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 前方を歩く、男女入り混じった団体を追い越そうと足を速めたその時。

 頭を下げて、そこから離れる人影が。知りあいに、それも最近知ったばかりの人間に見えた。

 

「・・・伊吹ちゃん」

 このまま知らぬふりをしようにも、向かう先が同じ方向だと気付いて諦めた。声をかけてから、何を話せばいいのかと焦りがつきまとう。まだそう遠く離れていない団体の中から、声を発したこちらを好奇の目で見る視線が痛い。

 振り返って軽く目を瞠る彼女が、一瞬後、慌てた様子で目を伏せた。

「こんばんは」

 礼儀正しい挨拶の、その裏には。

 正と負と、どちらの感情が入っているのだろうか。

「こんばんは。忘年会かな?」

「はい。司月さんはこんな時間までお仕事ですか?」

 少しだけ微笑を見せて、こちらを仰ぐ彼女にどう接すればいいか。まだ迷っている自分がいた。

 

 

 

 

「なぁ、なんでメールしないんだよ?」

 不機嫌な表情で、親子丼の米粒をつけた箸を自分に向ける(せい)から身を引きながらも、その言葉にどきりとした。

「・・・なんで、って言われても・・・・・・」

 小さな呟きが喉の奥からひっそりと出てきて。その先をどう進めようかと頭の中を整理する事に努める。

「こういうのって、まずは男からするものだろ?」

 答えられない自分を制して、彼は苛立たしげにまた口を開いた。

「やっぱり面倒くさいとか? 初志貫徹しない男ってどうよ?」

「っ、あのなー、お前は今幸せいっぱいで他人の迷惑考えずに突っ走ってるからいいけどね、当人の気持ちをしっかり確かめてから行動してくれよ、頼むから」

 言いたい放題言われた事に反撃すれば、惺の顔には疑問の表情が浮かぶ。

「は? つまり、お前は本当に嫌だって事? おいおい、今更そんな事・・・」

「そうじゃなくて!・・・伊吹ちゃんの方が。まだ気持ちの整理がついてないんじゃないか? 無理やり推し進めたら負担になるだろ」

 背後の棚に置かれたテレビから流れる明るい笑い声が耳に届いた。

 しばしの沈黙を挟んでから、惺の横顔に小さな笑み。次いで、にやにやとした笑いを自分に向けた。

「はーん、何をぐずぐずしてるかと思えば、天下の司月様はそんな事まで気にかけていらっしゃった」

 おどけた口調でそう言って。その嫌な笑いをはりつけたまま、彼は顔を自分に寄せる。

「そんな司月様に朗報。愛しの伊吹ちゃんは自分からメルアドを教えるように言ってきたのでした」

「なっ、・・・うそだろ?」

「マジでーす。だから、お前は変な事気にせずに普通にメールから始めてくれりゃーいいの」

 頭の中をその意外な事実と、それにどう対応すべきかという考えがぐるぐると渦巻いた。

「・・・伊吹ちゃんの様子を見ながらだからな」

「了解。よろしくな」

 なんとか出した答えに、一瞬真面目な顔に戻った惺の声が返ってきた。

 

 

 

 

 2週間前、自分の不注意から。

 同僚の妹を脅かしてしまった。

 

 そして、その謝罪に訪れた先で、思いもかけずその彼女の複雑な気持ちを覗いて。おまけにそれをどうにかしてやってほしい、と兄である惺に頼まれて。

 自分に出来る事はすると約束はしたものの、肝心の伊吹がまだ落ち着いていないだろうから、実際に何かをするにしても、それはまだ先の事だとそう思っていた矢先。惺から彼女のメールアドレスを教えられて、どうしたものかと逡巡し数日が経過していた。

 正直、気後れがしていたのだ。どうしても伊吹が同僚の惺の妹だという事が頭から離れず、例え純粋に友達関係を築くにしても、そう簡単に行動に移せなかった。

 ところが今日の昼休み、意外な事実を聞かされ、さらにメールを送れと急かされた。

 仕事場を包む年末進行の忙しさが、その事をすっかり忘れさせてくれていたのに。

 

「・・・年末だから。惺もまだ仕事してるよ」

 

 どうして、偶然会ってしまったのだろう。

 少しだけ早めに切り上げて、今日はゆっくり体を休めようなどと。

 そんな余計な考えに至らなければ良かった。

 

「大変ですね・・・普段から残業ばっかりなのに・・・」

「そうだね」

 

 眉を心持ちしかめて、兄を心配する彼女。

 結婚という決断を下した兄に、心を痛めた彼女。

 

「駅に行くんだよね? 途中まで一緒に行こう」

「はい」

 

 そんな笑みは見せないで欲しい。

 柔らかく微笑んだ彼女の隣に並んで右足を踏み出した。

 


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