吟遊詩人の場合/前篇
あたしは仲間からはリーラと呼ばれている、半妖精の吟遊詩人だ。ほんとはもっと長い名前があるけど、それは特に公表していない。
母が亡くなってひとりになったので、吟遊詩人らしく歌になるネタを求めて旅に出た結果、あたしはここにいる。
ちなみに父は妖精だけど、どこにいるのかさっぱりわからない。あたしが生まれてすぐに家を出て、それっきりどこかに行ったまま行方知れずなのだと母から聞いた。つまり、父があたしたちを捨ててしまったので、母は女手ひとつであたしを育ててくれたということだ。母はとてもがんばったと思う。がんばりすぎて病気になって逝っちゃったけど。
それに比べ、名前も知らない妖精の父はつくづく最低だ。
そんなあたしは父譲りの銀髪と母譲りの青い目が自慢で、我ながらいい感じの美人だと思う。美人なのにモテないけど。
仲間は、あたしの言動を残念過ぎるという。しゃべらず大人しく竪琴を奏でて歌ってるだけなら儚い美女に見えるけど、地が出るともう全然ダメだ、ダメのダメダメだ、どうしてお前はそうなんだとまで言うのだ。悪かったな。
……しょうがないじゃないか、たくましく生きなきゃいけないんだもの。儚い美女なんてやってたら冒険者なんて務まらないし、あたしが滅んじゃうじゃないか。
そう返したら、だからお前はダメなんだとさらに言われた。納得できない。
仲間はあたしのほかに4人で、大地と豊穣の女神教会の騎士フレインと同じ教会の司祭ジェフリー、小人族の魔法使いビット、あとちょっと偏屈な盗賊のアラインだ。
もちろん全員男で、ちょっと見ただけで、あたしの逆ハーレムなんじゃないかと言い出す輩もいるが、そんなわけない。むしろあたしはこき使われてる方だと思う。夜番だって免除されないし、野宿になれば普通に雑魚寝だし、っていうか、下手したら宿屋だって大部屋で雑魚寝だ。「あたしだって年頃の女なのに」と不満を言うと「誰が?」と返してくる。やっぱり納得がいかない。
フレインとジェフリーはなんだかタイプが似てる。やっぱり同じ教会に所属してるからなのかな……と最初は思っていた。
騙されてただけだったけど。
フレインは、まあ、印象どおりだった。
なんというか、真面目が服を着てるってこういうことなんだなあと思うくらいの堅物なのだ。あたしたちの中で、唯一雑魚寝に反対して、もう少しあたしの扱いを女性に対する扱いにとか、みんなに言ってくれる。言ってくれるけど、わりと簡単に押し切られてしおしお引っ込むのが、フレインのフレインたる所以だけど。
そして騎士の例にもれずものすごいイケメンだから、あれで愛想がよかったら女の人が絶対ほっとかないのに、そういうことに向いてないと言って残念なイケメン道を邁進している。残念さではタイプは違うけどあたしといい勝負だと思う。
ジェフリーは堅物に見えて結構ちゃっかりで融通利かせまくりの、よく言えば空気を読みまくって器用に対応を変えられるタイプだ。コミュニケーション能力の高さは、あたしと張るくらいだ。いや、目端が利いて細かいところにもよく気がつくので、下手したらあたしの立場がないくらいかもしれない。
……ゆえに、モテる。イケメン度で言えばフレインが上だけど、それを上回る人当たりの良さでかなりモテる。それを本人も自覚してるあたりもすごいと思う。
なんというか、豊穣を司る大地の女神教会の司祭で良かったね、って思う。
ビットは小人と言われて誰もが想像するように、空気は読めないけどとても陽気だ。陽気なあまり、何かあると踊りだす。暇だといつも踊っている。
魔法使いで体力はないはずが、踊りならあたしが奏でる曲に合わせて何時間でも踊っていられるというのはすごい。冒険の時はさっぱりなのに。
そういえば、魔法使いなのに自分に幻術とか姿変えとかの魔法を絶対使わないのはどうしてかって尋ねてみたら、「自分が踊ってることがわからなくなるのは嫌だ」と返された。
