最低の教え子1
拍手に置いてあったものです。そのままの転載です。
時間軸としては、エディアルド十五、六歳くらいを想定しています。
サリーナ以外とのことを匂わす記述があります。たぶん、もやっとした方がおられると思うので、新しく2、3を書き足しました。そちらも目を通していただけると幸いです。
王都一番と名高い高級娼婦から、国王騎士団団長宛てにカードが届いた。
真っ白い封筒から出したカードには、上質な紙に、メッセージを取り囲む四角い枠は金の箔で押され、その箔に絡むようにして本物かと見紛うような美しい蔓薔薇が描かれている。
一級の材料に手間暇かけられて作られたそれは、それ自体高価なものであったが、そこに付与された意味において、非常に希少で、金では計れない価値を有するものだった。
貴族の称号も持たない市井の者ながら、重要な国賓の接待をも言いつかるような、権力も人脈も持つ女。
その女からの、招待状。
その文面を眺めて、騎士団長は、ふむ、と声を漏らした。次いで、カードを持ってきた副官に、目を向ける。
「今日は早くあがる。馬車を用意しておいてくれ」
「了解しました」
副官の問いたげな視線を黙殺し、団長は、カードを上着の内ポケットにしまった。それがそのまま、彼女へと到る手形となるからだった。
そのカードには一言。「任務終了」と書かれているのみだった。
*
彼女が客を招きいれる部屋は、富や権力を持つ貴族たちの屋敷と、そう変わらない設えとなっている。そこにあるなにもかもが、一級品だ。敷物も、カーテンも、テーブルも、ソファも、……彼女も。
団長はやたらとすわり心地のいいソファで寛いで、彼女からの酌を受けていた。話題は、なんてことのない、貴族の噂話だった。どこそこの息子が、何をトチ狂ったか最近流行の恋愛小説を地でやって、人々の嘲笑の的になっているとか、そんなことだ。
そんな話が一段落したところで、団長は何気なく尋ねた。
「貴女に頼んだうちの部下だが。まだ、二、三度ほどしか指導を受けていないように思うのだが。もういいのかね?」
「ええ。大丈夫でしてよ。彼、とてもお勉強熱心で、素直でいらっしゃったから。どこのどんな女だって、泣いてすがって、もう一度と懇願したくなるような技術を教えてさしあげましたわ」
「ほう。それはすごい。やはり、若さというものかね」
団長は楽しそうに笑んだ。彼女も艶やかに笑んでみせる。
「若さ? いいえ、生真面目さですわ」
「あれに生真面目さが必要なものなのかね? それは知らなかった。私も見習おうか」
「およしなさいませ。……最悪な男になりたくなければ」
棘のある物言いに、団長は首を傾げた。
「彼が何か失礼なことをしたかね?」
「ええ。徹頭徹尾失礼で、失礼じゃないところがないほどでしたわね」
あまりに辛辣な批評に、団長は黙って彼女のグラスに、手ずから酒を注いでやった。それをいっきに飲み干す彼女の姿は、妖艶さよりも気風のよさを感じさせた。
「それはすまなかったね。貴女に随分不愉快な思いをさせてしまったようだ。……だが、彼は、王宮では非常にもてているのだよ」
「ええ。そうでしょうとも。あの顔にあの体ですもの。それに、清廉、ですものね。女に手玉に取られて道を踏み外さないようにと、貴方様が心配なさったのも無理からぬ事と思います」
だったら、なぜ。団長は口に出さずに、目だけで問うた。
「だから、ですわ。あれほどの男に冷静な目で狂わされてごらんなさい。自分が女という名のクズにでもなった気分になりますわ」
団長は、数回目を瞬き、こみ上げてきた笑いを堪えようとして、ぐふっと無様に咳きこんだ。そんな団長を、彼女はじっとりと恨みがましく見遣る。
「そんなに生真面目だったかね。いや、私も、渋る彼を、騎士として必要な嗜みだと言って送り出してしまったのだが……」
「あんな朴念仁、会ったこともございません。剣を振るっているときの方が、よっぽど色っぽい顔をしていましたわ」
「本当にすまなかった」
「本当です。……わたくし、酷く傷つきましたのよ。そんなに魅力がないのかと」
彼女は団長の腕に手をかけ、妖艶なしなをつくって切ない表情で迫った。
「まさか。貴女ほど女性の魅力にあふれた素敵な人はいないというのに。……しようのない奴だ」
団長は、彼女を優しく抱きしめて、あやすように背を撫ぜた。
「アルジオ様……」
彼女は甘い声で団長の名を呼ぶ。
そうして、二人の間に、色めいた濃密な空気が生まれたのだった。




