~その4~ 2人の朝
なんだろう。京子さん。いったい、何をしに来たんだろう。
「じゃあ、あとで、午後にでも2人になれる時間を設けます。それでいいですか?」
「一臣様のお部屋に入れてもらえるんですか?」
「いえ。応接間で会いますよ」
「でも、昨日は…」
「上条弥生のことですか?なんの話ですか?僕にはさっぱりわかりませんが」
うわ。思い切りすっとぼけた!
「……そ、そうですか。私の勘違いかもしれません。では、のちほど」
やっと京子さんは、自分の部屋に戻って行ったようだ。
一臣様は難しい顔をして、戻ってきた。
「面倒くせえなあ」
あ。難しい顔じゃなかった。面倒くさいっていう顔だった。
私はベッドに座っていた。一臣様はその隣に座ってくると、私の腰に手を回した。
「思い切り、しらばっくれたんですね」
「そりゃそうだ。向こうだって、こっそりと見ていたんだからな。お前が部屋に入って行くところを見ていたって、俺にばれても困るのは向こうだろ?」
「京子さん、なんの用事があったんでしょうか?」
「さあ?色仕掛けか」
「え?」
「じゃなきゃ、なんだろうな?」
そう言ってから、一臣様は私の頬にキスをした。
「昨日の夜、大金麗子やハゼまで部屋に来なくて良かったよな。ちょっと、ヒヤヒヤしていたんだ。まあ、鍵をちゃんと閉めていたから、入って来れるわけもなかったんだがな」
「……鍵?」
「ああ。忍び込んで来て、俺がお前とエッチしてましたなんてばれたら、やばいだろ?」
「…はい」
スル…。
あ。一臣様の手が、パジャマの上着の裾から入ってきた?
「あの!」
うわ~~~。やめて。私、下着もつけていないのに。
必死に一臣様の腕を両手で掴んで、阻止しようとした。でも、力が私よりもあるから、びくともしない。
「駄目!」
「駄目って言われると、ますますその気になるもんなんだなあ」
ええ?!
何を言いだしたの?
「ずっと俺は、淡泊な人間なんだと思っていたし。終わったら、さっさとシャワー浴びて、服着て、帰っていたしな」
「え?なんのことですか?」
「だから、エッチをした後だ。昨日みたいに、余韻なんかに浸ったこともないし、2回も抱きたいって思ったこともない。だから、一臣様はクールだの、淡泊だのって、そう言われていたんだ」
「………」
2回?
でも、今の一臣様は、思い切りスケベ。
ううん。前から、ずっとスケベだったけど。どう見たって、クールでもなきゃ、淡泊でもない。なんで?
「駄目って言われたら、ああ、別にいいぞ、抱かなくてもってそう言って、そのまま、さっさと帰ったこともあった」
え?
「面倒くさいだろ?駄目って言われたのに、それをくつがえさせるなんて」
ここでも、相当な面倒くさがりがあらわに…。
「だけど、お前に駄目って言われると、ゾクッとするのはなんでだろうなあ?」
ゾク!?ゾクって何?!
「つい、駄目って言われると、襲いたくなるのは、やばいよな?」
「や、やばいと思います」
「……。でも、本当はお前も、その気になっていたり」
「なっていません」
「そう言っておきながら、実は疼いていたり?」
「していません」
「そんなこと言って、こうやって俺が触ったら、ちょっと感じていたり…」
「してませんってば!」
やめて!本当のこと言うと、疼いていたし、感じていた。でも、駄目。駄目ったら駄目。
「う~~~~ん」
唸りだした?
「面倒くさくなりましたか?もう、じゃあやめましょう。私、シャワー浴びて来るし」
「いや。面倒くさいどころか、今、どうやって落とそうか作戦を練っていたところで」
「は?」
「あ!そうか。一緒にシャワー浴びるか!」
「浴びません!」
そんな会話をしている隙に、一臣様の腕から抜け出し、私は一気にバスルームに駆けて行った。
「あ、逃げたな」
後ろからそう言われた。でも、バタンとバスルームのドアを閉め、中から鍵まで閉めた。
おかしい。一回、一臣様に抱かれたら、もう襲われたりとか、迫られたりする危機もなくなるだろうなって思っていたのに。
なんだか、前より危機感は増したし、スケベな一臣様はさらにスケベ度を増したような気がする。
え?これが普通なの?みんなそうなの?落ち着くものじゃないの?もっとエスカレートしていくものなの?
