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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第6章 フィアンセ候補者集合!
81/195

~その12~ 部屋に侵入

「弥生様、夕飯の準備が整いました」

 ドアの外から亜美ちゃんの声がした。

「はい」

 私はすぐにドアを開けた。そして、笑顔を作った。


「亜美ちゃん。今日の夜は、大丈夫です」

「え?何がですか?」

「心配して、部屋まで送ってくれなくても大丈夫ですからね?」


「はあ…」

 亜美ちゃんはキョトンとしていた。

 もし、一臣様のことで、龍二さんが怒りだしたら、亜美ちゃんが近くにいたら、すぐにクビだと言って辞めさせてしまうかもしれない。それだけは避けたい。


 ダイニングに行くと、お母様と龍二さんをのぞいて、他のみんなは揃っていた。一臣様もちゃんと席に着いていて、麗子さんや敏子さんの話を聞いていた。

 

 私がその前を通り過ぎ、席に着こうとすると、一臣様の視線を感じた。ふっと一臣様のほうを見ると、一臣様はすぐに視線を外した。

 あ…。寂しい。ああいうのって。


 特に今は、胸に堪えてしまう。ユリカさんの話は、なんだってこうも私を落ち込ませるんだろう。もう、過去のことだし、離婚して日本に戻ってきたとしても、関係ないんだよね。

 そう思いたい。でも、不安になる。なんだってこうも、一臣様のこととなると、私は弱くなるんだろう。


 お母様と龍二さんもダイニングテーブルに着き、ディナーの時間になった。今日は、和食でもフレンチでもなく、イタリアンだ。

 前菜のサラダ、パスタ、お肉料理。どれも美味しい。


 でも、気持ちがあがらない。


 デザートも美味しかった。食後にはコーヒーを出してくれた。エスプレッソで、苦かった。

 そこまで、コック長はイタリアンに凝ってみたのかな。


「ご馳走様でした」

 そう言うと、コック長はキッチンから出てきた。

「美味しかったです。ご馳走様でした」

 もう一度、コック長にそう言った。コック長は、

「ありがとうございます」

と言って、お母様と一臣様のもとへと進んで行った。


 もちろんのこと、お母様は、

「美味しかったです」

と、一言言い、一臣様も、

「美味しかったぞ」

と、一言だけ言った。


「わたくし、このようなコーヒーは飲めませんわ。入れ直してくださる?」

 そう言ったのは、麗子さんだ。

「わたくしは、デザートを下げてください。甘いものは控えていますので」

 今度は敏子さんの発言だ。


 あ~あ。まただ。お母様の顔、にこりともしていない。思い切り不機嫌そうな顔をしている。

「美味しかったです。でも、残してしまって申し訳ありません」

 京子さんがそう言った。どうやら、今日のイタリアンは口に合わなかったのか、それとも、量が多かったのか。


「申し訳ありません」

 入れ直したコーヒーがすぐに運ばれ、敏子さんのデザートはすぐに下げられ、京子さんの前にあったお皿も下げられた。


「いつも、上条家のご令嬢は満足げだな。それだけ、食い意地がはっているのか?」

 突然、龍二さんがそう言った。

「え?」

 びっくりして、聞き返してしまった。


「上条家は、高校を卒業後、アパートで少ない仕送りで生活しないといけないようだから、なんでも美味しく感じられ、腹いっぱい食べることを楽しめるんじゃないのか?」

 そう一臣様はこっちを見ようともしないで、低い声で言った。


 えっと、今のって、嫌味か何かを含んでいるのかな。

「まあ、そうですの?変わっていますのね、上条家って」

「そうですよ。麗子さんのようなお上品な暮らしはしていないようですよ?」

 一臣様はにこりと微笑みながら、麗子さんに言った。


 グッサリ。確かに上品ではなかったけれど、そんな言い方って。

 違う。今のも演技だよ、弥生。傷つく必要なんてないんだから。でも、やっぱり、傷つく。


「皆さん。明日のパーティでは、もっと豪華にするつもりです。楽しみにしてください。皆さんのお口にもあうと思いますよ」

と、京子さんや麗子さんを見ながら一臣様はにこりと微笑んだ。


「まあ。楽しみですわ」

「僕もみなさんの演奏や舞いが楽しみです」

 一臣様はさらに、にこやかな顔でそう言うと席を立ち、

「では…」

と、ダイニングを出て行こうとした。


「一臣様。一緒にお酒飲みませんか?最後の夜ですよ?」

「最後?まだ、明日がありますよ。麗子さん」

「明日はパーティじゃないですか?2人きりになれるのは、今夜が最後です」

「申し訳ない。父から、一人の人とだけ親しくしないようにと、言われていますので」


「まあ、よろしいじゃないですか」

「……ですが、ここでおひとりと仲良くするわけにはいきませんから。明日も、パーティが始まるまでは、皆さんも準備があるでしょうし、僕も部屋でゆっくりとさせていただきます。また、明日の晩、パーティの時にお会いしましょう」


