吟遊詩人の場合/後篇
「というわけだから、そういうことなのよ」
翌朝、朝食の場でみんなに報告すると、へーほーふーんって感じでなんだか反応が薄かった。何でみんな驚かないの。
「やっとかよ。おせーんだよ。お前それでも吟遊詩人かよ。愛だの恋だのって歌だけか? あ?」
ちょ、アラインどういうこと!?
「やー、気づいてなかったのはリーラだけだったしねえ」
え、ジェフリーまでいったい何を!?
「リーラ、そういうことなんだよ」
ええええええ? ビットまでどういうこと!?
「……というわけで、僕の勝ちね?」
ビットがにっこにこしながらジェフリーとアラインに言うと、二人が悔しそうに白金貨を出してた。いやちょっとまてお前ら、あたしとフレインの結婚をネタに賭けしてたってことなのかよ。ていうかレートどんだけだったんだ白金貨とかブルジョワめ! あたしにも分け前寄越せ!
「まー、何はともあれ、よかったじゃない。落ち着くところに落ち着いたんだしさ。おめでとう。今日の夕食は豪勢に行こうね」
ひさしぶりに、ジェフリーの「豪勢に行こうね」が出た。彼がこう言うときは、本気のご馳走になるのだ。夕食が楽しみすぎる。
「あー、そういうわけで、今日、俺とリーラの二人で宰相閣下に報告してくるよ」
キラキラと夕食への期待に胸を膨らませるあたしの姿に苦笑しながらフレインがそう述べると、みんながしたり顔で頷いた。あたしもこくりと頷いた。
「オーケーオーケー。じゃあ、俺らその間に荷物まとめとくし」
「え? 荷物まとめるって? どういうことアライン」
「……あのなあ、いい加減にしろよ。俺らだってそこまで野暮じゃねえんだよ。ま、落ち着き先の目星はついてるから、あとで連絡いれるよ」
「うん、そういうことだから、リーラ、二人でゆっくりしなね」
「俺はまたしばらく教会暮らしに戻るだけだから、何かあったら教会に来てね」
みんな手際良過ぎるだろ。前から準備してたのかー!
呆然とするあたしを他所に、みんな口ぐちに「やっと落ち着いたな」だの「よかった」だの「これで安心だ」だの、好き勝手なことを言いながら食堂を出ていった。
何なのこれ、と横のフレインの顔を見上げれば、彼はやれやれと肩を竦めて笑っていた。
──宰相閣下に報告が終わった後、どうやら既に準備万端整えていたのか、あれよあれよという間に半年過ぎて結婚式の当日がやってきた。
宰相閣下の手際が良すぎて怖い。
……まあ、国のイベントとして行われることだし、ぶっちゃけ費用は全部あっち持ちだし、面倒な準備もほとんどあっちが引き受けてくれたし、でもラッキーなのかどうなのかは微妙過ぎて何とも言えない。
けれど、宰相閣下の宰相閣下たる所以はこれでもかというくらい見せられた気はする。
ついでに、この半年の間、突貫で進んだ準備のおかげであれやこれやなんだかんだといろいろと引っ張りまわされたけど、そこは覚悟してたので仕方ない。フレインとあたし、よく頑張ったと思う。めちゃくちゃ頑張ったと思う。
そして今日。
控室で王宮勤めのベテラン侍女さんたちに早朝から世話を焼かれまくりながら、あたしはどんどん身支度を整えていった。一通り着飾った後、鏡に映っているのは、我ながらほれぼれするくらいの半妖精の美女である。さすがだ。あたしの美貌もさすがだが、それを見事に飾り立てる侍女さんたちの技術も半端ない。すごい。
ついでに言うと、仲間からは残念と名高いあたしだけど、これでも一応吟遊詩人の端くれとして宮廷に出てもどうにかできるくらいの礼儀作法はマスターしているのだ。取り繕うのは得意中の得意。今日のあたしの淑女っぷりを見て、みんな恐れ慄くがいい。
見ておれ、フレインにも惚れ直させてやるわ。
誰もいないはずの中、鏡に向かってガッツポーズをしていると、背後からくっくっと笑い声がした。
「そういうとこ、君は母親似だねえ」
振り向くとそこには、銀髪、妖精、男がひとり……ってことは……。
「ち、ち、ち、父!? 今更何しに来やがったの!?」
幽霊でも見てしまったかのような気持ちになって、正直驚いた。ものすごく驚いた。そして、今更何しに来たんだよと思った。
「来やがった、は、ないんじゃないかな」