なぜそこまで踊りに拘るのかわからないけど、ブレなさはさすがだと思う。
アラインはとにかくお金が好きだと公言して憚らない。
そのわりに、妙にきっちり義理堅くて、町中で盗賊とかハイリスクローリターン過ぎて馬鹿じゃねえのと、遺跡とかを探検したほうが金になるんだと言う。
まあ、実際相当ケチだけど、仲間うちでちょろまかすようなことは一切ないし、手に入った収入もやたら細かく律儀に分配してくれるので、ある意味、彼に全部任せとくと安心できて面倒も少ない。
あたしたちの共同財布は、もうずっとアライン預かりになってるくらいだ。頼んでもないのに、月に一度、ちゃんと会計報告までしてくるのは流石だと思う。
あたしたちが出会ったのは、交通の要所だから旅人がよく集まってるだけの、ど田舎の村酒場だった。みんな旅してる目的は似たり寄ったりで、一言でいえば、力試しして、ついでに一攫千金を狙えたらラッキーだよねってところだった。
そしてたまたま、ほんとにたまたま、その村近くの廃墟に夜な夜な魔物が徘徊してるらしいという噂があった。領主がその噂について調べてくれる人を探してると聞いて、その場にいた全員で飛びついたのが、あたしたちの出会いだったのだ。
ちなみに、その廃墟にいたのはそれほど強くないけど少なくない数の魔物で、あたしたちいきなりここで死んじゃうのかなって思うくらい酷い目にあったけど、どうにか怪我だけで済んで生きて帰ってこれた。
生きてることは素晴らしいって実感できたし、今では、終わりよければすべて良しといういい思い出にもなっている。
それから5年? 6年? もっと?
もうずいぶんと長く一緒に冒険して、生死を共にしてきた。おかげで、仲間はあたしにとって家族以上の存在になったと思う。
あたし、どこにいるかわからない父の何かと仲間の危険が並んでたら、仲間を取るわ、絶対に。
あちこち行きながら見つけた遺跡を探索したり、なんだか面倒くさい暗黒教団が暗躍する事件を解決したり、一緒にいろいろな冒険を重ねてるうちに知名度もじわじわ上がって、あたしたちもずいぶん有名人になっちゃったね、なんて、呑気に話していた。
それが、最近解決した事件が、意外に根が深いわやっかいだわ国にもかかわってるわで、なし崩しに英雄に祭り上げられて国のお偉いさんにもお目通り願えるようになったあげく、仲間を代表して騎士フレインが爵位と領地を貰うことにまでなってしまったのだ。
あたしたち、偉くなっちゃったなあって思う。あたしなんてどこの馬の骨かもわからない半妖精なのに、今では男爵様のお仲間かってびっくりよ。
ひとりになりたての頃の自分に言ったら、たぶん、「またまたご冗談でしょ」なんて、絶対笑って聞き流すだろうな。
……自分以外が主人公の歌のネタを探してたはずなのに、自分が歌のネタになる日が来るなんて、ほんと、思ってもみなかったわ。
そんなあたしは、今、何故か国の偉い人……宰相閣下に呼ばれて王城の一室にいた。ちなみにここは閣下の執務室らしい。
宰相閣下に直接ひとりだけ呼ばれるとか初めてだし、王城の奥まで上がれるような一張羅なんて持ってないし、内心ものすごくびくびくしつつ、しかし吟遊詩人として鍛えてきたはったりと微笑みで堂々と乗り込んで、今現在途方にくれているところだったりする。
「で、宰相閣下、どのようなご用件なんでしょう?」
何か仕事なら全員呼ばれるはずなのに、なんであたしひとりだけなんだろう。この人やり手の腹黒宰相って名高いから苦手なんだよなあ……なんて考えながら、恐る恐る聞いてみた。やばい、宰相閣下が妙ににこにこしてる。閣下がこういう顔するのって、あたしたちに無茶ぶりな要求をしようと企んでる時だったはずだ。ジェフリーが言ってたから間違いない。
──あ、まさかあたしだけ呼び出して丸め込んだ挙句、無茶な依頼するつもりかこの人!?
