~その2~ プロジェクト始動
顔を赤らめたまま、エレベーターに乗った。
機械金属部は4階にある。エレベーターが4階に着き、私と一臣さん、そして樋口さんは4階の一番奥にある会議室に入った。
10階の会議室は、会社の中で一番大きい。この階の会議室は小さめだ。と思ったら、入り口に第2会議室と書かれてあった。なるほど。第1会議室はもっと大きいのかもしれない。
コの字型に並んだテーブルは、12人も座るといっぱいになりそうだ。14階の会議室は30人は座れるし、10階の大会議室は、100人は入れるだろう。
「一臣様、お待ちしていました」
会議室の奥には、女性社員が2人いた。一人はダークグレイのスーツを着ていて、髪をアップにしている。胸もヒップも大きめのナイスバディの人だ。
もう一人の女性は、黒のパンツスーツだ。髪は栗色でショート。スレンダーなボディをしている。
「他のものは?」
「はい。すぐに参ります。あ、こちらが今日の資料になります」
ダークグレイのスーツの女性が、一臣さんに資料を渡した。
「弥生の分は?」
「え?」
「弥生のだ。このプロジェクトの発案者で、俺の補佐なんだけどな」
そう一臣さんが言うと、その女性は慌てたように私にも資料をくれた。
「じゃあ、座って待っているか、弥生」
「はい。あ、一臣さん、お茶かコーヒーでも飲みますか?」
私は一臣さんに聞いた。すると、黒いスーツの人がすかさず、
「あとで、私たちが淹れますが…」
と言ってきた。
「ああ。俺はいい。もうコーヒーも飲んだしな。弥生は?」
「私もいいです」
「……」
そう答えると、
「はい、わかりました」
と、黒のスーツを着た女性が、一臣さんににこりと微笑んだ。
愛想がいいなあ。一臣さんと話をする時、頬赤らめているし。やっぱり、一臣さんはどこでも人気があるんだなあ。
それから、会議室に男性社員が入ってきて、一臣さんがいることに気が付き、
「遅くなって申し訳ありません」
と慌ててみんな席に着いた。
「全員揃ったのか?」
一臣さんが声をかけた。黒のスーツを着た女性が、はいと答えた。
それから、機械金属部の部長からの挨拶があり、そのあとに、プロジェクトリーダーに任命された綱島さんが挨拶をした。
「プロジェクトのメンバーは全員で8人です。それから、一臣様と補佐の上条さんを入れて、10人体制で今後は動いて行こうと思っていますのでよろしくお願いします」
「よろしく。なるべく俺も参加できるよう努力はするが、リーダーの綱島さんのもと、みんなで力を合わせて頑張ってほしい。若手のメンバーでのプロジェクトだから、社のみんなは期待半分、不安半分だと思うぞ」
一臣さんが言うようにみんな若い。リーダーの綱島さんも30代半ばくらいだし、他のメンバーは30代前半か、20代の人がほとんどだ。
女性社員の2人も、まだ若そう。20代半ばくらいかな。
「では、自己紹介をしていきましょうか。まず僕からしますが、今回、リーダーに選ばれた綱島といいます。え~~、以前は機械金属部、機械第1課の課長補佐をしていました。突然、部長から任命され、驚きましたが、大変光栄なことだと思っています。力の限り頑張って行きますので、よろしくお願いします」
物怖じをしない感じの、リーダー格っていう雰囲気を持った人だ。
それから順に挨拶をしていき、最後に女性二人が残った。
「わたくしは、金属第2課にいました日吉といいます。このようなチームに入れたことを、光栄に思いますし、会社に貢献していけるよう精一杯努力しますので、よろしくお願いします」
ダークグレイのスーツの人だ。はっきりとした口調でそう言うと、ぺこっと丁寧にお辞儀をした。
「わたくしは、機械第3課から来ました菊名です。一臣様の指揮のもと、働くことができて光栄です。よろしくお願いします」
黒のパンツスーツを着た人が、一臣さんのほうに視線を向けながらそう言った。一臣さんは何も答えず、その人が自己紹介を終えると、私の顔を見た。
「最後、弥生だろ?」
「え?私も?」
「当たり前だろ?」
「はい」
うわ。心の準備していなかった!慌てちゃう。
「え、えっと。今回、このようなプロジェクトに参加できて、嬉しいです。精一杯頑張りますので、みなさん、どうぞよろしくお願いします!」
ぺこりとお辞儀をすると、
「こいつは、上条だ。このプロジェクトの発案者だ。あと俺のことはもう言わないでもわかっているよな。まあ、この10人で、力を合わせ、頑張っていこうな?」
と、一臣さんが最後、締めてくれた。
一臣さんの言葉に、みんなは同時に「はい」と目を輝かせながら答えた。
ああ。そうか。私ったら、自分の名前を言い忘れてた。
発案者って言われちゃってるけど、まったくたいしたことはしていなくて、一臣さんの補佐になれるかどうかも疑問なのに。
