~その14~ まだまだ、はらはらドキドキ
一臣様…もとい、一臣さんより先にベッドに入った。掛け布団を肩まで掛け、パソコンを見ている一臣さんをじいっと私は見ていた。
「ん?眠れないのか?」
「…一臣様…いえ。一臣さんが横に来るまでは寝ません。いえ、寝ない…」
どうも、丁寧な言葉をやめようとすると、変になってくるなあ。
「なんだよ。さっきから、変な言葉使いになっているな」
「だって」
「友達と話すときみたいでいいんだぞ?」
「…葉月と話す時みたいにですよね」
「葉月って弟か」
「はい」
「仲いいんだろ?俺はまだ、面識がないが」
「え?パーティに来ていましたよ」
「そうか。ちゃんと挨拶したらよかったな。悪いことしたな。今度改めて上条家に挨拶に行くか」
「………」
一臣さんはパソコンの電源を切って、ベッドのほうに来た。電気を消すと、
「俺も入れろ」
と言って、布団の中に潜り込んできた。
ドキン。
潜り込んできた途端、抱きついてきて、おでこにキスまでしてきた。
「ああ、そういえば。総おじさまっていうのはなんだ?」
「え?」
「親父のことをそう呼んでいただろ」
「あれは…。私も今日、思い出したんですけど、社長は私が7歳くらいの頃、うちの道場に柔道を習いに来ていて、そこで私もよく会っていたんです」
「親父と?」
「はい。その頃、総おじちゃまって呼んでて」
「親父が上条家の道場に武道を習いに行っていたのか?」
「はい」
本当は一臣さんも来たことある。っていうことは、今言わないほうがいいかな。私、投げ飛ばしちゃったんだもんね。
「練習が終わると、総おじさまは離れに来て、そこで金平糖や飴を私と葉月にくれたんです。それで、いろんなお話をしたり、遊んだり」
「弥生を親父は可愛がっていたのか」
「はい。とっても」
「それ、忘れていたのか?今日まで」
「えっと。子供の頃、そういうおじさんがいたなあって、記憶だけは残っていました。だけど、それが社長だったとは、思ってもみなくて」
「だろうな。俺も親父が上条家の道場に行っていたなんて初耳だ」
やっぱり、私のこと全然覚えていないんだ。
「一臣様…じゃなくって、一臣さんは、武道を樋口さんから習っていたんですか?」
「ああ。ほとんど樋口からだ。あとは、ジムに行ったりして習っていたぞ」
「ジム?」
「空手や合気道を教えるところがあったんだ。そういうところで、習っていた。だから、お前みたいに本格的に習っていたわけじゃないから、段をとったわけでもない。親父もだけど、護身術って程度で習っていたんだ」
そうだったんだ。
「だから、お前と対戦したら、俺が負けるかもな…。ああ、それで思い出した。一度だけ、道場に行ったことがある。確か、龍二も一緒に親父と連れて行ってもらって、そこにいた女の子に、投げ飛ばされたんだった。体が小さいくせに、強かったよなあ…」
それ、私だ。きっと。名乗りあげてもいいものかどうか。
「……そいつから、飴をもらったな。よく親父が持ち歩いてたドロップ…」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。女の子に簡単に投げ飛ばされて、寝技までかけられて、落ち込んでいたら、これあげるって言ってくれたんだ。こいつ、親父からもらったドロップよこしやがったって、すぐにわかったけどな」
「………」
そうだったんだ。よく覚えてるんだな。
「………あれ?」
「え?」
ドキン。
「あれは、俺が確か、8歳くらいの時だ。龍二は5歳。だとすると、お前は7歳だな」
「はい」
「お前が7歳の頃、親父はお前のところの道場に、習いに行っていたんだよな」
「はい」
「ってことは、あれ、お前か?!」
わあ。ばれた~~。
「私も、そのことは今日総おじさまに聞いて、知ったんです。男の子と戦った覚えはあったんですけど、それがまさか一臣さんだったとは…」
「俺はじゃあ、お前に投げ飛ばされたのか」
「…ごめんなさい」
「あ~~~~~~~~~~~~」
あれ?唸りだした。あれ以来、強い女の子がトラウマになったってことを思い出したのかな。
「まじかよ。それで、親父は他にも何か言っていたか?」
「え?」
「俺がお前に…投げ飛ばされた以外のことだよ」
「……ちょっと言ってました」
「何を言ってた?」
「え。ちょっと」
「言えよ!もったいぶらずに」
でも、でもなあ。言いづらい。一臣さんが私と結婚すると宣言しちゃったなんて。
「……その様子だと聞いたんだな?」
「え?」
「は~~~あ。思い出さなきゃよかった。あんな子供の頃のこと」
え?もしや、一臣さんも思い出した?
