~その13~ 一緒にジャグジー
「あ。また、腰砕けたのか?しょうがねえな」
一臣様は、私の腕を持って抱きかかえると、椅子に座らせた。そして、シャワーを持って私の体についている泡を流してから、
「髪も洗ってやるから、頭を下げておけ」
と、そう言った。
髪も?!
前かがみになると、シャワーと指でやさしく私の髪を濡らし、シャンプーをつけると、優しく髪を洗いだした。
体を洗ってもらうのは、ドキドキで心臓が壊れそうだったけど、髪は、美容師さんに洗ってもらっているみたいで気持ちいい。
ううん。美容師さんよりも気持ちいい。緒方財閥の御曹司にこんなことさせちゃってもいいのかな。
シャンプーが済むと、ちゃんとトリートメントまでしてくれて、それを優しく洗い上げると、一臣様はタオルを取りに行って、優しく拭いてくれた。
「ほら。あとは自分で髪を拭け。ジャグジーにも入るんだろ?」
「はい」
うっとりとしていて、ほわわんとしながら、私はタオルを頭に巻き、バスタブに入った。
一臣様は自分の体を洗い出した。
あ。
あ、あ、あ。背中と胸、洗えなかったんだけど…。
一臣様は何か、ブラシのようなもので洗っている。あれって、バスルームの壁にいつもひっかけてあったやつだ。バスタブを洗ったりするものじゃなくて、体を洗うブラシだったんだなあ。
うっとり。
それから、シャワーを壁に固定すると、一臣様は立ったまま、髪も洗い出した。ガシガシとシャンプーで洗い、それをジャバジャバとシャワーで流す。
それから顔を上に向けてシャワーのお湯で顔を洗って、前髪を全部後ろに手であげて、オールバックみたいにすると、キュッとシャワーを止めた。
そして両手で顔にかかっているお湯を拭うと、静かにバスタブに向かってきた。
は~~~~~~~~~~~。今の動作、仕草、全部が素敵。まるで映画のワンシーンを見ているかのようだった。
ぼけっと私はバスタブのふちにつかまりながら、一臣様を見ていた。その横に一臣様は入ってきた。
「なんだ。ジャグジーにしていないのか?」
「あ。忘れてました」
「なんだよ、俺にずっと見惚れているからだ」
はあ。ばれてたか。でも、いいや。目を離そうにもきっと無理だと思うもん。
一臣様は、ジャグジーのスイッチを入れた。バスタブの中は、ぶくぶくと泡が出てきて、強くなってきた泡に、一臣様は背中を当てた。
私も一臣様のすぐ隣で、背中に泡を当てた。
バスタブは私と一臣様が2人入っても、全然余裕だ。
2人して足を伸ばし、
「あ~~、気持ちいい」
と言いながら、しばらくのんびりとした。
お風呂はアロマの香りが漂ってきていて、だんだんと眠くなってくるほどだ。
「寝るなよ。部屋に連れて行くの大変なんだからな」
あ。目が閉じかかっているの、ばれちゃった。
「寝ません」
そう言った次の瞬間から、また瞼が下がってきた。今日、琴の演奏で緊張もしたし、一臣様に昨夜から数えたら、3回も愛されちゃったしなあ。疲れが出たのかな。
「寝るな。風呂の中で襲うぞ」
「駄目です…」
「駄目って言うと、燃えるんだよ」
そう言うと、一臣様は私にキスをしてきた。
でも、唇に触れるだけの…。あ、なんかもっと気持ちよくなって、眠くなったかも。
「寝るな。本気で寝ようとしているだろ、お前」
ほわわわ~~~~ん。
「今日、酒飲んでないよな?」
「はい」
「弥生。こら。起きろよ」
そう言うと、一臣様は私の胸を触ってきた。
「ひゃあ!!駄目!」
「あ、起きた」
う。起こすために触った?違う?まだ、触ってる。
「駄目です」
「駄目って言われると…」
燃えるって言うんだよね。じゃあ、なんて言ってやめさせたらいいの?そもそも、やめてくれるの?
「だ、駄目!」
「だから、駄目って言われても燃えるだけだぞ」
「でも、駄目です」
し~~~ん。あ、無視してる。
「あ!!!!!駄目!!!!」
きゃあ。声が裏返った。高い変な声になっちゃった。どうしよう。
「なんだよ、感じてるんだろ?」
スケベ発言!変態発言!!!
「ここで、するか?」
「し、しません。それに体力的にもう限界」
「本当に?もう限界か?」
「…か、一臣様は?」
「俺だったらもう1回くらい」
「どこが、淡泊なんですか?うそばっかり」
「そうだな。いつもの俺だったら、考えられないよな。でも、相手がお前だと、燃えるな…」
やめて!それも、なんだか変態発言!
