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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第1章 フィアンセは俺様?!
8/195

~その8~ 庶務課の秘密

 気持ちは沈んだままだ。今度はどうやったら持ち上がるかな。

「どうしたの?上条さん。また何かヘマをして、一臣様に怒られた?」

 細川女史が私の暗い顔に気がつき、そう聞いてきた。


「いえ。ヘマはしてないんですけど」

「じゃ、なんで落ち込んでいるんだ。一臣氏、君に何か言ったのか?」

 前の席にいる日陰さんが、小声で聞いてきた。

「……。私きっと、嫌われているんです。どうしても、何をやっても嫌われるんです」

「え?」


「良かれと思ってしたことが、裏目に出て、全然一臣様に喜ばれない。きっとこれからも、ずっとそうなんです…」

「上条さん、そんなことないわよ。ちゃんとわかってもらえるから、そんなに落ち込まないで」

 細川女史が、私のこと慰めてくれてる。


「そうだ。一臣氏だって、ちょっと混乱しているだけで、きっと落ち着いたらわかってくれるさ」

 日陰さんまでが慰めてくれた。って、でも、

「混乱ってなんですか?」

 そう聞くと、日陰さんは目を伏せ、

「いや。ほら。珍しい人材が来たから、それで」

と目も合わさずにそう言った。


 珍しい人材。

 確かに。きっと、私は相当へんちくりんな人間なんだな。


「ありがとうございます。みなさんの心遣い嬉しいです」

 あ、ちょっと、気持ちが上がった。

「仕事します」

 私がにっこりと微笑みそう言うと、庶務課の人全員から、ホッと溜息が漏れた。あれ?なんか相当気を使わせているのかな、もしかして。


 その後は、日陰さんから、こんなことがあったら、こんな対処をするというような細々したことを教えてもらい、臼井課長からは、会社の組織図や、緒方商事の歴史を教えてもらった。


 細川女史からは、会社の中で、誰と誰がいがみ合っているかとか、派閥とか、問題を抱えている部署や人物など、そんな情報を聞いた。さすが、長くこの会社にいるだけあって、とても詳しい。っていうか、庶務課にいると、いろんな情報っていうのは、そんなにも入ってくるものなのか。


