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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第1章 フィアンセは俺様?!
9/195

~その9~ 病院にて

 後頭部に衝撃を受けたあと、目の前が真っ暗になった。

「弥生ちゃん!」

 この声は、久世君。久世君が、必死に私を呼んでいる?


「弥生!」

 え?この声、一臣様?


「一臣様、揺らしてはダメです。上条さんは頭を打っているので動かしちゃダメです」

「日陰!これはどういうことだ。弥生のことをなんで守っていなかったんだ!」

「俺が、助けられなかった」

「久世!なんでここにお前がいるんだ。今すぐに出て行け」


「そっちこそ、なんでいるんですか」

「なんでだと?弥生は俺の婚約者だ!ここに俺が呼ばれたことはそれだけで十分な理由だろ!」

「弥生ちゃんが、一臣氏のフィアンセ?」

「知っていたんだろうが!」


「俺が?まさか!」

 ふたりの会話が遠くから聞こえてくる。

「嘘だろ。じゃあ、弥生ちゃんがずっと片思いしていたのってまさか…」

「俺だ。大学の頃からこいつは俺を想い続けてきたんだからな」


「あんたを?なんであんたなんかを?」

「……なんでそんなことを言うんだ」

「弥生ちゃんが不幸になるのなんて目に見えてるじゃないか!あんたなんかと結婚したって幸せになんかなれない」


「だから、なんでそんなことをお前に言われなくちゃならないんだ!」

「正式に婚約発表したわけじゃないんだろ?俺が何が何でも、あんたと弥生ちゃんの結婚、阻止してやるよ」

「やっぱり、お前、そうやって結婚を邪魔するために弥生に近づいたのか?!」

「ちげえよ!俺は、弥生ちゃんを好きになっただけだ!」


 キ~~~~~ン!ものすごい耳鳴り。それから何も聞こえなくなった。


 次に気がついた時には、私は真っ白い壁に囲まれた病室にいた。

「弥生?!」

 薄ぼんやりとする意識の中で、一臣様の声が聞こえた。


「先生!弥生が気がついた!!」

 そして、しっかりとした意識が戻った時には、病室には一臣様と樋口さんがいた。

「弥生様、無事で何よりです」

「私?」


「脳震盪を起こしただけだ。脳波にも異常はないし、外傷もない。一応、検査入院ということで、明日まで入院することになったが、もう大丈夫だよ、弥生」

「一臣様…」

 入院?


 ズキ…。

「弥生、動いちゃダメだ」

 頭を持ち上げようとすると、後頭部に痛みが走った。

「絶対安静ですよ、弥生様」


「ごめんなさい。私、また迷惑をかけたんですね」

「…いいから、寝ていろ」

「ごめんなさい、一臣様。私、いっつも迷惑ばかり」

「いいから、黙って寝ていろ」


 一臣様はそう私に言うと、

「俺は会議に出てくるから。お前はここにいて様子を見ていてくれ。あとで、日陰か、細川女史にも来てもらうから。それまでは弥生のそばを離れるな」

と樋口さんに向かってそう言い残し、一回私を見ると、そのまま病室を出て行った。


「…具合はどうですか?弥生様。気持ち悪いとか、頭痛がするとか、ありませんか?」

「じっとしていたら、大丈夫です」

「え?」

「あ、さっき、頭を持ち上げようとしたら、ズキってしたけど」


「打った時に、コブができたようですね」

「……」

「他は?例えば、視界はどうですか?ぼやけて見えるとか、そういったことは?」

「大丈夫です」


「では、記憶の方は?」

「……大丈夫…です。あ、そうだ。樋口さん、久世君は?」

「久世将嗣氏ですか?救急車が来て、私も一臣様も病院まで付き添ってきたので、そのあとのことはわかりません」


「……私、うっすらと覚えているっていうか、聞こえていたんです。一臣様と久世君の会話」

「は?」

「あ、その場に樋口さんはいなかったですよね」

「…いました。一応、応急処置ができますので。ですが、頭を強く打たれていたので、救急隊員が来るまでは、弥生様を動かすこともせず、その場にいただけとなりましたが…」


「…その時、久世君と一臣様、言い争っていなかったですか?」

「はい。一臣様はかなり気を動転なさっていたのか、弥生様が婚約者であることを、久世氏に話してしまいました」

「なんで、一臣様、倉庫に来ていたんですか?」


「日陰氏がすぐに一臣様と私を呼んだんです。あ、救急車の手配は臼井課長が、すぐにしていましたが」

「…それで、一臣様、ちゃんと駆けつけてくれたんですか?」

「会議の途中でしたが、すぐに飛んで来ましたよ」


「会議の途中で?」

「役員会議でしたので、弥生様がお怪我をしたとお伝えしたところ、会議も中断になりました。社長は今、あいにく関西の方に出張中なので、弥生様の病室にも来ることができませんでしたが」