「弥生もタフそうなのにな」
いえ。いえいえ。恋愛初級者の私には、一気にレベルが上がりすぎて、もうヘトヘトです。
「ん?まだ、できるのか?」
「無理ですってば!これ以上何かしたら、明日会社に行けません」
「じゃ、休めば?」
「だ、駄目ですよ~~」
「いいぞ。上司の俺が言ってるんだから。有給にしてやるぞ?」
信じられない。もう。
「明日、役員会議で私を紹介するって言っていましたよね?」
「あ。そうだったな。あ~~~。役員会議って9時からだ。じいちゃんばっかりだから、やたらと早くから始まるんだよなあ。遅刻できないな」
一臣様はそう言うと、はあ…と溜息をついて、
「じゃあ、そろそろ風呂から出るか」
と、立ち上がってバスタブから出た。
私もそのあと、続いてバスタブから出た。
一臣様はバスタオルを持って、
「拭いてやろうか?」
と聞いてきた。
「け、結構です。あ!私が拭きます!」
そう言って、私もバスタオルを持って、一臣様の背中を拭きだした。だって、洗えなかったんだもん。拭くのくらいはしてあげたい。
してあげたいっていうより、一臣様の地肌に触れたいだけかも。
って、私も、十分変態かも!
だけど、広い背中をバスタオルで拭き、腕まで拭いて、腕の筋肉に惚れ惚れしてしまった。うっとり。
「前も拭くんだろ?」
くるりと一臣様が前を向いた。
うわ!胸をもろに見てしまった。きゃあ。
恥ずかしいけど、拭いちゃえ!一臣様の胸やお腹。あ。やっぱり、腹筋しっかりとあるよね。
ほわん。素敵。
でも、手がお腹で止まった。その下までは、拭く勇気がない。ちらっと見て、パッと視線を外し、
「こ、ここまでで…。あとはご自分でどうぞ」
とそう言って、バスタオルを渡した。
「そうか?」
そうかって、やけに素直に聞いてくれたな。でも、良かった。全身を拭けって駄々コネられたら、大変だった。
って。あれ?あれれ?
なんで、私の背中拭きだしたの?
「いえ。私じゃなくて」
「ご自由にどうぞって言ったろ?」
「ご自分でどうぞって言ったんです!」
あ!お尻も拭いてる!
「きゃあ」
「前にも拭いたことあるから安心しろ」
何が安心?前って?あ。そうか。私がバスタブで寝た時だ。
そして後ろからふわっと抱きしめるようにして、体の前にバスタオルを持って来ると、べったりと一臣様の体を私の背中にくっつけて、抱きかかえるように私の胸を拭きだした。
どんな拭き方?これって。うわ。なんか、真正面から拭かれても恥ずかしいけど、これはこれで、ちょっとエッチ…。
チュ。
「ひゃ!」
うなじにキスしてきたし。
「チュ」
うわ!今度は肩。
「か、一臣様!」
「感じたのか?」
「駄目です!」
「ああ。また駄目って言ったな。その気になって来たけど、いいか?」
「駄目!」
バスタオルが一臣様の手から落ちた。そして、私を後ろからギュッて抱きしめてきた。
うわ~~~~~~~~~。それだけでも、心臓がばくばく!
「ここでするか?」
「しません!もう寝るんです!」
「本当にしないのか?」
「しません!!ったらしません!!!!」
何度これを繰り返すんだ。確かさっきは、バスタブでもこんな会話をしたよね。
「残念だな。じゃあ、続きは明日かな」
え。まさか、連日?
本当に毎日?!
くるり。前をいきなり向けられた。うわ。胸が一臣様に丸見え。
「チュ~~~~~!」
え?
な、なんで胸にキス?!
「ああ。ついた。キスマーク」
ええ?!
「ブラウスを着ている分には見えないかな」
「き、キスマーク?」
あ。本当だ。赤くついてる。ううん。うっすら薄紫。
「胸の開いた服を着たら見えるからな」
「き、着ません。ちゃんとブラウスで隠します」
「…うん。このキスマークも、俺にしか見せるなよ。な?」
エッチ!
心の中でそう叫んだ。でも、口にはできなかった。だって、エッチだと?とか言って、襲って来そうだし。
一臣様はバスタオルを腰に巻くと、先にバスルームから出て行った。私もバスローブを体に巻き、鏡を見た。
あ。キスマーク見えてる。
ドキン!
なんか、一臣様の印でもつけられたみたい…。
か~~~~~~~~。顏が火照ってきた。
そのまま歯を磨き、顔も洗ってから、私はバスルームを出た。一臣様は、立ったまま髪を乾かしていた。
「お前の髪も乾かしてやろうか?」
「だ、大丈夫です」
ちょっとでも、髪や首に触れられたら、私がやばそう。きっと疼いちゃう。
そそくさと私は自分の部屋に戻り、クローゼットを開けて下着をつけ、パジャマを着た。下着は、ごく普通の白い下着だ。
なんだか、やたらと長い1日だった。いろいろあったなあ。
そして、明日からはどんな日になるんだろう。そう思いながら、一臣様の部屋に戻った。
一臣様はバスローブを着て、ソファにくつろぎながら、何かを飲んでいる。あ、水だ。ミネラルウォーターのペットボトルだ。
「私も、水もらってもいいですか?」
そう聞くと、
「口移しで?」
と聞いてきた。
もう~~~~~~。言うことが全部エッチなんだから!
「普通に、コップで飲みたいです」
「なんだよ。つまらないやつだな」
もう~~~!!
