勇者VS魔王
夕暮れ時の空は血のように赤く、蝙蝠が飛び交いはじめ、どこか陰鬱としていた。
その夕暮れに染められ紅葉した深い森の中、血がこびりついた様に赤く染まった年期の入った石造りの屋敷が厳かに佇んでいた。
木の枝にとまっていた烏が甲高く鳴いた。
それに呼応するかのように地面が揺れた。地震によるものではなく、何かが強く叩かれたような振動だった。
それに驚いた烏が、詰まるように鳴き一鳴きし、飛び立った。
そしてカラスは見た。屋敷を中心に大地に亀裂が入っているのを。
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年期の入った絨毯は今だにその存在を主張するように張りの有る柔らかさを踏み入れたものに与えていた。今はそこに二人の人物がいた。
一人は長身でその隆々とした筋肉を惜しげもなく曝し、頭にはえた禍々しい二本の角に、むき出しの牙が見るものを否応なく威圧する。
もう一人はそれとは対極に、細身を軽鎧を着込みその背中には質素な剣を背負っていた。だがその剣からは隠しきれないほどの神々しさが漂っていた。
二人は――、魔王と勇者は向かい合って対峙していた。
その部屋に、微かに荒い息が繰り返されていた。
「くくっ。勇者よ、長かった戦いがつい終わりを迎えようとしているぞ」
魔王は勇者を見下ろしながら、勝ち誇ったように告げた。
「くっ! ……まだだ! まだ、諦めて、たまるか!」
勇者は荒くなった息を呑み込み、魔王を見上げた。
「ふっ。だがどうだ。勇者よ。お前の仲間は一人、また一人と、居なくなっていき、そして、お前の大切なものまで、今、消えようとしているのだぞ?」
「っ……!」
それは事実だった。ここまで来たというのに、今、自分は窮地に立たされている。打つ手はもうないのかもしれなかった。それでも、勇者である自分が最後まで諦めるわけにはいかない。そうでなければ、今までの犠牲が全て無駄になってしまう。
しかし、魔王はお構いなしに勇者を攻め立てた。芯に響く声を高らかにあげ、勇者に最後の一手を降り下ろした。
「これで最後だ!」
「やめろー!!」
勇者の最後の叫びは虚しく部屋にこだまし、消えた。
――固い木と木が掠れる乾いた音が一つ、
「チェックメイト」
そして、勇者は魔王に敗北した。
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「あー! くそっ! 負けた負けたぁ」
勇者はチェス盤の置かれた机を強く叩く。それにあわせて、建物が大きく揺れた。
それを気にすらせず魔王は笑う。
「ははは、勇者よ。なかなか白熱した一戦であったぞ。前回の黒白の石を裏返しあう……、何とい言ったか。あれもなかなかに面白いものであったが、やはりこのように駒を動かし攻めあう物はいいな」
勇者は項垂れながらも、勝ったことによる爽快な顔をした魔王を見上げ、確かに、と、笑う。
「だがあれも単純だが、それゆえにかなかなか奥が深いぞ? いかに四隅を取るかが決め手になると思うのだがな」
「うむ。我もある程度遊んだが、この間孤児院に行ったとき、子供たちにせがまれて一局やったのだが、いやぁ。子供とは恐ろしい、その院で一番強いものとやったのだが、……完封されてしまった」
勇者は苦笑。
魔王は吐息を一つつき、話題を変えた。
「そう言えば、新しい遊戯盤を召還したそうではないか」
「ああ、どうやらこのチェスに似ているのだが、ショウギ、と、言うらしい」
「ふむ。で、何が違うのだ?」
魔王は顎を撫でながら口角を上げる。
「一番の違い、と言うか、特徴なのだが、チェスでは相手の駒を取ればそれまでだが、何とこのショウギでは、取った相手の駒を自分の駒として使えるのだ!」
「何と! それは裏切りか? それとも洗脳でも掛けられたのか? まさかスパイか!?」
魔王は驚愕した。
「その世界ではどういった考えで、敵を味方として扱うのか興味があるな」
「ああ、そうなのだが、どうやらチェスと同じ世界のものらしい」
それに対して、またも魔王は驚愕した。
「意味が解らんな。チェスは確実に殺し、ショウギは敵を味方にして使うとは。その世界は何を考えているのだろうな?」
魔王の考えることに、勇者も頷き、苦笑。
「まぁ、世界が違うのだ。考えても詮無きこと、さっ。チェスに似ているが、一応一からルールを説明しよう」
そう言って、勇者と魔王は嬉々としてチェス盤と駒を片付け、いそいそとショウギ盤と駒を並べていく。
そうして、夜の帳が落ち、闇に包まれる森の中、勇者と魔王の戦いは続いた。