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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第7章 ついにその時が!
92/195

~その10~ いよいよ、決定!

 私はそのまま、父たちのところに行った。

「弥生ちゃん、素晴らしい出来だったわ」

 祖母がそう言って、私を軽くハグしてくれた。


「弥生、良かったぞ」

「弥生、よく練習を頑張ったな。練習の成果、しっかりと出ていたぞ」

 祖父と父が褒めてくれた。


「弥生、素晴らしかった」

「上手だったよ」

 如月お兄様と卯月お兄様も…。そして、

「良かったんじゃない?」

と葉月は上から目線だった。


「は~~~~~~~~~。緊張した」

と、ホッとしたのもつかの間、ステージには麗子さんが立って、

「一臣様。おめでとうございます。一臣様のために弾きますので、聞いてください」

と、一臣様に熱い視線を送っていた。


 麗子さん、今日はまた、すっごく大人っぽい体の線にぴったりとしたドレスだなあ。色は何色って言うのかな。ゴールドかな。そして、バイオリンを弾きだした。

 うわあ、上手だ。龍二さんは力強かったけど、麗子さんはとってもエレガントだ。


 終わると拍手喝采。

「美しいし、バイオリンもすばらしい。あの方を一臣様は選ぶんじゃないか?銀行の頭取のご令嬢だろ?」

「うん。一臣様もうっとりと聞いていたようだし」

 そんな声が周りから聞こえてきた。


 うそ。本当に?一臣様、うっとりしていたの?


 麗子さんはお辞儀を丁寧にすると、ステージを降りた。そして次に上ったのは、京子さんだった。

「また、美しいお嬢様が現れたぞ」

 また、そういう声が周りから聞こえてきた。


 確かに。美しいうえに、ハーブの演奏だ。

 京子さんは、マイクの前には行かず、すぐにハーブの前に座った。


「ハーブの演奏だって。すごいなあ」

「でも、彼女に似合っているなあ」

 そんな声も聞こえてきた。そして、演奏は始まった。


 うわ~~~~~~。音色も綺麗だけど、演奏をしている京子さんがあまりにも美しくて、広間のみんなはうっとりと見惚れている。

 水色のドレスの裾がひらひらと広がっていて、黒髪を一つにまとめ、真っ白い指でハーブを弾いているその姿は、まるで女神のようだ。

 この世のものとは思えないくらい、はかなくて美しい。


 一臣様は、京子さんの姿を見ず、目を閉じて聞いている。


 演奏が終わると、一番の拍手喝采。もしかすると汐里さんの時よりも、大きな拍手だったかもしれない。

「美しかったわ」

「大学病院のお嬢様でしょ?一臣様もこんなに美しい人だったら、この人に決めるわよね」

「そりゃそうよ」


 ぼそぼそとそんな声が聞こえてくる。

「こんな美人と結婚できるなんて羨ましいなあ」

「僕なら、絶対にこの人に決めるな。スタイルも抜群だしなあ」

 そう言っているには、50代の髪が薄くなったおじさんたち。


 あ。龍二さんがいる。私とは逆側の壁際に立って、京子さんの演奏を見ていたんだ。なんだか、悔しそうな顔をしている。


 なんでだろう。もしかして、京子さんが一臣様を諦めなかったからかな。


 ドキン。今のを見て、一臣様の心が動いていたらどうしよう。

 なんて、突然、不安になってきた。


「一臣様。お誕生日おめでとうございます。わたくし、この場で少し、お時間をいただいてよろしいですか?わたくしは、父の経営する大学病院に入院している時があり、その病院で一臣様とお会いしました。その時、一臣様の奥様になりたいと思って、心臓の手術を受ける決心をしました」

 どよっといきなり、広間のみんながざわついた。


「難しいと言われている手術だったので、怖くて受けられなかったんです。でも、一臣様のために、元気になりたい一心で、決心しました。そして、手術も成功して、こうして元気になりました」

 ざわざわ。まだ、大広間はざわついていた。でも、京子さんはかまわず、話を続けた。


「一臣様と出会わなかったら、私は今頃、この世にいなかったかもしれません。あの時、出会って本当に良かったです。ですから…、どうか私は一臣様に恩返しがしたいのです。だから、私を選んでください」

 恩返し?!え?結婚が恩返し?


