「どちらの品をお求めでしょうか」「君をください」
「どちらの品をお求めでしょうか」
「君をください」
営業スマイル宜しくと対応したわたしに、この若い男は一体何を言いやがってるんだろうか。
しかしそこはこちらにも意地がある。華麗にスルーを決め、再度口を開く。今回の営業スマイルは利子つけるぞ。
「申し訳ございませんがお客様、冗談は程々にしてください。それで、どちらの品をお求めになられますか」
怒気がこもってしまったのは、仕方のないことだと言って欲しい。
しかしこの若者は、わたしの注意などさらさら無視してにっこりと笑いやがった。
「ならもう一度。君が欲しい」
なんですかこれ。わたしは別に自分を安売りしてる訳じゃないんですが。
わたしは目の前の若者をじっと見つめた。
見るからにホストっぽい雰囲気をしたイケメンだ。つまり、軽そう。爽やか系なイケメンだが、しかしわたしはイケメンに興味はない。安売りなら他所でやってくれ。
しかし公衆の面前でそんな口説き文句を言うだなんて、頭がいかれているんじゃないだろうか。
周りの突き刺さるような視線が痛い。これを狙ってやっているのであれば、この男は大層な大物だ。アホじゃないか、ホントに。
わたしは貼り付けた営業スマイルを外すことなく、にっこりと微笑む。
「またのご来店をお待ちしております」
で、とっととここから消え失せろ。
□■□
「こんばんは」
「……どちら様でいらっしゃいますか」
そういいつつも、顔が引き攣った。
現在自分のシフトが終わり、帰宅途中。
それなのに、件の男が目の前にいる。どういった悪夢だ。
しかし横をすり抜けようと目論んでもこの男が回り込む。なんて鬱陶しい男なんだろう。わたしは溜息をついて言った。
「で、何の用」
「だから、君を攫いに」
攫うなら物語の中のお姫様か美しい女の子にしてくれないだろうか。
眉間にシワが寄るのが分かった。いけないいけない。このクセ、直さないと。
「初対面の人にそんなこと言うだなんて、その頭が湧いてるの? 好い加減にして。あんたのせいでこっちは色々と大変だったんだから」
歯に衣を着せるのも面倒臭くなり、わたしは本心をぶちまけた。というより、この男に対してずっと言いたかったのだ。
わたしは三十代そこそこのいい年した女。この男は二十代そこそこの全盛期だ。行き遅れた感が否めないわたしは、別に結婚なんて望んでない。だから、男になんてカケラも興味はないのだ。
「本気だけど」
「……嘘でしょ。いまどき一目惚れなんて流行らないわよ」
溜息しか零れない。今のわたしはどれだけの幸せを逃がしているのだろう。
仕方なし、と思い、真逆の道を進むことにする。踵を返したわたしを追うことなく、男は手を振っていた。
意味不明。理解不能。
わたしの心の中には、その二つの四字熟語が綴られた。
□■□
「……いらっしゃいませ、お客様」
「うん、今日も口説きにきたよ」
うん。でもさ、まさか日を改めて来るなんて誰も思わないわよね。
営業スマイルを必死で貼り付け、思った。というより昨日言ったことが事実なら、この男かなりしつこそう。
苛立ちをひた隠し、営業スイッチを入れる。
「本日は何をお求めになられますか?」
「君が欲しい……とか言いたいけど、怒られそうだね。ああ、時計を新調したいんだ、選んでくれる?」
「承りました」
ブランド物の高級時計とか、やっぱりホストだろうか。まぁこの真昼間に色気を漂わせてるタイプなんてホストぐらいだろうが。
すると自分の方から自白してくる。
「俺、ホストやってるんだ」
「左様にございますか」
「で、人気者だからお金には困らないよ?」
「でしたらそちらの女性を口説き落とすことをお勧めします」
「嫌だ。君じゃないと駄目」
鬱陶しいな。アピールか。アピールのつもりか。
いくつか時計を取り出して手首に当てる。うん、これがいいんじゃないかしらねっ!
多少投げやりだがしっかり似合うのは選んだ。伊達に営業を続けてはいない。そこらへんの感情はしっかりと抑えますとも。ええ、抑えてますとも……!
「こちらの品はいかがでしょうか?」
「うん。じゃあそれをお願い」
「かしこまりました」
会計をする。ああ、やっぱり高い。しかし営業だ。落ち着け、わたし。
時計を包んだ紙袋を渡し、笑顔で見送る。
「またのご来店をお待ちしております」
出来ればもうこないで欲しいけどね。
□■□
だが、わたしのそんな願望は消え去った。毎日毎日飽きもせずに来るのだ。しかも今日で十日目。流石にわたしもストレスがヤバイ。主に職場の人たちからの質問攻めで、ストレスはかなり溜まっていた。
なので今日もわたしの帰りを狙って待っていらっしゃる男にそれをぶつける。
「来ないでくれる?」
「嫌だ」
何このエンドレス。
でも折れるのなんて嫌だ。わたしのプライドが許さない。
「絶対に君を落とすから」
「あり得ない」
これはそんな男女の仁義なき攻防戦。
突発ネタその⑤