「社長にも、私のこと、連絡したんですか?」

「もちろんです。大事な一臣様のフィアンセなのですから」

「じゃあ、父にも?」

「…それは、社長の判断に任せていますので、わかりませんが」


「……。私、たくさんの人に迷惑かけているんですね」

「気になさらないで、ゆっくりと休まれてください」

「樋口さん」

「はい」


「……私、私、やっぱり、一臣様のフィアンセ失格だと思います」

「は?」

「私、迷惑しかかけていませんし、一臣様を困らせたり、苦しませたり、そんな重荷にしかなっていないんです。それって、フィアンセとして失格ですよね?」


「……私は、なんとも申し上げられませんが、ただ…」

「ただ?」

「私から見た範囲では、ご迷惑になっているとは思えませんよ」

「でも」


「もう、喋らないで。体に触ります。ゆっくりと休んでください」

「………はい」

 私は天井を見上げてから、目を閉じた。


 弥生!って叫んでいた一臣様の声は、必死だった。

 ちゃんと、駆けつけてくれたんだ。それは、嬉しい。でも、やっぱり、いっぱい迷惑かけちゃったんだ。

 私って、何のためにここに来たんだろう。何のために、ここにいるんだろう。


 情けないです、お父様。一臣様のお役にたてるどころか、足を引っ張っているばかりです。

 私なんかが、一臣様のフィアンセで申し訳ないです。


 気持ちは上がってこない。永遠の暗い闇にでも落ちたような、そんな気もしてくるほど、気持ちは上がってこなかった。

 ズシンと鉛のようなものを、心に感じながら、私は眠りについた。そのせいなのか、とても辛い夢も見た。


 目が覚めると、泣いていた。涙が頬からこぼれ落ちていた。でも、どんな夢だったのか、ただ辛いっていうだけで、詳しくは思い出せなかった。


「気分、悪いのか?」

 ベッドの横から、一臣様の声がした。

「あ…。会議は?」

「終わった。もう、夜の8時だ」


「そんな時間?あの、一臣様、お仕事終わられたんですか?」

「終わったよ」

「では、ご自宅に帰ってお休みください」

「……」


「私なら大丈夫です。病院ですし、何かあったらすぐに先生が診に来てくださいます」

「そうだろうな、わかってる」

「では…」

「いたら邪魔か?」


「いえ。そんなことは。でも、家に帰って休んでください。一臣様もお疲れですよね。顔色悪いです」

「俺のか?」

「はい」

「…それは、寝不足だからかもな」


 一臣様はそう静かに言うと、私の横に椅子を持ってきて座った。

「寝不足なら尚更、家で休んでください」

「ああ。言い間違えたかな。寝不足ではなく、睡眠障害…だな」

「え?」


「眠れないんだ。家に帰ってベッドに入っても、眠れたためしがない」

「……え?」

「不眠症って言われるやつだ」


「一臣様が?」

「ああ。酒を飲んで寝ても、1時間もしたら目が覚めるしな」

「ずっとなんですか?」


「そうだな。ここ、半年くらいかな。でも、心配するな。車での移動や、会社の俺の部屋では、結構眠れているから」

「え?」

「仮眠だったら、しているから大丈夫だ」


「仮眠って、何時間くらいですか?」

「…さあ?」

 一臣様、本当に顔が疲れている。


「どうして、眠れなくなったんですか?」

「…さあな。プレッシャーかな」

「え?」

「いつも頭が冴えてしまう。寝ようとしても、頭の中をいろんな考えが渦を巻き、目が冴えてしまうんだ。どんどんどんどん…」


「ゆったりとした音楽を聴いたり、あ、お香とかいいですよ。リラックスできる香りってあるんです」

「ああ。それ、青山ゆかりが色々と持ってきてくれたな。でも、全部試してもダメだった」

 青山ゆかりさんって、確か、社長の秘書の…。


「女といたら、眠れるかとも思ったけど、最近はさっぱりだしな」

「え?」

「かえって、気が散るっていうか、落ち着かなくなってイライラして眠れなくなる」

「じゃあ、あの…。上野さんと一緒の時も?」


「上野?」

「金曜、一緒に車で…」

「ああ、仕事のあとの話か。そうだな。一緒に飲みに行った。でも、気分が途中で悪くなって、そのまま上野を家まで送って、帰ってきた」


「じゃあ、朝まで一緒とか、そういうのは?」

「……。あ、そうか。俺はあの時、お前に聞こえるようにわざと、そんなようなことを言ったっけな」

「わざと?」


「むしゃくしゃしていたからな。社長にも、お前にも」

 え?それで、もしかして意地悪であんなことを言ったの?

