に助けられたのだ。
助けられた、と言うか、たまたま襲撃した所に少年がいた、というだけなのだが。
盗賊団の首領は口癖のようにあの時助けてやっただろう?というが、少年は言うほど恩義を感じていない。
だが盗賊稼業をするなら数の力は絶対有利だ。
それが生存率や成功率を大きく上げることを、少年は知っていた。
馬の足跡を追い、四日五晩歩き続け、少年はついにこのアジトを見つけ出したのだ。
それから四年が経つ。
嫌な物をたくさん見た。
人間の汚い部分を。
人を切り刻んだり、殺したこともある。
生きるためと自分を納得させ、悪夢の中で何日も過ごした。
そんな世界しか知らない少年に、少女の姿はあまりに眩しかった。
神々しいまでに。
この世のものとは思えない美少女に頼られる。
男ならば心が動くのも仕方がない。
だが命を天秤にかけるには余りに勝ち目がない勝負だった。
「オレには無理だよ・・・」
様々な感情が少年の胸を交錯する。
それを断ち切って、背を向け走り去った。
「・・・お頭、あの子、どうするんですか?」
食堂広場で酒瓶を片手に気持ちよくなっている骸団の首領に少年は報告ついでに訊ねた。
「なんだ、トリック。お前がお宝に興味を示すなんざ珍しいな。お前も目端がきくようになったか?」
首領・アサルトは少年・トリックにーー無論本名ではない。全ての団員が、名を捨てたか、覚えていないのだーーに上機嫌に返した。
短く刈られた髪は大分白く染まっている。
鼻筋と右眼には永久に消えないであろう傷跡がはしり、その過酷な半生を容易に想像させる。
「ありゃあ、女神よ。」
アサルトの一言に広場が沸き立った。
「このアサルト様、生涯一の獲物だ。」
アサルトはニヤリと笑った。
「お前はまだ13だったな。運がいい。あの女は、あの女と同じ大きさの宝石より遥かに価値がある。なんせこの俺様を盗賊王にしてくれるんだからな!!」
アジトは歓声に包まれた。
20人弱の盗賊たち口々にアサルトの名を口にし讃える。
アサルトは両手を掲げそれに応えると瓶をぐいっと煽り、それ以上トリックに構うことは無かった。
トリックはしばらく考えたあと、また牢屋に向かうことにした。
「女神って何?」
俯いていた少女は突然の問い掛けにパッと顔を上げた。
視界が闇に馴染むと、ぼぉっと、少年・・・トリックの顔が浮かび上がる。
「女神は・・・。」
一瞬迷いを見せる。
だがすぐに表情を切り替えた。
一切の感情がない、氷のような表情に。
「女神神官の俗称よ。・・・あなた知らないの?」
トリックはうなづく。
「・・・レベルアップとクラスチェンジを司る聖職。それが女神神官よ。」