「鶴の恩返しだな。まるで」

 うしろで葉月がぼそっとそう言った。

「でも、今の発言は不利だよなあ」

 そう言ったのは卯月お兄様だ。


「ああ、一臣氏の結婚相手は、健康が何よりも大事。それが一番の条件と言ってもいい。なにしろ、元気な跡継ぎを産まなきゃならないんだからなあ」

 如月お兄様も小声でそんなことを言っている。


「だったら、一番弥生がいいんじゃないの?元気な赤ちゃん、何人でもポコポコ、産めそう」

 そう言ったのは、もちろんのこと葉月だ。

「心臓に疾患があって、手術をして元気になったとはいえ、無理はできないだろうしな」

「そうだな。弥生みたいにポコポコは産めないだろうな」

 う。卯月お兄様まで、ポコポコって…。


 京子さんがステージから降りると、司会の人が、一臣様をステージに呼び、

「いかがでしたか?皆さんからのプレゼントは」

と聞いた。


「………」

 あれ?一臣様、言葉を失ってる?

「なんだか、まるでイベントごとか何かのようになってしまっているが、婚約者を決めることより、誰になろうと、その婚約者をみなさんに紹介して、受け入れてもらうことが今日の本来の目的なので、それだけはみなさんにご理解いただきたい」

 一臣様は一気にそう言った。


「あ、そうですね。どなたが選ばれるかというイベントではなく、婚約者をみなさんに紹介するのが目的なんですね」

「そうです」

「では、もうお心には誰になるか、決まっているということですね?」

「……はい」


 一臣様は頷いた。

「誰なんでしょうか。ドキドキしますね」

「ですから!そういうことを決めるイベントではないので、変な盛り上げ方しないでもらいたいと言ってるんです」

 あ。一臣様、怒った。眉間にしわもよった。


「あ、も、申し訳ありません。では、婚約者を紹介していただく前に、一臣様の演奏をお聞かせ願えますか?」

「はい」

 一臣様はまだ、顔がむっとしたまま。その表情のままグランドピアノの前に座った。


 司会の人は顔を青ざめさせ、汗をだらだらかきながら、

「一臣様の演奏はショパンのノクターンです」

と、そう言って、慌ててステージから降りて行った。


 ノクターン?

 ドキドキ。黒いタキシードに真っ白のシャツ。タキシードの裾をひらっと後ろになびかせ、椅子に座り直してから、一臣様はピアノを弾きだした。


 うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!

 かっこい~~~~~~~~~~~~~~~~~!


 流れるような指使い。それから、とっても優しい表情。さっきのムッとした顔ががらっと一変した。

 そして、ピアノの音は、私を優しく包み込む。


 うっとり…。

 ずうっと、一臣様の姿を見て、音色の中に陶酔した。周りの人も何もかも消えていた。


 演奏が終わり、瞬間大広間は静かだったが、一臣様が椅子から立ち上がると、われんばかりの拍手喝采。それはなかなか止まることがなかった。


「素敵。一臣様」

「綺麗だったわ」

「美しかったわ」

 周りの女性陣がみんな、頬を染め、目をハートにしてうっとりと一臣様を見ている。


 あ、そうか。私だけじゃなかったんだ。一臣様の魅力に参ってしまっていたのは…。


 一臣様は一礼するとすぐにステージを降りた。


 司会の人が、拍手がやむまで待ち、そして、

「一臣様の素晴らしい演奏でした。では、このあとは、一臣様から、婚約者の紹介をしていただきましょう」

と、そう言ってステージ中央にマイクを持って歩いて行った。


「一臣様、もう一度ステージのほうに」

 司会の人がそう言うと、周りがざわつきだした。

「誰かしら」

「京子さんじゃない?」


「でも、心臓が…」

「そうね。元気な赤ちゃん、産めなかったら結婚する意味がないわ」

「やはり、麗子さんなんじゃない?」

「ああ。一臣様にお似合いですものね」


 京子さんか、麗子さんか、どちらが選ばれるんだろう…そんな声が周りから聞こえてくる。


 えっと。私は?名前がいっこうにあがってきていないんですけど、やはり、圏外?