それって、どこまで?
シャー。シャワーを浴びながら、ずっと頭の中はぐるぐるしていた。
まさか、毎日、抱かれるような事にはならないよね。とか…。
あのまま、一臣様の腕から抜け出さなかったら、私、また一臣様に抱かれちゃってたの?とか…。
ちょっとだけ、あのあと、どうなっちゃうのかを妄想した。あのまま、手がどんどん忍び込んできたら。
だ、駄目だ。鼻血が出そうになった。危ない。
あれ?なんか、昨日もつるつるだったけど、さらに肌のつるつる度が増してない?
あ。そういえば、祐さんが、セックスをすると綺麗になるって言っていた!それで?
うわあ!
こんなに顕著に肌に顕れちゃうわけ?じゃ、じゃあ、年柄年中一臣様としていたら、ずっと肌つるつる?
って。いったい何を考えているんだ、私は。
バカバカバカ。あ、そうだ。シャワー浴びただけじゃなくて、石鹸で洗っておかないと。じゃないと体から、一臣様のコロンの匂いがしていそうだ。
石鹸で洗いだした。そして自分の体を見て、顔が火照ってきた。
この体、一臣様に愛されちゃったんだ。
うわ!だから、そういうことを考えるのやめようよ。もう。なんだって、すぐに妄想し始めるの?いや。今のは妄想じゃなくて、回想。
駄目だ。また、勝手に回想が始まった。
一臣様の触れる手も、キスも優しかった。
大人のキス、気持ちよかった。あんなに気持ち良くていいの?
って、だから、回想やめて、さっさとシャワー浴びて出ようよ。一臣様が長いこと入っていると、変に思うよ。
それからは、そそくさと体を洗い、石鹸を流してバスルームを出た。
私は、バスローブも、下着も、何も持たず、ただ、一臣様のパジャマだけでバスルームに入ってしまったので、それを着てまた出てきた。
もう、バスタオルを巻いて出ることはしなかった。あれはものすごく危険なんだってことを思い知ったからだ。
「………」
一臣様がじいっと私を見ている。なんで?怖いぞ、なんか。
それから、すごい速さで私の真ん前まで歩いてくると、私の腰に両腕を回して抱きしめてきた。
「つかまえた」
え?
何?何?え?
「もう、逃がさないからな」
え?え?え?なんのこと?
あ!スルッとまた、パジャマの裾から手を入れてきた。
「だ、駄目!下着つけてないんです」
「自分でばらしたな?」
うわ。本当だ。ばらしちゃった!
「駄目」
「だから、駄目って言われると、燃えるんだって」
燃える?
ま、まさか、ずっと私がシャワーから出てくるのを待ってた?
「お前、まさか、下着もつけないで、パジャマの上着だけ着て出て来るとは思わなかったぞ」
「え?」
「胸もと、見えてたぞ。俺のパジャマでかいから、胸の谷間見えちゃうんだな。だから、下着つけてないのもばればれだな」
ぎょえ~~!それで、私をじいっと見ていたの?!
「やっぱり、抱かれたいんだろ?」
「違います」
「この格好で出てくるなんて、誘ってるんだろ?」
「着替えを持って入らなかっただけです」
「まあ、そういうことにしておいてやるけど」
「本当のことです。あ!!!!」
お尻!触ってる。直にお尻に手が!
「か、一臣様。本当に駄目」
「なんでだ?時間もあるし、大丈夫だろ?」
「でも」
でも、でも。うわ~~~~!