「緒方商事の中には、要注意人物っていうのが数人いる。だが、それ以外にも、潜入しているのがいるかもしれないんだ」

「……は?」

 倉庫内で、片付けの作業をしていると、日陰さんがそんなことを知らない間に横に来て話しだした。

「要注意って、仕事のヘマをしちゃうとか、ですか?」


「いや。それは別にたいしたことはない。そうじゃなくて、あれだよ」

 日陰さんはものすごく声を落として、

「産業スパイ」

とささやいた。


「スパイ?」

「し~!」

「……」

 日陰さんに口をおさえられ、日陰さんは目だけで辺りを見回した。


「どこで誰が聞いているかわからないからな」

「はい」

「しっぽを掴むまでは、こっちも動けないからな」

「…こっちって?」


「絶対に、絶対にナイショだよ。誰にも言ってはいけない。いいかい?一臣氏にもだ」

「え?か、一臣様にも?一臣様は産業スパイが潜入していることを知らないんですか?」

「いや。彼は知っているが、君が誰にでもそんな話をしているんじゃないかって疑われるから、話しちゃダメだよ」

「はい」


「庶務課での、僕の仕事の本当の目的は、スパイを探し当て、捕まえることだ」

「え?」

「おいで」

 日陰さんはそう言うと、倉庫の奥のドアまで私を連れて行った。


「ここ、ボイラーとかにつながっているって、前に臼井課長が言ってました」

「確かに。ボイラー室もこの奥にあるが、それだけじゃないんだ」

 日陰さんはドアを開け、中に入った。そして私にも入るようにと促した。


「臼井課長に、ここには入らないようにと言われているんですが」

「大丈夫だ。臼井課長もそろそろ君に色々と教えておく頃だと、承知しているさ」

「い、色々とって?」

「君も庶務課の人間になったんだ。こういう仕事もしっかりと覚えておかないとね」


 日陰さんはどんどん奥へと進んでいった。私もそのあとを小走りについて行った。

 廊下が続き、ドアがいくつか並んでいる。そのドアは「ボイラー室」とか、「空調設備室」などと書かれていた。


 そして、その奥に、「立ち入り禁止」と書かれた立札があり、壁には危険と書かれたシールが貼ってあり、黄色いテープでその奥へ行く道は、閉鎖されていた。

「あ、あの…。この先ってなんか、危険なところなんじゃ?」

「大丈夫だ」


 日陰さんはそのテープを軽々と跨いで、先に進んだ。私も後ろから注意深く、そのテープを跨いで、日陰さんの後に続いた。

 立ち入り禁止のところに、私、入ってもいいのかな。


 これって、日陰さんが変な人だったら、かなりやばいんじゃないかな。

 そう言えば、倉庫内には私しかいなかったし、日陰さんとここにいることを知っている人って誰もいないんじゃ…。

 あ、あれ?なんか、急に不安になってきた。もしかして、私、とんでもない軽はずみなことをしているんじゃ…。


「ここだ」

 廊下の一番奥だ。突き当たりに、頑丈そうなドアがあり、そこに日陰さんは自分のIDをかざした。

 ビーッ!

 重そうな扉が開いた。


 私は中に入るのを躊躇した。でも、中から、

「ああ、日陰君。弥生様をお連れしてくれたんですね」

という樋口さんの声がして、私はすぐにその部屋の中へと入った。


 うわ!うわうわうわ。なんだ、この部屋!たくさんの画面が壁一面に並び、その前にパソコンがいくつかあり、それをずっと眺めている、警備員の制服を着た人や、普通の背広を着ている男の人がいる。

 

「どなたですか?樋口氏」

 一番後ろの席にいた男性が声をかけてきた。

「上条グループのお嬢様ですよ」

「ああ、一臣氏のフィアンセの…」


 だ、誰かな。なんか、ものすごく怖そうな男の人だけど。

「ここへこられたのは、社長の指示ですか?樋口氏」

「そうです。上条弥生様は、どうやら社長からご信頼を受けたようです」


「ほほ~~。それはまた、早い段階での決断ですね」

「……。婚約発表までは時間もありませんから、特に早い段階ではないと思われますが?」

 樋口さんがそう言うと、その怖そうな人は黙り込んだ。


「社長が上条グループと繋がりを持ちたがったのは頷ける。だが、そのご令嬢をここにお連れした意向は私にはわかりかねますけどね」

 また、その怖そうな人が口を開いた。

「なぜですか?弥生様は一臣様の奥様になられる方です。でしたら当然のことではないんですか?」


「お人形だけではないということですか?」

 お人形?

「社長夫人も、社長の良きビジネスパートナーですよ」

「……。このお嬢さんに、今の社長夫人のような器でもあると言われるのですか?」


「それは、社長が決めたことです。社長の判断に、逆らうことなど私にはできかねます。それは、あなたもではないですか?社長の第一秘書である辰巳氏」 

 社長の第一秘書?


「………上条弥生殿」

「は、はい?」

「こちらに…。ここでの任務をあなたに教えましょう」

 辰巳さんは私を自分の席の方に呼んだ。


「は、はい」

 緊張が走る。どう見たってこの部屋、思い切り怪しいし…。

「ここでは、社内のあらゆるところに設置してあるカメラから、社内の様子を見ることができる。それだけではなく、社内で密かに任務をしている者たちからの、情報も得て、怪しい人物がいたら、徹底的に洗い、排除している」


「さ、産業スパイ…ですか?」

「まあ、産業スパイもそうだが、それだけじゃない。他の企業に寝返るような裏切り者もいれば、社内の金を不正に使っている奴もいる。それに、社内の情報を外部に漏らすもの、それは他の企業に限らず、マスコミなどにも及ぶ。そういったものたちを監視し、徹底的に排除をし、会社を守っている、そういう部署だ」


 すご~~~~~!!