「一臣様。発表…ではなく、紹介をお願いします」

 司会の人が、一臣様に顔色を窺うようにしながらそう言った。


 すると、一臣様はすっとマイクの前に立ち、

「実は、鷺沼京子さんをとても、気に入っていたのですが、手術をしたとはいえ、心臓に疾患があった方には、緒方財閥の元気な跡継ぎを産んでいただくのは体に負担がかかるだろうから、申し訳ないのですが、候補の中から除外させていただきました」

と、静かにそう話し出した。


「わたくし、大丈夫です!」

 京子さんが、大広間の隅から、そう大きな声をあげた。でも、一臣様はまったく聞こうとしなかった。


「やっぱり」

「じゃあ、麗子さん?」

 そんな声がうしろから聞こえてきた。


「なので…、僕は大金麗子さんを…」

 え??!


「やっぱり!」

「一臣様にお似合いですものねえ」

 え~~~~!!!!???


「わたくし?」

 麗子さんの嬉しそうな声が大広間に木霊した。でも、それを打ち消すように、

「ちょっと待ちなさい!」

と社長が大声で一臣様の発表を止めた。


「なんですか?社長…」

「私からもみんなに話がある」

「まさか、ここに来て、僕の婚約者を社長が決めるって言うんじゃないでしょうね」

「そうだ。一族が総動員したところで、話したいことがあるんだ。とにかく、いったん一臣は席に戻りなさい」


 ざわざわ。また、広間の中がざわつきだした。

 私の後ろでは、

「これ、あれか?」

「ああ。小芝居だな」

と、こそこそと兄たちが話をしていた。


 あ、そうか。私を婚約者に選ぶのは、社長っていうシナリオだったっけ。

 そうだった。忘れてた。今、一臣様の口から大金麗子さんだって聞いて、目の前が真っ暗になってた。


 兄たちも、父から、今日のことは聞いて知っていたんだな。


 でも。一抹の不安があるのはなんでだろう。一臣様、突然上条弥生は嫌だなんて、駄々コネないよね…。


 一臣様、実は大金麗子さんを気に入っちゃったって言うことはない?ないよね?あれって、演技だよね?芝居だよね?


 あ~~~~。もう、いまだに、こんなことでモヤモヤしているなんて。なんで、信じ切れていないんだろう。


「今夜、どうしても皆さんに聞いていただきたいことがある」

 社長はそう言って、話を始めた。


 話と言うのは、今の緒方財閥の内情だった。社長は包み隠さず内情を述べ、そして今、動き出した上条グル―プとのプロジェクトがどんなに大事か。それを成功させないとならない必然性も述べた。


「今日は上条グループの社長にも来ていただいています。これからのプロジェクトのことについて、上条グループからも説明していただきます」

 社長はそう言うと、父をステージに呼んだ。父はなぜか、如月お兄様まで連れて行った。


 そして、今後の関西と、アメリカでのプロジェクトの説明を詳しく述べ、兄も今取り組んでいることについて詳しく述べた後、社長はどれだけの利益がもたらせられるかなども、詳細にみんなに説明した。


「今日来られている一族の中で、自分の会社が傾きかけている。経営が思わしくないという会社もあると思いますが、上条グループと結びつくことで、緒方財閥は、この危機を乗り越えることができるのです」

 社長の話に、みんなが息をのんだ。そして、いっせいにみんなは、父や兄、それから広間の壁際にいる私のことを注目した。


 え?私?

「じゃあ、絶対に上条グループのご令嬢と婚約していただかないと」

「一臣様には、この危機を救ってもらわないと」

「今後の、緒方財閥のためにも、上条家の令嬢とのご結婚を」


「大金麗子さんなんか選んでいたら、緒方財閥はどうなるの?」

「本当だ。次期社長なんだから、勝手に自分の好みで選んでもらっては困る」

 うわあ。みんな、好き放題のことを言ってる。こんなの聞いたら一臣様、嫌になるんじゃないかな。

 私のことまで?