日吉さんと菊名さんは、なんだかとってもしっかしりとして見える。さすが、チームに選ばれただけのことはあるって感じだ。
それも、綺麗だ。なんだってこうも、この会社は美人が多いんだろう。絶対に容姿端麗っていうのも、採用条件に入っていると思う。
日吉さんは、目が大きくて瞳も大きい。頬はややふっくらとしていて、髪をアップにしているけど、可愛いイメージのする女性だ。
菊名さんは色白で瞳も茶色い。髪が栗色なのは染めているわけではなく、地の色が栗色なのかもしれない。ショートカットがとても似合っていて、首も長く背も高く、パンツスーツがとっても似合っていてカッコいい。
はあ。あんな女性たちに、一臣さんは囲まれているんだなあ。どう見ても、2人とも一臣さんに気があるって感じで、一臣さんに話しかける時だけ頬が染まる。
ミーティングは、2時間ばっちり行われた。若手だけだからか、意見もどんどん出ていたし、珍しく一臣さんもどんどん発言していた。
それがかっこよくて、うっとりとしてしまい、私はほとんど、意見を述べなかった。
日吉さんは、みんなの意見をホワイトボードに書いたり、必要な書類を的確な場所で配ったりしていた。多分、そういう配慮がある人だ。
逆に菊名さんは、どっしりと椅子に座ったまま。男の中でも負けないくらい意見を発表して、時に対立意見も発言してぶつかったりしていた。
すごいなあ。やっぱり、大手の企業に採用される女性って違うんだなあ。秘書課の女性とはまた違ったタイプだ。特にこの二人は、事務員ではなく、営業担当で、管理職も目指しているらしい。
菊名さんは今、26歳。一臣さんと同じ年だ。なんと前いた課では主任だったらしく、もしこのプロジェクトでいい結果を出せたら、もっと出世するだろうと言われているらしい。
それは、ミーティングのあと、裏情報として樋口さんが教えてくれたことだ。
ミーティングが終わり、みんなはまだ、興奮冷めやらずといった感じで、一臣さんにいろいろと話しかけていた。今まで一臣さんと直に話をする機会もなかったんだろう。それに、今日の一臣さんは口数も多く、話し方も親しみやすい感じがあったので、みんな話しかけやすかったのかもしれない。
片づけを終えた日吉さんが、
「一臣様、みんなと親睦を深めるためにも、お昼をご一緒しませんか?」
と聞いてきた。
「それ、いい案ですね。ぜひ、私も一臣様といろいろと話がしてみたいです」
菊名さんまでがその話に乗った。
「悪いが、午後からこのプロジェクトのために、行かないとならないところがある。リーダーの綱島、同行できるよな?」
「はい。喜んでいたします」
「だから、悪いが今日は…」
「わたくしも午後、機械課に戻ってもさほど仕事があるわけではないし、同行させてください」
そう言ったのは、菊名さんだ。
「しかし、そんなに大勢で行っても仕方ないしな。とにかく、これからいろんなところを見て回ることになるから、俺と弥生だけじゃ無理だ。手分けしていくことになるから、その時はチーム編成でも組んで、回ってくれ。その辺のことは、綱島と…、それと名前は、花の名前だったよな?」
「菊名です」
「ああ。菊名。お前に任せる。頼んだぞ」
「はい」
「今日は弥生が勤めていた鉄工所にも行くから、俺と弥生とで行く。あ、綱島も鉄工所の工場長、会っておくといいから連れて行くぞ」
「はい。わかりました」
綱島さんは嬉しそうだ。
「あ、羊羹は樋口、買ったのか?」
「これからです。お昼はどうなされますか?一臣様」
「部屋で食うか。時間もないしな。じゃあ、2時になったら、綱島、ロビーにいろ」
「はい」
「昼飯は、弁当を買ってきてもらうか…それとも」
「樋口さんは羊羹、買って来るんですよね?じゃあ、私が一臣さんのお弁当も買ってきますけど」
「そうか?適当でいいぞ」
「はい」
一臣さんは、エレベーターで15階へと上がって行き、私は1階へのエレベーターを待っていた。すると、片づけを終えて、お昼を食べに行くのか、エレベーターホールに日吉さんと菊名さんも来た。私は軽く会釈をした。
「あなた。上条さんだったかしら」
菊名さんが話しかけてきた。ちょっと怖い顔で。
「はい」
「秘書課でしょ?」
「はい」
「どういう教育受けてるの?秘書はみんな、一臣様って呼ぶんじゃないの?私たちだって、部長からそう呼ぶようにと注意を受けたって言うのに」
「あ。そうなんですか?」
ちゃんと部長がそういう注意までするんだな。
「失礼よ。あなたもさんづけじゃなく、様ってつけたらどうなの?」
「え?」
そう言われても。
「企画を提案したからって、いい気になっているかもしれないけど、ただ提案しただけじゃない。なんの意見も言わないし、一臣様の隣でぼ~~っとしているだけの能無しのくせに」