「え?じゃ、日陰さんも…」

「そうだ。日陰氏だけじゃなく、庶務課の人間は全員ここの部署の連中だ。まあ、それを知っているのは、社長と社長夫人と、一臣氏だけだがな」


「一臣様も知っていられるんですか?」

「…人事部に配属された川口氏が、怪しい動きをし始めたので、徹底的にマークするために庶務課に移動させた。そして、しっぽを掴んだとともに、退職まで追いやった。それに貢献したのは一臣氏だ」

「え?え?でも、川口さんって、一臣様にたてついたから辞めさせられたんじゃ」

「まあ、そういうシナリオを書いたのも、一臣氏だ。他の部署での産業スパイと繋がっていた。そいつと共に辞めさせたわけだが、公にはそんなこと発表できないからな」

「…な、なんか、すごいんですね。そんなことが実際あるだなんて」


「その産業スパイは、他の奴とも繋がっていたようなんだ。でも、誰だかを特定できていない」

 日陰氏はいつもより滑舌よく、話しだした。

「…え?まだ、この社内にいるってことですか?」


「そうだ。一臣氏も背面下で動き、調べてはいるんだがな…。なかなか敵さんも尻尾を出してくれないというわけだ」

 今度は辰巳さんが、話しだした。

「…そ、そうなんですか」

「そこで、君の出番だ」


「私?!」

 声が裏返った。わ、私の出番もなにも、何もできないよ。私は。

「いや。ただ、こういう事実を知った上で、一臣氏のそばにいるように、とただ、それだけだ」

「は?」


「一臣様は危険なことにも、携わっていられるということです。その一臣様とご結婚されられる弥生様もまた、危険が伴いますので、私たちやSPが常に守ります」

 横でずっと沈黙を保っていた樋口さんが、口を開いた。

「SP?私に?」


「日陰氏は、このあとも引き続き、弥生様をお守りするように」

「はい」

「え?ひ、日陰さんが?」

「今までも、日陰氏は守っていられたのですよ。まあ、お気づきになられないのも無理はないですよ、弥生様。日陰氏は忍者の出ですから、自分の姿を隠す名人です」


「忍者?!!!」

 今の時代に忍者?え?だから、日陰って名前だったり。

「日陰というのは、本名ではありません」

 日陰さんはそう言うと、静かに佇んだ。


 ひょえ~~。なんか、えらいことになっているの?もしや。

「一臣様が久世将嗣氏をマークしているのは、そのためです」

「そのためって?」

「宅配のアルバイトとして社内に潜り込み、いろんな情報を掴み、どこかに売っているかもしれないと、一臣様は疑っているのです」


「な、ないです。そんなこと」

「いえ。前から、怪しいところはあったのです。そこで要注意人物になっていたのですが、そこへ持ってきて、弥生様に最近妙に接近してきた…。これは、疑う余地は十分にあることなんですよ、弥生様」

「……で、でも樋口さん。久世君はそんなふうには見えません。本当にただ、親切心で私に声をかけてくれたとしか思えない」


「……。疑うことが私たちの仕事なんですよ。弥生様」

 日陰さんがそう言った。


「さて。上条弥生殿。これからは、誰かと会うとき、話をするとき、注意深く行動していただきたいですな」

「え?」

 辰巳さんはまた、怖い顔をして話しだした。

「相手は、社内の人間といえども、信じられる人物かどうかはわからない」

「と、言うと…」


「疑ってかかって、すぐに信用するのはやめていただきたい、ということですよ」

 辰巳さんがそう、顔色も表情も変えずに言った。

「そ、そんな、初めから人を疑ってかかるなんて」

「社長も、社長夫人も、一臣氏も、誰もがしていることです。それが会社を守るためです」


「………」

 なんか、そんなの、辛くないの?悲しくないの?寂しくないの?