 うわ!どうしよう。


「一臣。みんなは理解していただいたようだ。お前も、緒方財閥を背負って立つ人間だろ?わかっているな。一族の前できちんと、上条家のご令嬢と結婚することを約束してくれ」

「………」

 一臣様、顔が怖い。むすっとして、眉間にしわもよりまくっている。


 一臣様はすくっと立ち上がると、社長の前にてくてくと歩いて行き、ステージには上らず、マイクも持たず、

「初めから、そう仕組んでいたんだろう?俺に選ばせることなんか、最初から考えていなかったんだな?」

と、大声で言った。


 社長は何も答えなかった。

「おふくろもグルか?」

 一臣様はお母様にそう振った。すると、

「わたくしは違いますよ。あなたに選んでもらいたいと思っていました。ですが、ここ数日、候補者の方たちと過ごして、あなたにお似合いの女性は弥生さんしかいないと思いましたよ。弥生さんは今時珍しい、おくゆかしく礼儀正しい女性です」

と、そうお母様は広間全体に聞こえるくらいはっきりとした声でそう言った。


 おくゆかしい?礼儀正しい?私のこと?あれ?お母様ももしかして、グルだった?

「なんだよ、それは。やっぱり、グルだろ?俺一人が何も知らなかったんだな」

 一臣様はそう言うと、「ハン!」と鼻で笑い、

「ああ。わかったよ。上条弥生と結婚したら、緒方財閥は救われるんだろ?!俺だけが損をするだけで、他の奴ら、みんなが救われるってわけだ」

と、今度は大広間にいるみんなに向かってそう言った。


「一臣様、おかわいそう」

「あんなこと言って…。大人げない」

 そんな声も聞こえていたが、他の人はみんな黙っていた。


「こんなパーティ、茶番だな。候補者の人まで巻き添え食わせて、どういうつもりだよ」

 まだ、一臣様はそんなことを言って、社長の前から離れようとしない。

「一臣、お前がずっと弥生さんとの婚約を嫌がっていたからだ。いい加減、大人になれ。もうお前は26だぞ!」

 社長が一喝した。


 一臣様は社長を睨み返した。だが、

「わかったよ。俺が承諾したら、全部が丸く収まるんだろ」

と、声を荒げるのをやめ、おとなしくなった。


「は~~はっは」

 大笑いをしたのは、龍二さんだ。壁際でお腹を抱えて笑っている。そして、

「面白いものを見せてもらったよ。ああ、楽しかったな。俺は兄貴と上条家の令嬢の結婚を祝福するぜ。末永くお幸せにな、兄上様」

と、嫌味たっぷりにそう言って、大広間を出て行った。


 ナイス!と小さなガッツポーズを、ステージ横でしている亜美ちゃんとトモちゃんが見えた。


 そして、一臣様は、椅子に座りに行き、社長はステージに私を呼んだ。

 え?何かまさか、スピーチでもしろって言うのかな。

「弥生さん。これからは、緒方一族の一員として、ぜひ、一臣や緒方商事を支えて行ってもらいたい。引き受けてもらえるかな?」

 社長がそう私に聞いてきた。


「…は、はいっ。もちろんですっ。全力で頑張りますので、よろしくお願いしますっ」

 頭は真っ白だったが、なぜか、張り切ってそう言って、私は頭を深々と下げていた。


 そして、頭を少しだけ持ち上げると、一臣様が下を俯いたまま、にやっと笑っているのが見えた。


 うっわ。もしや、心の中で、喜んでる?!