「一臣様!」

 今の言葉に、突然敏子さんが席を立ちあがり、

「どなたをフィアンセに選ぶのか、もうお決めになっているんですか?」

と、ものすごい直球の質問をした。


「…それは、まだ、言えません」

「決められていないんですか?」

「そうですね。明日、他の候補者の方も来ますし、決めていませんよ」


「一臣様。ぜひ、父が一臣様によろしくと…」

 今度は麗子さんがそう言いだした。

「うちの父も、とても一臣様のことを…」

 その横から、敏子さんも。すると麗子さんは敏子さんをぎろりと睨み、敏子さんも睨み返した。


 怖い。女の戦いって、ああいうのを言うのかな…。


「ああ。申し訳ない。僕は部屋に行きます。皆さん、この場でいきなり、争うことのないよう、お願いしますよ?」

 一臣様は、にこりと冗談めいた微笑みを見せ、その場を颯爽と去って行ってしまった。


「…。今夜が勝負なのに」

 ぼろっと口から出たのか、そう麗子さんは言った後に慌てて口をつぐみ、席を立った。

 それに負けずと敏子さんも席を立ったが、京子さんはさっきから、とても静かだった。


 お母様は、そんなみんなの様子を見てから、静かに立つと、なぜか私のところにやって来た。

「?」

 何かな。ちょっと怖い…。何か怒らせるようなことをしちゃったっけ?


「弥生さん。あなたは、明日、琴を演奏するんでしたっけ?」

「はい」

「それは完璧なの?失敗しないでちゃんとできるの?」

「はい。練習はしっかりとしてきました」


「お着物を着るのかしら」

「はい。祖母が私のために作った着物を着ます。着付けもしっかりと習って来ました」

「そう。喜多見さんがちゃんと着物の着付けができるから、手伝ってもらうといいわ」


 え?

 なんで、いきなりそんなことを?


「もし、喜多見さんが手が空いていないようなら、わたくしの部屋にいらっしゃい」

「え?お、お母様のお部屋?」

「わたくしも、着付けくらいできますよ」

 そう言うと、お母様は一回後ろを向いたが、また私のほうを向き、

「あなたは、イタリアンはお好きではないの?」

と聞いてきた。


「いいえ。好きです。今日もとても美味しかったです」

「そう。昨日と食べている時の表情が違っていたから、お嫌いなのかと思いましたよ」

 え?見られてた?


 お母様は、またくるりと出口のほうを向くと、颯爽とダイニングを出て行った。


 京子さんと龍二さんは、何やら2人で話している。私は、お母様の言葉にしばらく呆気にとられていたが、

「お部屋に戻られますか?」

という亜美ちゃんの言葉にはっとして、

「はい」

と、すぐに席を立った。


 それから、龍二さんに何か言われる前に、ダイニングを出た。

 龍二さんは、後ろからついてきて、私が一臣様のお部屋に入るかどうか確認するのかな。


 お母様、なんだっていきなり、あんなことを言いだしたんだろう。着付けを手伝ってくれるようなことを。何か裏でもある?まさかね。でも、一臣様に報告しておかないと。


 一臣様…。そうだった。ユリカさんのこと、まだ気になるんだった。

 あ、そういえば、さっき、一臣様から、なにか傷つくようなことを、さっくり言われた気がする。


 駄目だ。思考回路がはちゃめちゃだ。自分で何を考えているのか、わけがわからない。次から次へと、いろんな考えが浮かんでは消えて、おかしくなってる。

 

 私は今、何をしたらいいの?