 母からは、騙す人間ではなく騙される人間になりなさいと言われた。父からは、相手を本当に心から労わり、信じ、尊敬しなさいと言われた。でも、ここでは全く逆のことを言う。


 まず、疑ってかかる。人を信じるのはやめなさいと言う。

 一臣様も、そういう教えの中でずっと生きてきた。そして誰も信じず、信じられず…。


 私は、日陰さんと一緒にそこを出た。そして庶務課の席に戻った。

「任務ご苦労様、日陰さん。それから、上条さん」

 臼井課長がそう言った。ああ、臼井課長も、あのドアの向こうのことを知っていたんだなあ。


 それに、細川女史も。やたらと会社の情報を知っているのはそういうわけか。

 あれ?でも、私に平気でベラベラと話していたし、結構、久世君とも仲いいよね?


「ちわ~~~っす!」

 そこにタイミングよく、いや、悪くかな?久世君がやってきた。

「今日はなんにも荷物届いていないわよ。また夕方来てくれる?」

 細川女史が、ちょっとかったるい感じでそう答えた。


「いえ。仕事じゃなくって。弥生ちゃんにお昼一緒に食べないかって誘いに来たんです」

「え?」

 私?

「お弁当を作ってくれたお礼に、ご馳走するよ」

「そ、それじゃ、お弁当の意味がない。あれ、お礼のつもりだったんです。だから、そのまたお礼はいいんです」


「でもなあ。あの弁当うまかったし、また作って欲しいし。だから、ご馳走させてくれない?」

「でも、今日は私、お弁当用意したから」

「じゃあ、夜はどう?定時に上がれるよね?どこか美味しいところに行こうよ。奢るよ」

「いいんです。ほんと、それじゃ意味がない」


「…なんで?」

「そうしたら、私はまたお礼をすることになって…」

「だから、弥生ちゃんってなんでそんなに律儀なわけ?もしかしてお父さんって、相当厳しい人だったとか?」

「はい。そうです」


「ふうん。もしかして、弥生ちゃんって、どっかいいところのお嬢さんか何か?」

「え?!」

「なわけないか。だったら、もうちょっといい服も着ていただろうし、シャンプーも安物使ったりしないよね」

「はい」


 ドキドキ。見破られたかと思った。あ、でも、もしかしたらもっと前から私の正体を知っているかもしれないんだ。

 って、ああ!私ったら、久世君のこと、疑ってる!そういうの、したくないのに!