 それから、顔をあげると、お母様が嬉しそうに私を見ているのが見えた。


 それだけじゃない。メイド達も、従業員のみんなが、嬉しそうに拍手をしているのが目に入った。

 じわ~~~~~~~。いけない。ここで泣いては。と、必死にこらえていると、広間から泣き声が聞こえてきた。


 え?私じゃないよ。誰だろう。

 見てみると、京子さんと敏子さんだ。


 泣きながら、2人は大広間を出て行った。そして麗子さんはというと、

「信じられない。一臣様は私を選んだのに、信じられないわ」

と、そう文句を言い、

「どいてちょうだい。邪魔よ!」

と周りの人を蹴散らしながら、大広間から出て行った。


 司会の人は、面食らったようになり、しばらく呆然としていた。でも、社長に、

「これで、会をお開きにするから、最後の挨拶をしてくれ」

と言われ、我に返ったようで、慌ててマイクで話しだした。


 事なきを終え、会は終了した。もちろん、すべてが順調に運び、事なきを終えと思っていたのは、この出来レースの裏事情を知っていた人たちだけ。

 一族のみんなは、狐につままれたような顔をして帰って行った。


 だが、

「これで緒方財閥も安泰だ」

「一臣氏が、あそこで、上条家の令嬢と婚約すると言ってくれて本当に良かった」

「あれで強情を張られていたら、緒方財閥はおしまいだったな」

 などど、安心しながら帰って行った人たちも多かった。


 大広間には、上条家の人と、従業員、そして社長、一臣様、お母様だけが残った。

「弥生さん。今後ともよろしくお願いしますね」

 お母様は私にそう言うと、一臣様のほうに向かって、

「なかなかの演技力でしたわよ、一臣」

と、にんまりと笑ってそう言った。


「…え?おふくろ、知ってた?」

「社長や、他の皆さんもどうせグルでしょう?知らなかったのはわたくしと龍二ですか?」

「……芳子、わかっていたのか」

 社長がお母様に、驚いた様子で聞いた。


「わたくしが弥生さんのことを認めていなかったから、内緒にしていたのですか?この小芝居は、龍二のため?」

「そうだよ。龍二は何をするかわからないから。弥生を守りたかったんだ。おふくろも龍二には絶対にばらさないでくれよな」

 一臣様がそう言うと、お母様はにっこりと微笑み、

「もちろんです。わたくしも龍二のことは知っています。弥生さんを守るためなら、自分の息子を最後まで騙しとおしますよ」

と、そう言ってくれた。


「良かった。でも、なんでわかったんだ?誰かが漏らした?」

「ちょっと探りを入れたことは入れましたけどね?」

「探り?誰に?」

「ふふふ。弥生さんです」


「弥生。ばらしたのか?」

「いいえ。いいえ、私は」

 あ。部屋に行ったことがあるとか、ジャグジーバスに入ったとか、そういうこと?


「あなたが、弥生さんを大事にしていることが分かったんですよ。弥生さんを見ていて。では、わたくしはもう疲れたから、休みますよ。あ、弥生さん。早めに串揚げ屋さんに行きましょうね」

「…はい、お母様」

 お母様は、大広間を出て行った。


「串揚げ屋?」

 一臣様が片眉をあげて聞いてきた。

「はい。約束したんです。一緒に行こうって」

「いつの間に?」

「今日です」


「は~~。そうか、お前本当にすっかり、おふくろに気に入られたんだな」

「はい」


「今日は完璧だったな。一臣」

 社長が一臣様の肩をポンとたたき、そう言った。

「ああ。龍二もまんまと引っかかってくれたし」

「一族のみんなも、弥生ちゃんがお前のフィアンセになることを、揃って賛成してくれたしな。これで問題だったものが全部解決できた」


「弥生…ちゃん?」

 一臣様が驚いてそう社長に聞いた。

「弥生ちゃんのことはこれから、弥生ちゃんと呼ぶさ。さすがに社内ではそう呼べないがな。だから、弥生ちゃんも、こういう場では、社長ではなく、昔みたいに呼んでくれて構わないから」

 そう社長が言って来た。


「はい。総おじさま!」

 そう元気に返事をすると、私の隣で、一臣様は目をまんまるく見開き、

「総、おじさま?」

と、オウムのように繰り返した。


 上条家のみんなは、もう事情を知っているので、にこにこしていた。でも、一臣様だけが、訳が分からないといった様子で、目を皿のように丸くしたまま、突っ立っていた。


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