うわ。
菊名さん、怖い人だったんだ。今の、かなりびっくりした。
「能無しはないんじゃない?言い過ぎでしょ」
日吉さんは、そう私をかばってくれたが、
「でも、言葉遣いは気を付けないと。一臣様もそのうち、怒り出すかも。怖いって有名だから。ね?」
と、首をかしげて私に言った。
「はあ」
エレベーターが来た。
「私たちは6階の食堂に行くから。じゃあ、またね」
日吉さんはくだけた感じでそう言って微笑んでくれたが、菊名さんは私のほうを見ようともしなかった。
なんとも、対照的なお二人だ。
それにしても、さんづけにしろと、一臣さんに言われたんだけどなあ。会社では、「様」とつけるべきなのかな。
お弁当を買いに行き、さんざん迷った挙句、とんかつ弁当と、幕の内弁当にした。一臣さんの趣味がまったくわからなかったので。
それから、遅くなったのでダッシュでエレベーターに乗り込んだ。
「あら。上条さん」
「あれ?大塚さん?」
1階なのに、なんでエレベーター?
「なんかね。秘書課の人間が足りていなくって、事務仕事が今日は誰もいないんですって。どこもかしこも会議だらけで、要請がいっぱい来ているらしいのよ。だから、事務のほうをお手伝いに行くことになって」
「大塚さんが?」
「新しい秘書、まだなんでしょ?」
「そうなんです。来週から3人来るんですけど」
「大変でしょ?上条さんも会議の手伝い?」
「はい、一臣さん…様の」
「様」に言い直した。やっぱり、さん付けは変かもしれないよね。だって、私、秘書なわけだし。
「一臣様の手伝いか。やっぱり、一臣様はすっかり上条さんのこと気に入ってて、自分にくっつけちゃってるのね」
「え?」
「葛西さんも、一臣様の第二秘書を狙ってて、引っ付いている時があったけど、あれはどう見たって、一臣様が気に入ってるんじゃなくて、葛西さんが勝手に引っ付いている感じがあったのよね」
そ、そうなんだ。大塚さんって、なんかよく見てて怖いかも。
「私も狙ってたの、一臣様。でも、怖いしクールだし、なかなか近づけさせてくれなくって。あなたはどうやって取り入ったの?最初嫌がられていたのに、いったいいつ?ねえ」
うわ。あれこれ詮索されてる。どうしよう。
エレベーターは、もう他に誰も乗っていなかった。11階でほとんどの人は降りてしまい、14階まで行く人は秘書くらいしかいない。12階、13階も、特に主だった部署の部屋はなく、13階にいたっては、大きな多目的ホールがあるくらいだ。
どうやら、入社式だの、何かの式典だのに使うための部屋があるらしい。そこは案内してもらえなかった。
12階には、資料室や、広報部がある。今まで緒方商事が紹介された雑誌や、テレビCMなどがいつでも閲覧できるような部屋があり、他にも、緒方財閥のことを紹介するものが多くそこには置いてある。いわば、その階全体が、資料館みたいなものだ。
時々お客様を招いて、見ていただいたり、新入社員の研修に使っていたり、これから入りたいと会社を見学に来た学生にもその階は、オープンにして、見てもらっているらしい。
すごい会社だよなあ。
そして、11階には情報システム部があり、パソコンがそのフロア全体に、ずら~~っと並んでいる。
そこは、セキュリテイも厳しく、簡単には部屋に入れない。ただ、IDカードをかざせばいいってものじゃなく、暗証番号まで打ち込まないと、ドアが開かないようになっている。
この暗証番号も、ひと月に一回は変わる。各自のパソコンに案内が毎月送られてくるが、それも月の3日目までだけで、暗証番号もすぐに見れなくなる。
ぼけっとしていると、すぐにその暗証番号がわからなくなってしまうらしいが、まあ、そうそうその部に行く機会もないし、関係者以外はなかなか立ち入ることのない部署だ。
っていうことで、11階は情報システム部の人が降りることはあるが、それ以上の階はほとんどの人が乗ってこないし、降りることもない。
学生が見学に来るのも、年に数回。入社式なども年に一回。研修も4月に2~3日。あとは、ほとんど秘書課の人間か、役員だけだ。
14階に着き、大塚さんは降りた。私は慌てて15階のボタンを押し、カードキーを差しこんだ。
「え?なんで、カードキーをあなたが持っているの?」
と言う声が聞こえたが、私はそのままさっさとエレベーターのドアを閉めてしまった。
今度会う時、なんて言い訳しよう。拾ったって言うわけにもいかないし、一臣さんにもらったって言ったら、もっとあれこれ詮索してくるかな。
それとも、もう婚約者だってことを、みんなにばらしちゃってもいいんだろうか。
一臣さんの部屋に行くと、
「遅い!どこまで買いに行っていたんだ!」
と怒鳴られた。やっぱりね。
「あと、1時間しかないぞ。急いで食え!」
「はいっ」
え?