「じゃ~さ~。あ!デートってことでどう?デートなら、男が奢るもんじゃん」

「久世君、しつこい人は嫌われるわよ」

 細川女史が見るに見かねたのか、そう助け舟を出してくれた。


「しつこい?でも、こういうガードの固い子には、このくらい押しが強くないと。ねえ?そう思わない?日陰さん」

「もっとガードの強くない子を誘ってみるほうがいいと思うけどね、僕は」

 日陰さんがぼそっと、まるで興味がないという顔をしてそう言った。


「俺はね、弥生ちゃんが気に入ったの。こんな子、なかなか今いないでしょ?」

 久世君はそう言うと私をじっと見て、にこっと笑った。

 うわ。なんて人懐こい笑顔なんだろうなあ、この人って。一臣様とは対照的かも知れない。


「やめた方がいいわよ。上条さんにあんまりちょっかい出していると、あなたの周りにいる女の子たちが黙ってないんじゃないの?」

「俺の周りって、誰たち?」

「あなたを狙っている子、この会社にもいるわよ?ジョージ・クゼの息子なんだもの。そりゃ、人気があってもおかしくないでしょ?」


「俺が?あはは、まさか!相手にもされていないよ。兄貴ならまだしもさ。俺なんて、久世家のはみ出しもの、落ちこぼれなんだからさ」

「そ、そうなの?久世君」

 久世君の表情が微妙に変わった。目の奥がなんだか寂しそうだ。


「でもま、兄貴よりは自由って言えば自由だけどね。兄貴は結婚相手すら、親が決めたんだし」

「あら。久世家にもそんのがあるわけ?」

「そりゃね。建前では見合い。でも、決まってたんだよ。相手は、大手デパートの令嬢。そのデパートには必ず、オヤジの店をおけるっていうわけさ」


「…なるほどね。両者にとってお互いが利益を得られるわけだ」

「でも、兄貴にはいるんだよね。ちゃんと彼女が。どうするんだろうね、その子を取るのか、見合い相手を取るのか」


「……そんな選択枝あるの?」

 細川女子が眉をしかめて聞くと、

「知らない」

と口元に笑みを浮かべ、久世君は答えた。そして、

「長男は大変だね。どの家もさ。ここもだろ?一臣氏も、勝手に親に決められた女性と結婚するんだろ?」

と続けた。


「俺の兄貴はさ、もしかすると彼女を取ることも出来るかもしれない。相手は世界のトップモデルだし、ジョージ・クゼの息子との結婚ときたらさ、メディアも黙っていないだろうし、話題性あるからね。だけど、一臣氏は違うでしょ。緒方財閥にとって、すごく利益の上がる会社の令嬢なんだろ?絶対に断れないだろ?相手がどんなにみょうちくりんな、わけのわかんない女性だとしてもさ」


 久世君はそう言って、あははとちょっとイヤミっぽく笑った。

「何?それ。どこかから得た情報なわけ?」

 細川女史は、全く表情を変えず、淡々と聞いた。


「ああ、ちょっと小耳に挟んだんだ。なんか、とんでもない女だとか、なんだとかってさ。相当変わった育ち方しちゃってるらしいじゃん?お嬢様なのに、とてもお嬢様には見えないとか」

 それ、私のことだよね。

 相当変わった育ち方で、みょうちくりんなわけのわかんない女って、私だよね。


「災難だよな。でも、いいんじゃないの?一臣氏って今も何人も女いるんだろ?結婚しても浮気し続けて、愛人何人も抱えていくんじゃないの?社長にも愛人いるって噂も聞いたしさ」

 え?!しゃ、社長に?!


「それ、どこで仕入れるわけ?」

「どこでって、女性が集まるところなら、いくらでも」

 久世君はそう言うと細川女史から視線を外し、私にニッコリと笑い、

「こんな会社、どうして入ったかわかんないけど、早くにやめたほうがいいよ、弥生ちゃん。君みたいな純粋な子には合わないところだ」

とそう顔を近づけてささやき声で言った。


「か、一臣様って、そ、そんなに、その…」

 ダメだ。また、落ち込んできた。一回は持ち上がったのにな。

「女癖悪いみたい。仕方ないんじゃないの?結婚相手は親が勝手に決めるわけだし、自分の自由になんかならないんだから。外で女作っても、まあしょうがないかなって男から見たら、同情もするね」


「え?ど、同情?」

「そんなわけのわかんない女性と結婚させられて、子供作らされるんだろ?俺じゃたまったもんじゃないな。好きでもない女抱くなんて」


 え?

「親にはむかって、家出てってでも、好きな女と一緒になる方がいいと思わない?」

 久世君はまたそう言ってから、ニコッと笑った。


「久世君、あなた、勝手にあれこれ言わないでくれない?仮にもうちの次期社長のこと」

「なんで?本当のことだろ?細川女史だってそう思ってるんじゃないの?」

「…わ、わ、私」

 ダメだ。またドスンと地の底まで落ちた。


「仕事してきます」 

 そう言ってその場を離れ、倉庫に入った。そして、何も考えないで片付けでもしようと、棚の前にしゃがみこんだ。


 なんにも考えたくない。でも、考えてしまう。

 私は、一臣様にとって重荷でしかない。

 私のことなんて、愛してくれるわけもない。


 それどころか、婚約者が私なんかで、申し訳ない。

 申し訳ない!


 もっともっと、一臣様が認めるくらい素敵な女性なら…!


 ダメだ。涙出てきた。

「あのさ、夜、待ってるから」

 後ろから、また久世君が声をかけてきた。


「私、行けません。それに今、仕事中ですから声かけないでください」

 どうにか必死にそれだけ言って、私は立ち上がり、棚の上段からぐちゃぐちゃに入っている書類を整理しようと取り出そうとした。すると、棚が書類とともに、大きく揺れた。


「弥生ちゃん!危ない!!!!」

 後ろから久世君の声が聞こえた。久世君の方を振り返った時、何かが頭の上に落ちてきて、目の前が真っ暗になった…。


 何が、何が私の身に起きたんだろう?!




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