 階段を一つ一つ上りながら、今することを考えた。すると、後ろから人の気配がするのを感じた。


 何気に、横目で見てみた。すると、龍二さんと京子さんが、階段の下で2人で話しているのが見えた。

 まさかと思うけど、京子さんまでついてくる気かな。あ。まさかと思うけど、京子さんに私が一臣様の部屋に入るところでも見せる気かな。


 ドキドキドキドキ。

 失敗は駄目。亜美ちゃんのクビがかかっている。ちゃんと部屋に入れてもらわないと。

 ああ。前もってやっぱり、一臣様に相談しておけばよかった。今頃後悔しても遅いけど。


 一臣様のドアの前まで来た。横目で階段のほうを見ると、やっぱり、人影が見える。きっと、龍二さんだ。そして、もう一つの人影は京子さん。


 トントン。ドアをノックした。

「上条弥生です」

 すると、すぐにドアが開いた。


 ドキン。一臣様の顔を見ただけで、いろんな思いが交差する。


「なんだ?」

 あ。冷たい言い方だ。今の私にはこの声も堪えてしまう。

「あの…。お部屋に入ってもいいですか?」

 声が震えた。それに小さな声になってしまった。


「…。駄目だ」

 一臣様は冷たくそう言った。

 演技だとわかっていても、心がぽっきりと折れそう。すぐにでも、自分の部屋に入りたい。


 でも、ここで引き下がれないよ。きっと、中まで入らないと、龍二さんが怒りだして…。


 でも、いいの?部屋に無理やり入れてもらうように仕向けるなんて、そんなことしても。一臣様が本気で嫌がったり、怒りだしたりしない?


 いや。亜美ちゃんのクビがかかってるし。ここは、頑張らないと。


「用事は他にないんだな?」

 一臣様はそう言ってから、目線だけを階段のほうに向け、すぐにまた私を見た。あ、きっと龍二さんがいるのに気がついたよね。


「わ、私を明日は選んでください」

「……え?」

 違う。もっと、何かこう、龍二さんが納得するようなすごい言葉…。そのくらい言わないと亜美ちゃんのクビがつながらない。


「わ、私を今夜抱いてください!」

 ……。

 え?今、なんて私口走った?


 うわあ!いきなり、唐突に、口から出た。と、とんでもないことを言ったかも!

 恥ずかしくなり、顔が熱くなった。一臣様の顔も見れない。でも、だんだんととんでもないことを言ったかもと、顔が青ざめていくのを感じた。


「は?」

 一臣様は一拍おいてから、聞き返してきた。

「ち、違う。そうじゃなくって」

 ぱくぱくと口を動かしたけど、そのあとの言葉が出てこない。どうしよう。助けて。一臣様。


「すげえな。上条家のお嬢様はずいぶんと大胆なんだな」

 酷い。助けるどころか、そんなこと冗談交じりで言うなんて。そこに、龍二さんが隠れているの、気づいているよね?

 どうしよう。逃げたい。でも、亜美ちゃんのクビが…。


「お、お願いします。部屋に入れてください。わ、私を、私を…」

 なんて言ったらいいの?ああ、パニック!

 私は一臣様に抱きついた。そして、必死に何かを言わなくっちゃと思い、言葉をひねり出した。


「一臣様のものにしてくださいっ!」

 う…。

 うっわ~~~~!!!また、すっごいこと言ってる!私っ!!!!


「いいのか?」

 え?!ドキン!

 一臣様が耳元で、そう囁いた。この声は龍二さんのところまできっと、届いていない。


 ぎゃひ~~。違うんです。違うんです。これには、亜美ちゃんのクビがかかっていて、私の本心ではないんです。

 そう言いたい。でも、言えない。一臣様の胸に顔をうずめ、泣きそうになっていると、

「と、とにかく落ち着け。ここで騒いでいたら、誰かに聞かれちゃまずいだろ?中に入れ」

と、一臣様は普通の声の大きさで言ってから、私を部屋の中に引っ張り、ドアをバタンと閉めた。


 私は一臣様にしがみついている手を離した。でも、一臣様のほうが私をぎゅうっと抱きしめて来ていて、離してくれなかった。

 足、ガクガクだ。一臣様が抱きしめていなかったら、そのままこの場に座りこんだかも。


「一臣様が…。弥生さんを…。そんな!」

 悲痛な声がドアの外から聞こえてきた。この声、京子さんだ。やっぱり、階段のところから見ていたんだ。


「これでわかったでしょう?兄は、あなたが思っているような、紳士でもないし、誠実な男でもないんですよ」

 ドアの前から、今度は龍二さんの声が聞こえてきた。どうやら、2人で廊下を歩いているようだ。


 だんだんと声はフェイドアウトしていき、消えて行った。

「し~」

 一臣様は私にそう言うと、そうっとドアを開けた。そして、廊下の先を見てから、またドアを静かに閉めた。


「京子さんの泊まっている部屋に、2人で入って行った」

「え?!」

「あいつ、俺が女にだらしない男だと、なんとなくそんなことを京子さんに匂わせていたんだ。それで、最後の作戦は、お前が俺の部屋に来て、俺がお前を部屋に連れ込み、それを京子さんに目撃させ失望させるって、そういう作戦だろ」