「でも、1時間はあるんですよね?」
そう言うと、
「お前といちゃついてる時間が、なくなるだろ?だから、早くに食べていちゃつくぞ」
と言われてしまった。
なんだかなあ。やんちゃな男の子みたいだよなあ。こういうところ、やたらと子供っぽい。
いや、単なるスケベなおっさんかな?
「俺はとんかつでいいな?」
え?
幕の内を選ぶかなあと思ったんだけどな。
「うまそうだな。とんかつ、1個食うか?」
「はいっ」
「あ。本当はお前が食べたかったのか?でも、幕の内は嫌いだから、そっちはいらないぞ」
言ってよ。そういうことは前もって。まあいいけど、私は幕の内でも。
ああ、こういうところも、子供っぽいかもしれない。
だけど、ちょっと可愛いって思ってしまうのはなんでかな。惚れた弱みかしら。
なんちゃって。
そして、お弁当を食べ終えると、渋いお茶を一臣さんは飲み、
「弥生、テーブルの上片づけて」
とそう言われ、綺麗に片づけた。
一臣さんはソファに座ったまま、のんびりとしている。
あれ?いちゃつくのはどうなったのかな。あれ、冗談だったのかな。
そう思いながら、私もソファのほうに行くと手招きをされた。
あ。もしや、また一臣さんの膝の上に座るのかな。ちょっと、ドキドキしちゃうな。
なんて思いつつも、一臣さんに近づくと、やっぱり私の腕を引っ張り、一臣さんの膝の上に座らされた。
ドキン!
「綱島も一緒に行くことになんか、しなけりゃよかったな」
「え?」
「そうしたら、車の中でもいちゃつけたのに」
「しません。等々力さんや樋口さんがいるのに」
「樋口は行かないぞ、だいたい、そんなに大勢車に乗れないだろ」
「え?そうなんですか?」
「お前っていう秘書もいるんだしな」
私!?
「いちゃつけないから、今のうちにいちゃつかないとな」
え?
もう、いちゃついているよね。十分に。って…。
「駄目です!なんで太もも触っているんですか?」
「いいだろ?別に」
「セクハラです」
「違うだろ!いちゃついているんだよ」
え~~~~~~~~!うそ。
「ひゃあ!」
今度はうなじにキスしてきた。
「駄目です!」
「いいだろ?」
「駄目です。う、疼いちゃうから駄目!」
あ、自分からとんでもないことばらしたかも!
「そうか、疼くのか」
ひゃ~~~~~~~~!
「1時間もないな。でも、十分か」
「え?」
「するか。ここで」
「しません~~~~~~~~~!!!!」
私は思い切り一臣さんの腕を払いのけ、一臣さんの膝の上から飛びのいた。
ほ、本当に、油断も隙もない。
そのまま、部屋にいると危険なので、部屋も出て受付に行った。
「弥生様?」
あ。樋口さん。羊羹買ってきたんだ。
「あ、あの。あの。えっと。ちょっとここで、休憩をさせてください」
そう言って、受付のソファに座ると、一臣さんが部屋のドアを開け、
「逃げたな」
と、一言小さな声で言った。でも、樋口さんがいたからか、また部屋にすぐに一人で入って行った。
ああ~~。オフィスでも、ドキドキハラハラだ~~!気が休まる時がない。いったい、これから先もどうなるのやら…。