せめてこの場にジェフリーがいれば、あたしの気づかないとこまでいろいろ考えて、依頼受けるかどうか判断してくれるのに。
「実は、リーラさんにお願いしたいことがありまして」
宰相閣下にいい笑顔のままそう切り出され、内心のびくびくを隠しながらあたしも微笑む。
「はあ、そうですか。でも依頼だと、あたしひとりの判断で受けるかどうかは決められませんよ?」
「いえ、これはあなたのお仲間全員にではなく、リーラさん個人への依頼と思ってください」
「あたし個人ですか? あたしだけじゃたいしたことできませんけど……」
うん、自慢じゃないが。あたしだけではせいぜい広場で依頼された歌を歌ったり噂を広めたりくらいが関の山だ。それ以上は無理。ほんと無理。たいした魔法も使えないし、剣なんてもってのほかだ。歌うだけならバッチリなんだけど。
「いえいえ、これはリーラさんでないとできないことです。しかし、どうしても無理であれば、他を考えなければなりませんが」
「はあ……?」
相変わらずいい笑顔の宰相閣下が、いったいあたしに何をさせたいのかがわからない。なんだろう、ぜんっぜん想像がつかない。宰相閣下、いったい何なの。
訝しむ顔のあたしに、宰相閣下はうんと頷く。
「ときに、リーラさんにはどなたか特別に決まったお相手がいますか?」
「はあ……特別に決まったお相手? ええとそれは人生のパートナー的な意味のお相手のことでしょうか?」
「ええ、そうです」
「いやそんな、考えたこともないですし、そんなのいませんけど」
「それはよかった」
ぱあっと宰相閣下が満面の笑顔になる。何この笑顔。いい笑顔からさらにパワーアップって、すごく嫌な予感がする。冷や汗出てきた。いるって答えておけばよかったかもしれないヤバイ。
「リーラさん、フレイン卿と結婚しませんか?」
今何か意味のわからないことを言われた気がしてポカンと口が開く。たぶん今、私の顔は絵に描いたような間抜け顏になっているのに間違いない。
──というか、結婚って、あの結婚だよね? 大地の女神教会でたまにやってるやつ。男女が真っ白の一張羅着て、女神の御前で生涯の伴侶となることを誓っちゃったりするアレ。んで、家族になったり子供ができたりっていうあの結婚。
つまり、あたしにフレインの嫁になれと!? えええ?
「フレインと? ……結婚して、あたしがフレインの嫁? はあ? 嫁ってあの嫁ですよね? 閣下ってばどっからそんな発想が!?」
いかん、地が出てしまった。落ち着け自分。
「あ、えと、いや、すみません。というかですね、なぜあたしがフレインと結婚しなければならないのでしょう?」
フレインと結婚とか想像できないんだけど。
なのに、宰相閣下はなぜかうむうむと納得したように頷き、いい笑顔のまま述べた。
「あなたもご存じのように、先日あなたがたの解決した事件の影響は大きく、民の動揺は未だ収まったとは言えません。国内は不安定な状況が続いています。
ですから、再び国をまとめるために動揺を覆すような何かが、私たちには必要なのです。たとえば、“英雄の結婚”のような何かですね」
──ええー、どうしてそこに行くの……?
「もちろん、リーラさんにすでに決まったお方がいるのであればしかたありません。国内の適齢期の令嬢たちの中からフレイン卿のお相手候補を選定します。
しかし、すでにフレイン卿のお仲間としてリーラさんがいらっしゃるので、最初に確認すべきと考えた次第です。英雄同士の結婚ともなれば、なおさらに素晴らしいですから」
英雄って……英雄って……ただのお祭りネタですか。体のいい見世物ですか。
「もちろん、すぐに返答するのも難しいでしょうし、心の準備も必要でしょう。一週間お待ちいたします。よく考えてください」
「……あ、あのですね、あたしが断ったら、その、令嬢を選んでフレインは結婚ですか」
「ええ、そうなります」
宰相閣下は特上の笑顔で頷いてくれた。
フレインに拒否権ないんだー。へー、結婚一択なんだー。フレインかわいそー。