「…」

「龍二に頼まれたんだろ?」

 コクン。黙って頷いた。一臣様が私の背中から腕を離したので、私はその場にへなへなと座り込んでしまった。


「おい、大丈夫か?」

「き、緊張して、足が…」

「緊張ってなんでだよ」

「だ、だって、あんなこと、私、一臣様に言っちゃって…。恥ずかしいし、穴があったら入りたい」


「なんだよ、それ。俺は素直に嬉しかったけどな。お前の本心じゃないと知っていても、浮かれたぞ」

 え?

「かなり浮かれた。その気になった」

「だ、ダメです。今のは、亜美ちゃんのクビがかかっていたから、必死の思いで言っただけで…」


「クビ?立川のか?」

 一臣様も私の前にしゃがみこみ、私の顔を見ながらそう聞いてきた。

「はい」

「龍二が、失敗したら立川をクビにするとでも言って来たのか?」

「はい」

 う…。涙でそう…。


「アホだな。あいつにそんな権限あると思うか?あいつがクビにするって言っても、俺も親父もクビにさせたりしないぞ」

「で、でも。万が一ってこともあるし。だから、必死で」

「こら。泣くな…。立てるか?」

 一臣様が優しくそう言って、私を優しく抱き寄せ、立たせてくれた。


「お前、肌つるつるだな。エステで、綺麗になってきたのか?」

 ドキ!

「は、はい。つるつるなの、わかりましたか?」

「そりゃわかるさ。顏だけしてきたのか?」

 一臣様はそう言いながら、私の頬を撫でた。


 うわ。胸がキュンってする!

「いえ。全身してきました…」

 あ。言っちゃった!


「全身?エステって何をするんだ」

「マッサージとかです。顏は小顔になるマッサージをしました」

「変わらないぞ?丸いまんまだ」

 グッサリ。


「お腹の痩身もしました」

「へえ。それは見てみないとわからないな。で、あとは?」

「あ、あとは。オイルマッサージです」

「……全身をか?」


「はい」

「……」

 なんで、一臣様、顔を赤くしたんだろう。

「そうか。じゃあ、全身つるつるぴかぴかか」

「はい」


 あ。はいって言っちゃった。なんか、大変なことをばらしちゃったかな。

 うわあ。一臣様の抱きしめる力が、増した気がする。


「風呂、入ってくるか?それで、下着はどれに」

「そういうことは無理強いしないって、今朝も一臣様は…」

「言ったな…」

「はい」


「言わなきゃよかったな」

 ぼそっとそう言ってから、一臣様は私のことを抱きしめていた腕を離した。

「あ~あ。さっきの言葉が、耳から離れないぞ。どうしてくれるんだ。半分、その気になってる」

 え?


「いや。その気になっても、無理なんだってことはわかってるけどな。だけど、淡い期待もしたし…」

 さっきの言葉って。もしや。

『私を抱いてください』とか『一臣様のものにしてください』とか?


 うひゃ~~~。思い出しただけでも、顔からボッと火が出た。なんだって、あんなこと口走ったんだろう。

「お風呂入ってきます。あ、下着やパジャマも持ってきます」

 そう言って私はそそくさと、自分の部屋に行った。


 まだ、顔は火照りまくっていた。ドキドキも収まらない。

 クローゼットを開け、引き出しを開けた。中には、紫のパンティや、紐やレースビラビラのパンティが並んでいる。


「………。これ、履いたら、一臣様は、喜ぶのかな」

と、呟いている自分がいて、思い切りびっくりした。

 うわあ。何を考えてるんだ。私は。


 それから、しばらくクローゼットで、座り込んでぼ~っとしてしまった。

 頭の中では、祐さんから聞いたユリカさんのことばかりが、何度も繰り返し浮かんでいた。



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