一臣様はグラスにペットボトルの水を入れると、渡してくれた。
「ありがとうございます」
それをゴクンと飲んだ。あ。なんだか、喉乾いていたんだな。すごく潤う。
「足りるか?」
「はい。髪、乾かしてきます」
「ああ。そこで乾かせよ。髪を乾かしている姿見ていたいし」
え。そうなの?
ドキドキしながらも、チェストの前に座り、ドライヤーで髪を乾かしだした。一臣様は、私をじっと見つめていた。
「弥生」
「はい?」
ドライヤーを止めた。
「お前さあ、俺のフィアンセで、そのうち奥さんになるわけだし」
「はい」
「そんな敬語は使っていないでもいいぞ。普通に話せよ」
「そういうわけにはいきません」
「なんでだ?秘書でもないし、メイドでもないんだ。普通でいいぞ?」
「……いいんですか?」
「ああ。俺はかまわない。それに、様もつけなくていいぞ」
「え?!な、なんでですか?」
「メイドじゃないんだし。普通にさん付けでもいいし、なんなら、呼び捨てにしてくれてもかまわないぞ」
「…さん付け?」
「お前、龍二はさん付けだろ?なんで俺は、様をつけるんだ?」
「なんでって。そうずっと呼んできたから…」
「じゃあ、龍二みたいに、俺のことも一臣さんって呼べばいいだろ?別にいいぞ。それで」
「一臣さん?」
「ああ。そっちのほうがしっくりくる」
「え?そうなんですか?でも、みんな、一臣様って呼んでいますよね?」
「みんな?」
「メイド達だけじゃなく、細川女史も、青山さんも」
「秘書だからな」
「…あ。樋口さんもだった」
「お前は俺の妻になるんだろ?あ。いとこの汐里は今日、一臣君って言っていたけど、いつもは呼び捨てだぞ」
「呼び捨て?」
「一臣って呼んでもいいぞ?」
うひゃ~~~~~~~~~!一臣様を、一臣って?
うきゃ~~~~~~~~~~~!心の中で呼んだだけでも、顔が火を噴いた!
「あはは。真っ赤だな。なんでだ?」
「こ、心の中で呼んでみたから」
「一臣って?」
「はい。やっぱり、無理そうです」
「じゃあ、ベッドの中でだけは、一臣って呼べよ」
「そういう趣味でもあるんですか?」
「どんな趣味だよ」
「わ、わからないけど」
「一臣様って、ベッドで言われると、かえって変な趣味でもあるみたいに感じるぞ」
「え?」
変な趣味?
「主従関係でもあるみたいだろ?主と…奴隷みたいな?」
奴隷?!
「それもそそられるけどな」
「うわ。そ、そんなの困ります。わかりました。いっつもさん付けにします!」
「…でも、ベッドでは」
「さん付けにします!」
「……。まあ、いいけどな。そのうち、呼び捨てにしてくれたら、それでも」
なんで?なんで、呼び捨てがいいの?
「あと、その敬語もよせよ。特にベッドでは。まあ、愛の奴隷みたいでそそられはするけど。それでもいいならいいけど」
愛の奴隷?なんじゃ、そりゃ!
「嫌です、わ、わかりました。普通に話します」
「今も敬語だったぞ」
「え?いつも敬語はやめるんですか?」
「…まあ。仕事中は敬語でもいいけどな。2人きりの時は、普通に話せよ」
「……はい」
「はいじゃなくて、うんでいいぞ?」
「え?」
うんって言っていいの?なんだか、言い慣れていないから、変な感じ。だいたい、普通に話しているのって、葉月とくらいだし。友達とでも丁寧な言葉を使って、びっくりされられてたことよくあるし。
でも、それを一臣様が望むんだったら。
っと、違った。それを一臣さんが望むなら…。
「じゃあ、2人でいる時は、ふ、普通に話しま…。話す…。普通に話…」
なんて言ったらいいんだ?
「えっと。普通に」
「ブッ!何回言い直しているんだよ」
「だって、慣れなくて」
そう言うと、一臣様は私の後ろに来て、チュッとおでこにキスをした。
「髪、まだ濡れてるぞ。乾かしてやろうか?」
「いえ。大丈夫で…。だ、大丈夫。一臣様は…。一臣さんは、ソファで休んでいてくだ…。休んでいて…ね?」
うっわあ。しどろもどろだ。最後なんて、ね?って、声あがっちゃったし。何様だ。私は。
「あははは。面白いなあ」
ほら。面白がられた。もう。必死なのになあ。こっちは。
だけど、夫婦になるんだもんね。あと半年もしたら。
ドキン!私、緒方弥生になるんだよね。緒方弥生。これ、何度か心の中で呟いたり、紙に書いたりした。それで、うっとりとしていたっけ。
それがもうすぐ叶うんだ。
ドキドキ。一臣様を見た。あれ?一臣様も私を見ていた。目が合っちゃった。
私はすぐに目線を鏡に向け、ドライヤーでまた髪を乾かした。
あ。様じゃなくて…。さんでした。いつ、さん付けでスムーズに呼べるようになるのかな。