~その3~ 満たされた心
ドクン…。ドクン…。一臣様の胸に耳を当てると、とっても正確なリズムで心臓が音を立てているのがわかった。
一臣様が優しく髪を撫でている。
今も、溶けちゃいそうだ。
幸せすぎて、全部夢でしたっていうことはないよね?
でも、夢にしてはリアル過ぎかな。痛かったし。
「痛かったか?」
うわ。心の中を見透かされたのかと思った。
私はしばらく黙ったまま、一臣様の胸に顔をうずめていた。でも、
「痛かったです」
と、正直に答えた。
「もう、大丈夫か?」
「はい…」
一臣様、優しい声だ。
「で…。俺に愛されてるって実感はできたか?」
ドキッ!
「それは…。思い切り…」
なんだか、照れくさくなって声がフェイドアウトしてしまった。
「俺は自分でもびっくりしているぞ」
え?
「何をですか?」
一臣様は、髪を撫でていた手を私の背中に回して、ギュッと抱き寄せた。
「心が、すっごく満たされたから」
それは、私もだ!
「弥生が、すごく可愛くて、どうしようもないくらい、抱きたくなってた。抱かないと、この思いはどうなっちゃうんだって、正直、自分でも怖いくらいだった」
え?!
「だから、抱いたら落ち着くだろうなって、そう思っていたんだがな」
「………」
落ち着いちゃったの?
抱きしめていた腕を一臣様は離した。それから、上半身をあげたから、私は一臣様の胸から頭をどかした。
あれ?起きちゃうの?さっさとバスルームに行って、シャワー浴びちゃうの?
それで、もう寝るぞ、とか言っちゃって、さっさと寝ちゃうの?
なんて、思っているのもつかの間、一臣様はなぜか、私の上に覆いかぶさってきた。
え?
待って。待って。まさかと思うけど、まさか、また…なんてことはないよね?
「弥生は、あったかいな」
ドキ。
「それに、柔らかいな」
ドキドキ。
「肌もつるつるだったぞ」
そ、それはエステのおかげ…。
「お前…」
一臣様が顔をあげて私を見た。そして、じっと私と見つめ合うと、
「全部が、可愛いよな」
と、そう呟いた、
ぜ、全部が、可愛い?
ひゃ~~~~~。顏がどんどん、火照っていく。
「やばいよな。抱いたら落ち着くと思っていたんだ。でも、逆効果だ」
「え?!」
「もっと抱きたくなった」
ひょえ!
「もっと、弥生が可愛くてしょうがない」
ひょ、ひょえ~~!
「弥生の全部が、可愛くて、離したくない」
うわ~~~~~!
そう言って、一臣様は私の胸にキスをした。それから、脇腹、それから、お腹、おへそ…。
うわ。
うわ。
うわわわわ。
全部、気持ちいい。
なんて、言えない!!
う!ふとももにもキスしてる。それから、膝。すね。足の甲。足の指も?!
くすぐったいよ~~!!
「く、くすぐったいです」
足をねじらせてそう言うと、
「ああ。そういうところも、可愛いよなあ」
と、呟かれた。
ど、どうしたんだ。なんか、一臣様が、変。
いや。私も十分に変だ。一臣様の視線とか、触れる手とか、ちょっとしたことだけで、キュンって疼いてる。
一臣様は、また上半身を起こして、私をじっと見つめた。
キュキュン。見つめられるだけで、胸の奥が疼いちゃうんだってば。どうしよう。でも、視線外せなくなってる。
すうっと、私のおでこから、鼻筋を指で一臣様はなぞった。それから、唇にそっと触れて、顔を近づけ、優しくキスをする。
うわ~~~~~~~~~~。と、溶ける。
髪を優しく撫でてきた。また、顔をあげて私を見つめる。
「弥生?」
「はい」
「愛してるからな?」
「!!!!!」
「なんだよ。そんなに目を丸くして驚くなよ」
「だって」
そんな言葉、言われるなんて思ってもみなかったから。
じわ。涙が出てきた。
「ああ。だから、そんな涙目で見るなよ。また、襲いたくなるだろ?」
そう言うと、一臣様は私の瞼にキスをして、
「お前、可愛すぎだぞ」
と、囁いた。
はう…。
だったら、一臣様は、優しすぎる。優しくて優しくて、私はずっととろけている。一臣様の優しさに。
一臣様は、私の横に寝っころがると、私を抱きしめてきた。
「明日の朝まで、このまま抱き合って寝ような?」
「はい」
「こうなったら、誕生日パーティ、ほったらかして、明日もずうっと、抱き合ってるか」
「え?まさか。そんなことは…」
「ははは」
あ。冗談だったのか。そりゃ、そうだよね。
「お前から、1日早く、誕生日プレゼントをもらったな」
「え?」
それって、私?!
「やばいくらいに、嬉しすぎるプレゼントだったぞ」
うそ。
その言葉にまた、じ~んとしてしまった。
「私も」
「ん?」
「幸せすぎて、今、溶けそうです」
「なんだよ、それ」
「ううん。もう溶けてます。一臣様が優しすぎて、とろとろに」
「俺が優しすぎ?」
「はい」
「そうか。そうだな。こんな気持ちになったのも、生まれて初めてだしな」
「え?」
「愛しくてしょうがない。可愛くてしょうがない。って、そういう気持ちだ」
ひゃあ!