「まさか、親父、それで俺とお前を婚約させたわけじゃないよな」
「そう、言ってました」
「え?俺がお前と結婚するって、8歳の頃に言っていたからか?そんな子供の戯言を本気にして、婚約させたのか?!」
「は、はい。あと、総おじさまが私のことを養女にしようと、半分冗談で半分本気で父に言ったことがあったらしく。それで、父が冗談で、養女にはさせられないが、嫁に出すんならいいって言っちゃったみたいで」
「………なんだよ、そりゃ」
「父は冗談だったんですけど、総おじさまは、本気で私を一臣さんのお嫁さんにって思っちゃったらしくって」
「なんだ~~。そりゃあ。じゃあ、お前が俺に惚れたからでもなんでもなくて、親父がお前を気に入って、俺がお前と結婚するなんて言い出したからなのか?」
「は、はあ。そうみたいです」
「俺か?俺が原因か?!」
そう言うと一臣さんは、しばらく黙り込んだ。もしや、後悔しまくっていたり?なんで、俺、そんなこと言っちまったんだ…とか。
「そうか」
一臣さんはぽつりとそう言うと、私を抱きしめてきた。それもギュウって。
「お前がもし、うちの養女になっていたら、俺の妹ってわけだろ?」
「あ。そうですよね!私、一臣さんのことお兄様って呼んでいたかもしれないんですね」
「それだと婚約も結婚もできないな」
「あ。そうか」
「良かったな。養女にならなくて。お前の親父さんに感謝だな」
「はい」
「そんとき、嫁だったらいいぞって言ってくれて、感謝だな」
「………」
本気でそう思ってる?
「そうか。あの時の女の子がお前か」
「覚えてますか?私のこと」
「お前は?」
「髪がくるくるってしたかわいい男の子だって、そう思ってました」
「俺のこと?」
「はい。色白で、可愛かったです」
「だから、キスまでしたのか?」
「ほっぺにですよ?!」
「それでも、俺にとっちゃ、女の子からのキスはあれが初めてだったぞ?」
「そうだったんですか?」
きゃあ。それ、ちょっと嬉しいかも。
「あれで、落ちたんだ。それも、俺とずうっと友達になるとか、そう言う可愛いことまで言ってくれて、こいつ、すげえ可愛いかもって」
「え?!」
「髪、このへん結わいていたよな?赤いゴムつけて」
一臣さんは、頭の上を指差した。
「はい。結わいていないと男の子に間違われることも多くて。葉月と双子に思われたりしていたし。でも、髪短かったから、結わいてもちょんまげみたいになってた」
「ははは。だけど、その結わいた髪が、可愛かったんだ」
え~~~~~~~~~~~~。そんなことまで、覚えているの?!
「なんだ。じゃあ、あれが俺の初恋だとしたら、俺は初恋を叶えたってことか?」
「え?」
きゃあ!初恋?私が?
「それで、そんな子供の頃に結婚しようと思っていた子と、俺は結婚できるってことか?」
「そ、そ、そうなんですね」
「すげえな。アメージングだな」
「アメージング?!」
「ははは。まったく。親父のやつ。とんでもないこと考えるよな」
「………」
一臣さんの笑顔、可愛いかも。
チュ。
唇にキスをしてきた。それから私の顔を覗き込み、じいっと目の前で私のことを見つめている。
「な、なんですか?」
「可愛いなって思ってさ」
ドキ!
「本気で、俺はお前にまいってるなって、そう思ってさ…」
ドキドキーーー!!!
一臣さんは私の頬を優しく撫で、それからキスをしてきた。優しいキスだった。そして、
「おやすみ、弥生」
と、優しくおでこにキスをして、私を抱きしめた。
「おやすみなさい。一臣さん」
今日も、一臣さんの腕の中で眠れるんだ。嬉しい。
優しいぬくもりの中で、安心しきって私は目を閉じた。
あ、ずっとまた、敬語になってた。どうも、この癖は抜けないなあ。だけど、会社では敬語のままでいいんだよね。
そして、その日の夢では、私は必死に一臣さんに葉月と話すみたいに話そうと、頑張っている夢だった。でも、やっぱり、変な日本語を連発していた。
ブルルル。ブルルル。
アラームの音で目が覚めた。一臣さんも目が覚めたようだ。
「ふわ~~~~~~~~あ。よく寝た。おはよう、弥生」
「おはようございます」
「おはようでいいぞ?おはよう、一臣って言ってみ?」
「え?」
だらだら。そんな夢を見ていたから、夢の続きみたいだ。それも、顔から変な汗が出てきた。
「えっと、えっと。お、オハヨウ…。か、か、か、一臣……さん」
「呼び捨ては無理か?」
「はい。無理です」
「しょうがねえなあ」
チュ。おでこにキスをすると、一臣さんはベッドから起き上がった。
「龍二のやつは今朝、早い飛行機で帰るって言ってたよな」
「え?そうなんですか?」
「ああ。おふくろもついて行くから、多分、今朝はダイニングに行っても誰もいないぞ」
「……京子さんは?」
「帰っただろ。昨日のうちに。迎えの車だって来ていたんだし」
「あ。そうなんだ」
「…俺も、食堂に一緒に行って、コーヒーでも飲むか」
「はい!じゃあ私、着替えてきます」
「なんだよ。やたら元気じゃないかよ。あと一回くらいできたな、昨日…」
「な!何を言ってるんですか!もう!」
「……まだ、敬語なんだな。まあ、いいけどな」
一臣さんはそう言うと、バスルームに入って行った。私もそそくさと、自分の部屋に戻った。
きゃっきゃっ!なんだか、嬉しいかも。一緒にダイニングでモーニングコーヒーだ。
朝からハイテンションだ。今日は何を着て行こう。あ。役員会議で紹介されるなら、紺のスーツくらい、着ちゃおうかな。
パジャマを脱いでブラウスを羽織って、ボタンを閉めようとして胸にあるキスマークが目に入った。
あ!そうだった。昨日、キスマークつけられたんだった。
きゃあ。
恥ずかしいのに、嬉しい。この感覚って何かな。
一臣さんのものになったみたいで、恥ずかしいけど嬉しい。
「ずっと消えなかったらいいのに。そうしたら、ずっと一臣さんのものだって、そう自覚できるし、自信も持てるし…」
キスマーク、催促したらつけてくれるのかな。
って、そんなこと催促できるわけがない。恥ずかしくて!