「悪かったな」

「え?」


「色々と悪かったな」

 なんで謝るの?一臣様。 

 一臣様は私の方を見ないで、視線をわざとそらしているように見えた。


「謝るのは、私の方ですよね」

「……何に対して?」

「全部。私は、一臣様の足を引っ張ることしか出来ていないし…」


「……」

 一臣様は私の顔を見た。でも、黙っている。

「迷惑しかかけていないんですよね、私」

「そうだな。やっと気がついたか」


 う…。一臣様の目、すごく冷たい。

「い、いい気になっていました。私、一臣様のお役に立ちたいって、ただそれだけで。いつか、きっと一臣様にふさわしい女性になって、一臣様の隣にいても恥ずかしくない女性になって、一臣様のお役に立てるくらいの女性になって、それで、一臣様と結婚するって。そんなことをずっと思い描いてきました」


「……」

 一臣様はまた黙り込んだ。

「でも、それって、おこがましい夢だったっていうか…」

 ボロ…。涙が出た。


「それって、私の思いよがりだったっていうか…。私の自分勝手な、思い込みだったっていうか…」

「そうだな」

 一臣様は一言、とても冷静にそう言った。一臣様の顔もさっきからずっとクールな表情だ。


「………ごめんなさい。私から父に言います」

「何をだ?」

「婚約破棄のこと。私からちゃんと頼めば、父も考えを変えるかもしれません」

「甘いな。お前と俺の結婚は、上条グループと緒方財閥を結ぶ大事な儀式なんだ」


「上条グループの人間だったら、私以外にもいます。従姉妹で、私なんかよりもっとずっと一臣様にふさわしい女性ならいます。どこからどう見たって、素敵な女性で、一臣様に迷惑なんかかけないし、一臣様だってきっと、その女性なら結婚したくなるような…」

「お嬢様を絵に描いたような…か?」


「はい。そうです。語学も出来て、ピアノも子供の頃から習っていて、イギリスに留学もしていましたし、すごくお綺麗でスタイルも、すらっと長身で、髪も美しくって、私から見ても惚れ惚れするような…」

「ふん。そんな女性がいるなら、なんだって、こんな妙ちくりんなのと俺をくっつけようとしたんだ」


 妙ちくりん…。やっぱり、そう思われていたんだよね。

 ズシン。ああ。また落ち込んだ。泣きそうだ。でも、泣いていられない。


「一臣様より、年齢は上になりますが、でも、一臣様ととてもお似合いになると思います」

「年上?まさか、10も20も離れているわけじゃ…」

「今、確か、26歳だったはず」

「なんだ。そのくらいの年齢差だったら、何も問題はない」

「………」


「泣いているのか?」

「いえ!」

 必死に涙を止めようとした。でも、溢れ出して流れてしまう。


「なんで泣いているんだ」

「じ、自分が不甲斐なくて」

「え?」


「ごめんなさい。こんなで。妙ちくりんでヘンテコで…。私がもっと、素敵な女性なら、一臣様を困らせることもなかったんだと思うと…」

「そうだな。今頃自覚したか」

「……」

 ダメだ。声を上げて泣きそうだ。


「お前、元気だけが本当に取り柄なんだな」

「え?」

「お前から元気を取ると、こんなマヌケで、暗いお前しか残らないんだな」

「え?え?」


 どういうこと?


「いいから、もう寝ろ。俺はまだ、目を通さなきゃならない書類があるんだ。それをここでするから」

「え?」

「今日はお前のそばにずっといてやるから。寝て早くに元気になれ。そうしたらまた、思考回路が元気になって、いつものお前に戻るんだろ?」


「いつもの、私?」

「元気だけが取り柄の、訳のわかんない前向きさの、どんなに大変なことがあってもへこたれない、バカがつくほどの純朴なお前」

「……え?」


「いいから、寝ろ。食事はまだできないだろ?でも、お腹がすいたなら言えよ。誰かに持ってこさせるから」

「だ、大丈夫です。食欲はあまりないし」

「ふん。いつものお前なら、ガツガツ食いそうだけど、本当に今のお前は、パワーなくしているんだな」

「…パワー?」


「さっさといつものパワー取り戻して、さっさといつものお前に戻れ。わかったな」

「………はい」

 一臣様はそのあと、アタッシュケースを開き、中から書類の束を取り出して、静かに目を通し始めた。


 私はそんな一臣様から醸し出される静かな空気を感じながら、いつの間にか眠りについていた。

 

 そして、次に目が覚めた時には…、なぜか一臣様がすぐ隣で、寝息を立てて眠っていた。


「………え?」

 何が起きたんだ?いったい?!!!




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