「優しすぎだの、溶けるだの、そうなるのもわかるぞ。俺も、溶けそうだからな」
「え?一臣様も?」
「ああ。幸せで満たされて、溶けそうだ」
ギュ。一臣様に抱きついた。
「いつも、ぽっかりと穴が開いていたのにな」
「…」
「誰といても、埋まることもなかったし、満たされることもなかったのにな」
「い、今は?」
「満たされ過ぎて、溢れてるな」
「……、わ、私もです」
ギュ。また抱きついた。
「お前、可愛すぎ」
そう言って、一臣様は私の髪にキスをした。
このまま、本当に、ずうっとずうっと、一臣様の腕の中にいたい。
裸のまま抱き合って、ずうっと。
それからも、一臣様は私の髪にキスをしたり、優しく背中を撫でたり、顔を起こして、唇に優しくキスをして来たり、ギュッて抱きしめて来たり、私も一臣様を抱きしめたり、胸に顔をうずめてみたり、そんなことを繰り返していて、なかなか眠りにつくことができなかった。
でも、外が白々と明るくなる頃、一臣様の寝息が聞こえてきた。
私も、その寝息を聞いて、安心して眠りについた。
幸せだ。
怖いくらい幸せって言葉あるけど、本当にそんな気持ちになったりするんだな。
夢の中でも、一臣様に抱きしめられていた。私はずっとふわふわと幸せな気持ちでいた。
ブルル。ブルル。ブルルル。アラームが鳴った。ような気がする。それを一臣様が腕を伸ばしてバシンと止めた。気がする。
全部、朦朧とする意識の中での出来事で、夢なんだか、現実なんだかわからなかった。
なんとなく薄目を開けてみると、目の前には一臣様の、素肌が見えた。
あ。
一臣様、裸だ。
そして、ギュッと一臣様に抱きしめられていることに気が付いた。
それから、なんとなく視線を下げると、私も素っ裸だった。
あ!
そうだった。昨日、一臣様と、結ばれちゃったんだ!!!
目がしっかりと覚めた。でも、一臣様はすーすーとまた、寝息を立てて寝てしまっていた。
腕はしっかりと、私を抱きしめたまま。
これじゃ、身動き取れない。
ドキドキ。裸のまま、朝まで寝ちゃったんだな。いや。朝って言うか、さっき、寝たばかりのような気もするけど。
起きなくていいよね。きっと、大丈夫。ダイニングに行って朝ご飯食べなくても、誰も呼びに来たりしないし。
そう思って、また、私も目を閉じた。
スースー。一臣様の寝息を聞きながら、私も眠りについた。
次に起きた時には、目の前に一臣様の顔があって、私を優しく見つめていた。
「おはよう、弥生。いや、おそようかな?」
「……え?」
まだ、頭がぼ~っとしている。おそようって?
「もう、10時だぞ」
「10時?!」
「でも、多分、寝たのが4時か5時だから、そんなに寝ていないけどな」
「……あ」
掛け布団がずれていて、しっかりと胸があらわになっていた。
きゃあ!慌てて、布団の中に体全部をしまった。
「今さらだからな?弥生の体は全部、知ってるんだから、隠したって意味ないぞ」
「でも!」
恥ずかしいよ。
まさか、一臣様、ずうっと私の胸も見てた?!
「ぐっすりと寝てたな」
「は、はい」
本当は途中で起きたんだけど。
「キスしても、目を覚まさなかったな」
「キス?!したんですか?」
「ああ。唇にして、鼻の頭にして、ほっぺにしても起きないから、胸にも」
む、胸!?!!!
まさか、だから、掛け布団がずれてた?!
「やっぱり、お前の胸、可愛いよな。そのくらいの大きさがちょうどいいし、色もピンクで可愛いよな」
ぎゃあ!セクハラ発言。違う。スケベ発言!勃発!!!!
私は、思い切り掛け布団の中に隠れた。
「なんで、隠れてるんだよ?弥生」
そう言って、一臣様まで布団に頭まで潜り込み、抱きしめてきた。
「可愛いな、お前。食べたいくらい可愛いな」
え?
「朝飯いらないから、弥生を食べていいか?」
「今?!」
「ああ。痛みももう消えただろ?」
「ま、まだ」
「痛むのか?」
「痛いっていうか、変な感じが…」
「それはあれだ。もう一回したら、治る」
「そ、そういうものなんですか?」
「冗談だ。本気にするな」
一臣様はそう言うと、私のおでこにチュッとキスをして、
「抱きたいけど、我慢するか。あんまり、無茶させると、琴も弾けなくなるしな」
と、そう言ってベッドから立ち上がった。
うわ!そうだった。オールヌードだったんだ。一瞬、一臣様の裸見ちゃった。
って、前にも見たことあったっけ。
掛け布団に顔をうずめ、静かにしていた。すると、
「あ」
と、一臣様が一言言って、黙り込んだ。
あ?