ドキドキしながら顔を洗いに行き、歯を磨き、化粧をして部屋を出た。
今、7時10分。お屋敷は8時10分頃に出る。あと1時間はゆっくり一臣さんと過ごせるのかな。
ダイニングに行くと、一臣さんはすでにYシャツとスーツのパンツを着て、椅子に腰かけ、新聞を広げていた。
は~~~~~~。うっとり。なんだって、こんなにかっこいいんだ。今日のYシャツはストライプで、パンツは紺色。
あ。私も紺のスーツだから、お揃い?!
「紺色のスーツにしたのか?」
「はい。お揃いですね」
喜びながらそう言うと、一臣さんは片眉をあげて、ちょっと嫌そうな顔をした。
な、なんで?あれ?まだ、龍二さんがいるとか?
きょろきょろと辺りを見回した。メイド達や、国分寺さんはいるけど、他には誰もいない。
それとも、皆の前でまだ、仲が悪いふりをしないとならないのかな。
「お前、紺より、淡い色のほうが可愛いぞ。ピンクとかベージュとか、水色のスーツ…」
「え?パステルのほうが良かったですか?役員会議で紹介されるから、紺色にしたんですけど」
「あ!そうか。今日はあのエロ爺集団に、お前を紹介しないとならないのか。じゃあ、それで十分だ。あ!もっと丈が長いスカートはないのか?!」
エロ爺集団って…。その言いよう、いいのかな。
「ないです。どれも、同じ丈です」
「しまった!こういう時用に長いのも買っておけばよかったな。パンツスーツもないよなあ」
「はあ」
こういう時用って、どういう時なんだか。
「じゃあ、絶対に、爺の前で屈んだりするなよ。それから、ケツ、触らせるなよ」
「触らせません。大丈夫です」
も~~。またそんなこと言って。
「そうか?あいつら油断も隙もないからな。気をつけろよ」
さすがに、一臣さんのフィアンセだって知ったら、セクハラしないでしょ…。
「弥生様、どうぞお座りください」
国分寺さんが一臣さんの席の前に、私を案内してくれた。
ああ。やっとこまた、一臣さんの前に座れるんだ。嬉しいかも!
「一臣様、コーヒーお持ちしました」
「ああ」
日野さんがコーヒーを持ってきた。私の前には亜美ちゃんが、朝食を用意してくれた。
「ありがとう。亜美ちゃん」
「いいえ。それでは、ごゆっくり」
亜美ちゃんはなぜか頬を染めて、その場からすすすと去って行った。
あれ?いつもなら、私のすぐ後ろにいない?振り返って見ると、誰もそばに立っていなかった。キッチンに近い壁のあたりで、みんな黙って素知らぬ顔して立っている。
「?」
「気を利かせてるんだろ。俺とお前が2人で話しやすいように」
「え?そ、そうなんですか?」
「俺とお前がもう、一夜を共にしたって噂は、屋敷内に流れたかもな」
え~~~~~~~~~~~っ!
それは、えっと。えっと。えっと。一臣さんに私が抱かれちゃったってことがみんなに、ばれているってことだよね?!
「だから、遠慮せず、どこでもいちゃつくか」
「いえ。いえいえいえ」
また、一臣さんがとんでもないことを言いだした。
「なんだよ、いいだろ?お前、俺のフィアンセなんだし、もう龍二もいないんだし。いちゃいちゃし放題だぞ」
「いえ。しませんから!」
なんなの。その、いちゃいちゃし放題っていうのは。
ああ。顔が熱い!
もう。なんだって、一つ解決してほっとすると、また、何か大変なことがやってくるんだ。
一臣さんは、今まで、エスコートをするために背中に腕を回すことはあっても、みんなの前で、いちゃつくことはしなかった。
だけど、もし、いちゃつくことになったら。どうなっちゃうの?
どんなことしちゃうの?!それも、し放題ってなんなの!?
まだまだ。ハラハラドキドキの波乱万丈が続いちゃうの?!