「そんなの、来るの10年遅いのよこのボケ父! 母さん苦労の挙句病気になって死んでしまったんだけど!」
「うん、それについては、本当に申し訳なく思ってるけど……ちょっと口が悪くないかい?」
せっかく母さんに似たのに、と父は困ったように言う。だがそんなの関係ない。
「申し訳ないで済んだらこの世に悪なんぞ湧き出さないし暗黒教団とかできないから。あと口が悪いのは仕方ないのよ。だって冒険者なんだもの。いったい今まで何してたのよ。放蕩も放置もいい加減にしてよ」
「うーん、こっちもいろいろあったんだけどねえ……でも、いくら不肖の父でも、娘の晴れ姿を見に来るくらい、いいじゃないかと思うんだよね」
間延びした声でそんなことを言う父の姿に、なんだか呆れて溜息を吐いてしまう。
「ていうかさ、どうやってここまで入ってきたの」
「魔法で?」
……警備何やってるんだよ。
嬉しそうに笑ってる父の顔を見るうち、なんだか腹を立ててるのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。ああもう、いつか会ったらあーだこーだ、思いつく限りの文句を言って、あたしの語彙が尽きるまで罵倒してやろうと考えてたのに。
「もういいや。今まで、いつか父の顔見たら一発拳で殴ってやろうと思ってたけど、考えてみたら、それは母さんの権利なのよね。あたしが殴る筋合いでもなかったわ」
「うん、思いとどまってくれてありがとう。それでね、今日はこれを渡しにきたんだよ」
にこにこと頷きながら、父の差し出した手に乗せられたそれをじっと見つめた。そこにあったのは……。
「何これ。指輪?」
「そう。僕とアイスリーンの指輪だよ」
アイスリーン……父が母さんに贈ったという、妖精の秘密の名前だ。
「今度は君たちに」
「……もう、縁起悪いなあ。父と母さんの指輪なんて、まるでフレインがあたし置いていつかどっかに行っちゃうみたいじゃないの」
あたしがそう呆れると、父は「そうかな?」と困ったような顔で首を傾げた。
その顔を見て、あたしはついぷっと噴出してしまう。
「ま、あたしは母さんと違うから、フレインがどこ行っても絶対追いかけて付いてくけどね。行き先が海の底だろうが地の底だろうが、全力で追いかけるわ」
「それは心強いね。……うん、幸せにおなり」
父もふっと笑って、あたしの頭をそっと撫でる。あたしも笑って、当然じゃない、と胸を反らした。
「すっごく幸せになるわよ。あたしはフレインと一緒に、ああ結構いい人生だったわって言って死ぬ予定なの。どう、最高でしょ?」
「そりゃ最高だ」
父は晴れやかな笑顔で頷く。あたしも笑顔で頷く。
「じゃあ、僕は行くけど、元気でね。一度くらいはこちらにも遊びにおいで」
「気が向いたらね。あ、父も、今度うちに来るといいわ。そうね、孫の顔見に来るくらいは勘弁してあげるから」
「そうするよ」
来た時のように、父はまた魔法で去っていった。たぶん、近いうちに遊びに来るんだろう。
大地と豊穣の女神教会での婚礼の儀式はつつがなく終わり、あたしとフレインは派手な馬車に乗せられて、この王都中をパレードで練り歩くことになった。
沿道にはもちろん、たくさんの人たちが集まっている。さすがに、こういう目立ち方は慣れないなあ。
フレインと二人、屋根のない馬車の上に並び立って、全力のスマイルで沿道に集まったたくさんの人たちに手を振る……ああそうだ。
あたしがにっこり微笑んでフレインの腕を引き寄せると、沿道から歓声が上がった。あたしとフレインみたいな美男美女がくっつくのだ、存分に目の保養をするがいいぞ、と内心思いながら、フレインの耳元に口を寄せる。
「ねえフレイン、ちょっと耳貸して」
「どうした、リーラ」
あたしは彼の耳に、小さく囁いた。
「あのね、あたしの妖精の秘密の名は“マレイラ”っていうのよ」
妖精は、秘密の名前を絶対に他人に明かさない。その人の秘密の名を知るのは、親と……生涯を誓った相手だけなのだ。
「……リーラは、ほんとに人を驚かせてばかりだな」
フレインはぱあっと笑って、あたしに口付けた。
やっぱりフレインってかっこいい。あたし、いろいろ負けた気分だわ。
うん、フレインを残念て言うやつは、絶対わかってない。