そっと掛け布団から顔を出すと、一臣様はすでにバスローブを羽織っていて、腕を組んでベッドの上をじいっと見ていた。
「ま、いっか」
ん?ま、いっか?
一臣様はそう言うと、そのままバスルームに行ってしまった。
私は慌てて起き上がり、一臣様が凝視していた箇所を見た。すると、シーツに赤い花が咲いたように血の跡がついていた。
これ。これって!!!
うわあ。ここのベッドメイキングはいつも、喜多見さんだよね?こんな跡が残っていたら、一臣様と私がエッチをしましたっていうのが、バレバレ!!!
でも、一臣様、「ま、いっか」で済まそうとしたよね。
呆然と血の跡を見て、私はその場に布団にくるまって座り込んでいた。これ、どうしたらいいんだろう。洗う?自分で?でも、どこに干す?
すると、一臣様がシャワーを浴びた後なのか、すっきりした顔で出てきて、
「なんだよ。何を悩みこんでいるんだ?」
と、私に聞いてきた。
「こ、これ…」
「ああ。処女を失った証」
え?!
「これで、本当に弥生が処女だったってわかって良かったな?下宿先の男どもに、酔っ払って寝ている間に襲われていなくて俺も安心したぞ?」
「そういうことじゃなくて!これ、どうしようって今、悩んでいたんです」
「何で悩むんだ?」
「喜多見さんがベッドメイキングするんですよね」
「ああ。大丈夫だろ。俺が鼻血出したかと思うかもしれないし、お前が生理なのかと思うかもしれないし」
え?
「一回、鼻血を出して、シーツ汚したこともあるしな」
「だ、誰といてですか?!」
「一人だ。あほ。ここに女なんて、連れ込んだことは一切ないぞ。お前だけだ」
「え?そうなんですか?!」
私だけなんだ。そうなんだ。ちょっと今、テンション上がったかも。
「……あの時は、まだ、俺は高校生で」
一臣様は、テンションの上がった私のことなんかほっておいて、話を続けていた。
「かなりハードな、ビデオを見たんだ」
「……ハード!?」
「多感な時期だったしな。ビデオだけで、鼻血を出した。でも、喜多見さんには、チョコの食い過ぎって言い訳をした。あ、今回もそれで行こう。お前がチョコを食い過ぎたってことで」
何それ?!
「な?どうにかなるもんだ。さ、お前もシャワー浴びたらどうだ?けっこう昨日は汗をかいたぞ」
ドキン。
「はい。浴びてきます」
と言ったものの、裸だった。
「あの、バスローブ…。ないんですけど」
「素っ裸で行ってもいいぞ?」
「い、嫌です」
私は布団にくるまりながら、ベッドの上にパジャマがないかどうか探しまくった。
ない。なんで?
「パジャマなら、ほら。ベッドから落ちてた」
そう言って、パジャマの上を拾ってくれた。
「でもこれ、一臣様のです」
「いいだろ?大きいから、それ着るだけでも、大丈夫だろ?」
「はあ。まあ、そうですけど」
なんて言いながら、一臣様のシルクのパジャマを布団の中でもそもそと着てみた。わあ。着心地いい!それに、ほわっと一臣様のコロンの匂いがしてくる。
いいな。これ。一臣様に抱かれているみたいだ。
「これ、欲しいです」
ベッドから立ち上がり、うっとりとしながらそう言うと、一臣様にギュッて抱きしめられた。
「袖から、手、出ないんだな」
「え?はい。パジャマ、ブカブカだから」
「お尻まで、しっかりと隠れるな」
「あ。本当だ。良かった」
「…やばいな。素っ裸に、俺のパジャマの上着だけ。そそられるよな」
はあ?!
「可愛いな!弥生」
そう言うと、キスをしてきた。それも、舌まで入れてきた。そして、ベッドにドスンと押し倒された。
「だ、ダメです!」
「優しくする」
「駄目!」
「ちょっとで済む」
「駄目!」
「いいだろ?お前、可愛すぎだよ」
「駄目!!!!」
と、その時、ドアの外から、トントンとノックする音が聞こえてきて、一臣様は体を起こした。
良かった。危なかった。
「誰だよ。弥生を食おうとしていたのに、邪魔しに来たのは」
ぶつくさ言いながら、一臣様はドアの前まで歩いて行った。
今、食おうとしていたって言った?あ、本当に危なかったんだ。
「一臣様。わたくし、京子です。お話があって来ました。開けていただけませんか?」
京子さんだ!
「京子さんですか?ああ。申し訳ない。シャワーの後で、バスローブしか着ていないんです。そんな恰好で入れるわけにはいかないので、昼食を食べながら話は聞きます」
「2人で話がしたいんです。開けてくださいませんか?」
「駄目です。部屋に入ってもらうわけにはいきません」
「でも、昨日の夜は、上条弥生さんをお部屋に入れましたよね?」
うわ。言われちゃった!
いったい、京子さんは、なんの用事があって、一臣様の部屋までやってきたんだろう。