なんだって、私は、着替えを持って入らなかったんだろう。
ああ、そうだ。自分の部屋のバスルームに逃げたら良かった。
なんだっていつも、考えなしなんだろう。本当に一臣様が言うように、私ってあほだ。
一臣様が熱いキスをしてきた。とろける。意識が朦朧とする。
キスが終わって、私は一臣様の胸に顔をうずめた。一臣様はバスローブの胸がはだけていて、素肌に顔をうずめてしまった。
ドキ。また、一臣様のコロンに包まれた。
ああ。今さっき、石鹸で一臣様の匂いを消したのに、また、私の体に染みついちゃう。
ギュウって片手は、一臣様が私の背中を抱きしめている。だから、へなへなと座り込まないでも大丈夫だけど、もう立っているのもやっと。
キスだけでも腰抜けるのに、さっきからずっと一臣様の片方の手は、パジャマの中。お尻や腰や太ももを優しく撫でている。
腰、砕けた。足に力も入らない。
ガクンと、力が抜けてしまって、私は慌てて一臣様に抱きついた。
「弥生?腰、抜かした?」
「う…。はい」
恥ずかしいよ~~。
一臣様がいきなり、私をお姫様抱っこした。ひょいと私を抱くと、そのままベッドに連れて行かれた。
「弥生を食うぞ。いいな?」
そう言って、一臣様はパジャマのボタンを外しだした。
「はい」
わ。はいって、言っちゃった。
あれ?デジャブ。そうだ。パンケーキ…。あの時は間違って聞いちゃったんだった。思えば、あの時から私、もう覚悟が決まっていたのかもしれない。
それにしても、こんなに何回も、愛されちゃっていいのかな。朝から、こんなことしてていいのかな。
あれ?
いいのかも?
そうだよね。いいんだよね。
愛されちゃってもいいんだよね?何回だって、毎日だって。
なのに、なんだってあんなに、駄目ですってかたくなに断っていたんだろう、私。
トロンととろけて行く意識の中で、ぼんやりとそんなことを考えていた。
じゃあ、これからはやっぱり、襲われる危機とか、迫られる危機とか、感じなくてもいいんだ。だって、迫ってきたら、受け入れたらいいだけのこと。
こうやって、一臣様は、優しく愛してくれるんだから。
もう、怖いとか、そんなこと思わなくていいんだから。
一臣様が私の指に指を絡ませた。そして、耳にキスをして、それから首筋に優しくキスをする。
それだけで、うっとりだ。
「弥生?」
「…はい」
「痛いか?」
「………いえ」
痛くなかった。そうか。最初だけなんだ。
ほわ~~~~~~~~~ん。痛いどころか、気持ちが天まで昇って行くようだ。
しばらく、ぼ~~っとした。一臣様は、私のおでこや頬や、鼻の頭や、肩や胸や、いろんなところにキスをしてから、ベッドから起き上がり、
「また、汗かいた。シャワー浴びてくるぞ。一緒に浴びるか?」
と聞いてきた。
「…私、まだ、ここでぼ~~っとしていていいですか?」
「……力尽きたか?」
「はい」
「今夜、琴弾けるよな?その余力はあるよな?」
「はい」
「だよな。俺、そんなに激しく抱いてないぞ」
え?
「……ん?」
私が目を丸くして一臣様を見たので、一臣様も目を丸くした。
「激しかったのか?」
「いいえ。優しかったです」
「じゃ、なんでびっくりしたんだ?今」
「は、激しくすることも、あるのかなって、ちょっと」
「ああ。ある。だけど、いきなりはしないぞ。それも、段階を踏んでだな…」
え~~~~~っ!!!ここにも、段階があるの!?
「って言っても、俺は淡泊だから、そうそう激しいのはしたこともないし」
「じゃ、じゃあ、しませんよね?」
「いや。弥生となら、激しいのも…」
そう言いかけて、なぜか一臣様はやめた。
そしてちらっと私を見ると、
「してほしいか?」
と聞いてきた。
グルグルと首を横に振った。すると、
「じゃあ、そのうちな?」
と言われた。
いえ。いえいえいえ。今、首を横に振りましたよ。縦じゃないですけど!
一臣様は、バスローブを手に持ち、鼻歌交じりでバスルームに素っ裸のまま行ってしまった。
あ。お尻見ちゃった。しっかりと。恥ずかしい!
じゃなくて!私もぼ~~っとしていたけど、布団も何もかかっていなかった。素っ裸でぼ~~っとしていた。うわあ!!!
今さらだけど、慌てて布団にくるまり、それからまた、ぼけ~~っとしていた。
琴、演奏できるかな。着物、着れるかな。
ぼ~~っとしながら、そんなこをと考え、そのあと、
「あ。今日、フィアンセ決まるんだ」
と、とっても大事な日だってことを思い出した。